それでは、 被爆五二周年原水爆禁止世界大会広島大会・分科会報告まとめ集会をはじめさせていただきます。
はじめに、 開会のあいさつを宮崎安男大会実行副委員長にお願いいたします。
開会あいさつ
大会実行副委員長 宮崎 安男
みなさん、 ご苦労様でございます。 八・六に雨が降るのは戦後一日しかなかったそうです。 今日は雨も止みましたが、 昨日の分科会は雨の中たいへんご苦労様でした。
私は広島におるものとして、 毎年の夏、 全国からこうして広島を訪ねてこられることに対して、 たいへんうれしくまた勇気づけられます。 申し上げるまでもなく、 私たちが言うカタカナの 「ヒロシマ」 は広島の都市のことではございません。 全人類が核兵器の参加を再び繰り返してはならない。 そのためには戦後五二年間、 奇跡のように核兵器を使用させなかった、 その営みをいささかも緩めることなく、 これから核のない二一世紀に向けて力をあわせようという意味のカタカナの 「ヒロシマ」 だと思います。 そのためにはこのヒロシマにつながる全国で、 みなさんが発信者となって世界に向けて呼びかけていただきたいと思います。
開会総会における、 榎本事務局長の基調報告に示されておりますように、 この一年、 世界の状況は核兵器廃絶へ向けて確実に進んでおります。 ただ一つ遅れをとっているとするならば、 それは日本政府の核軍縮、 核廃絶政策のみといっても過言ではありません。 私たちは世界に呼びかけると同時に自国の政府に非核の意志を世界にはっきり示し、 とくにアジアのみなさんに信頼いただくためにも、 非核法の制定をなんとしても実現をし、 それを証として北東アジアの非核化条約を実現をしていきたいと思っております。
被爆者は高齢化しております。 しかし、 同時に広島県では毎年一〇〇〇人をこえる人が新しく被爆者健康手帳を申請しております。 この事実、 この現実は被爆二世、 三世に至るまで影響を及ぼす核兵器の恐ろしさを示すのではないでしょうか。 どうかみなさんが広島の被爆者、 全国各地におる戦災犠牲者、 そういう人たちと手をつないで私たちが再び決して戦争に手を貸すことがないように、 戦争につながる一切を拒否するために、 みなさんの回りからみなさんができることを一つひとつやっていただきたいと思います。
私たちも臨界前核実験に抗議する市民の運動として、 クリントン大統領のおるところのファックス番号を原水禁本部から聞きまして、 自分の家庭にあるファックスでクリントン大統領に次の臨界前核実験を止めさせようという運動をしております。 そういった運動もみなさんにできることだと思います。 どうかヒロシマの思いを共通の思いとしまして、 平和な核のない社会を実現するために今日を出発点として頑張っていこうではありませんか。 本当にご苦労様でございました。
ありがとうございました。 それでは昨日行なわれました分科会の内容の報告を行なっていきたいと思います。 お願いします。
では、 榎本庸夫大会実行委員会事務局長から、 まとめの報告をお願いいたします。
まとめ報告
大会実行委員会事務局長 榎本 庸夫
大会実行委員会事務局長の榎本です。
暑い中、 四日から三日間、 そして京都の国際会議から参加していただいている方は一日からすでに六日間、 大会に参加していただきましてありがとうございました。
まとめとして、 いくつかの課題について、 るる申し上げたいと思いましたが、 すでに終了の予定時間になっていますから、 ほとんど結論だけを申し上げたいと思います。
この大会は、 基調でも強調しました、 今日の宮崎さんのお話にもありました、 核をめぐる世の中がたいへんにこの一年に大きく動いた。 どっちへ動いたかといえば、 明らかに私どもにとっては、 大いに期待が持てる方に動いた。 頑張り次第では、 これはひょっとしたらわれわれの目の黒いうちに核を世界から無くせるかもしれない。 そういう現実の可能性が見えてきたという、 その点でたいへん画期的な一年だったと思うのです。
この認識を全体として共有化すること、 そしてこの新しいうねりに対応したそれふさわしい決意をお互いに共有化すること、 これがこの大会の一番の目標であったと思います。
いま一〇人の方から報告をいただきました。 報告を聞いていますと、 それぞれがそれぞれの課題でたいへん熱心に議論をして、 重要な到達点をいただいています。 また、 報告はありませんでしたが、 国際会議が京都でもたれました。 今年の国際会議は私自身が感じたところを一方的にいえば、 たいへん水準の高い議論もメンバーもですね。 したがってたいへん重要な到達点を得たと思います。
とくにいま、 当面問題となっているアメリカの臨界前核実験については、 これはCTBTの精神に反するし、 同時にその批准を困難にしてしまう。 したがってこれに一致して反対していこうという事が申しあわされましたし、 これからの国際的な共同行動に必要な重要な討議の進化と到達点があったということを報告に付け加えて、 これらを考えますと、 私どもが期待をしたこの大会の獲得目標は十分に獲得することが私は出来たと思います。
ぜひこの成果をそれぞれの地域、 職場に持ち帰っていただいて、 大いに運動を高めていただいて、 来年もう一度集まるときには、 それぞれの地域、 職場の豊富な実践をお互い持ち寄って、 その成果を交流しあえるように心から期待をして、 たいへんざっぱくですけれどもまとめの言葉に代えさせていただきます。
ありがとうございました。
次にヒロシマ・アピールの提案を広島県原水禁常任理事の松浦浩司さんにお願いいたします。
原子爆弾が投下されて五二周年を迎えるこの夏、 私たちは、 ここヒロシマの地に集まり、 半世紀にわたって続いてきた核時代を一日も早く終わらせ、 一発の核爆弾も残さず、 ひとりのヒバクシャも作らない非核平和の二一世紀に向けて行動する決意を、 あらためて誓います。
この半世紀、 世界に七万発以上もあった核兵器の使用を阻み続けてきたのは、 核に固執する勢力に絶え間なく立ち向かってきた被爆者の告発と、 広島の原爆慰霊碑前で二三年間五〇〇回にわたって座り続けた核実験抗議などの日本全国の、 そして世界の反核を訴え続けてきた民衆の粘り強いたたかいの力でした。
いま私たちは、 核廃絶に向けた大きな流れの中にいます。 昨年、 国際司法裁判所が 「核兵器の使用が一般的には国際法違反」 とする 『勧告的意見』 を示し、 完全な核軍備撤廃に向けた交渉を進め、 完結させる義務があると述べました。 また 「核兵器に関するキャンベラ委員会」 の報告、 国連総会における包括的核実験禁止条約 (CTBT) の採択。 世界の元将官六〇人による核兵器廃絶を求める声明の発表、 さらにマレーシアなどが提案した核兵器禁止条約の早期交渉開始を求める国連決議の圧倒的多数での採択。 今年に入って、 NPT再検討会議準備会議も開催されるなど、 核兵器廃絶を求める動きが一段と高まりをみせました。
また、 フランス・スーパーフェニックスの廃炉のように、 世界の脱プルトニウム政策の流れも明らかです。
しかし、 世界にはいまも二万発を超える核弾頭が、 核戦争に備えて実戦配備が続けられ、 そして核兵器体制の維持をねらうアメリカの臨界前核実験も強行されました。
とりわけ日本政府は、 アメリカの核の傘に依存して核兵器の事実上の持ち込みを容認し、 「もんじゅ」 の事故にもかかわらず世界から孤立してまでもプルトニウム政策を推進するなど、 国際社会においても核廃絶のための積極的役割を果たそうとしていません。
私たちはまず、 自国の政府に対し、 核抑止力から完全に離脱した非核の意志を国際社会に明らかにさせ、 プルトニウム政策を凍結・転換させることを強く求めなくてはなりません。
そしていかなる国の、 いかなる核兵器も認めない私たちの立場をより鮮明にして、 今年を 「核兵器も核被害者もない二一世紀をつくる新たな決意の年」 としなくてはなりません。
その決意のもとに、 私たちは広島から次のことを強く訴えます。
○ 「核兵器をつくらず、 持たず、 持ち込ませず」 の非核三原則を明記した非核法を一日も早く制定し、 北東アジアの非核地帯化を実現しよう。
○臨界前核実験などすべての核実験を完全になくし、 核兵器禁止条約締結の運動を促進し、 二〇〇〇年までに核兵器廃絶の道筋を確立しよう。
○危険なプルトニウム利用政策を転換させ、 クリーンエネルギーによる脱原発の社会をつくろう。
○ 「被爆者援護法」 に 「国家補償」 を明記させ、 世界のヒバクシャと連帯しよう。
○子どもたちに核のない未来を約束するために、 世界の人々と固く連帯して核兵器も核被害もない二一世紀に向けた新しい一歩を踏み出そう。
一九九七年八月六日
被爆五二周年原水爆禁止世界大会広島大会
最後に閉会のあいさつを原水禁世界大会広島実行委員会運営委員長の横原由紀夫さんの方からお願いいたします。
閉会あいさつ
広島実行委員会運営委員長 横原 由紀夫
被爆五二周年の原水禁世界大会広島大会に結集されたみなさん、 三日間、 本当にご苦労様でした。 地元運営委員会を代表して、 厚くお礼を申し上げたいと思います。
さて時間がすでに予定を過ぎておりますから、 私は強調したい問題点について、 みなさんに長崎に引き継いでもらうための提議をさせていただいて、 閉会のあいさつに代えさせていただきたいと思います。
現在、 日米で検討されています新ガイドラインは、 日米統合作戦遂行のための戦争マニュアルつくりだというふうにいえます。 日米軍事同盟の強化は、 人権無視の有事立法制定により平和憲法をいっそう空洞化させ、 北東アジアの緊張を高めるものであることを認識しておかなければならないと思います。 日本の核政策を転換させ、 北東アジアの安定と平和を図るため、 核兵器廃絶の具体的な条件をつくりだすために、 かような行動課題を設定し全国各地で運動を充実させようではありませんか。
広島、 長崎、 沖縄、 静岡を原点とする反核反戦平和運動の発展と、 戦後戦争責任を追求する運動の発展をともに図ろうではありませんか。 広島大会でみなさんが感じられました問題意識や討論を八月七日からの長崎大会へ引き継いでいただいて、 実りある行動アピールが成果として発表できることを祈念して、 被爆五二周年世界大会広島大会の閉会にあたってのあいさつに代えさせていただきます。
ともに頑張りましょう。 本当にご苦労様でした。
これで被爆五二周年原水爆禁止世界大会・広島大会分科会報告まとめ集会を終わります。
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