被爆53周年原水爆禁止世界大会を開催


 8月1日から9日にかけ、被爆53周年原水爆禁止世界大会が、東京・広島・長崎の三都市で開催されました。今年は5月のインド・パキスタンによる核実験を受け、今後どのように世界的な原水禁運動を立て直し、前進させてゆくのかを模索する、大変重要な大会となりました。


海外代表の顔ぶれ

プラフル・ビドワイ Praful Bidwai (インド)

 著名なジャーナリスト。コラムニスト、政治評論家として主要新聞に執筆。元The Times of India編集委員。The Timesグループの最優秀ジャーナリストとして12年間活躍する。
 現在、ネール記念博物館図書館、現代研究センターの特別研究員。インドの政治経済的構造調整を研究する。
アレクサンダー・ピカエフ Alexander Pikayev (ロシア)

 1962年生まれ。ロシア科学アカデミー世界経済・国際関係研究所 軍縮・核不拡散部門責任者。カーネギー国際平和財団核不拡散プログラム責任者、「核拡散」編集長。
 旧ソビエト最大のシンクタンク、ソビエト科学アカデミー世界経済・国際関係研究所の、軍縮・核不拡散部門で活躍。94年からロシア下院の軍縮・国際安全保障に関する小委員会主任顧問。STARTU条約と化学兵器禁止条約の批准過程にも参加した。
オレーク・ボドロフ Oleg Bodrov (ロシア)

 1952年生まれ。ソスノブイボル核科学技術研究所原子炉技術研究員試験官。環境NGO「グリーンワールド議長」。
 1986年11月、5月に起きたチェルノブイリ原発事故後、周辺地域の調査に参加、同地での生態系の状況を調査。
メイビス・ベライル Mavis Belisle (アメリカ)

 1981年頃からパンテックス核兵器解体工場の反対運動に関わり、91年から同施設近くで活動するピース・ファームの代表。自宅近くの原子力発電所の建設の反対運動に関わる。地域連合機関誌、「ニュークリア・エグザミナー」の編集者でもある。
ジョ・アン・フラー Jo Ann Fuller (アメリカ)

 1984年から、ピース・アクション(米国最大の草の根平和団体)理事。現在、政策形成支援と全国事務所の監督に関わっている。運営委員会のメンバーとして、指導的役割を果している。
スティーブン・ヤング Stephen Young (アメリカ)

 英米安全保障情報センター(BASIC)上級研究員。 核不拡散と軍縮問題に関する専門家。米国の核兵器と核政策、国際軍備管理、核兵器拡散などについて、著述、講演している。
カリン・ヴルツバッハー Karin Wurzbacher (ドイツ)

 1943年生まれ。86年チェルノブイリ事故をきっかけに「原子力に反対する母親たち」という組織を設立。93〜94年、環境保護のための技術を学ぶ。94年からミュンヘン環境研究所で、主に放射能に関する分野で活躍中。
デイヴィッド・ナイト David Knight (イギリス)

 イギリスのCND(核廃絶キャンペーン)議長。
 核廃絶キャンペーンは世界の核軍備撤廃、核実験、軍縮、核拡散の問題にとり組み、アボリション2000等の国際的ネットワークと共に核廃絶へ向けた運動を進めている。
リズ・ウェストモーランド Liz Westmorland (イギリス)

 1980〜85年、CNDの地方組織で活動。86年から現在まで、平和・緊急時計画部のリーズ市議会職員。市内の平和・キャンペーン団体と繋がりを持って、非核自体としての活動を推進する。91年から英国非核自治体連合の事務局員。核拡散や核の災厄を防ぐための非核自治体キャンペーンの推進、核被害や平和への脅威の問題に取り組む。
アブドゥル・ナイヤー Abdul Nayyar (パキスタン)

 イスラマバードのカイゼアザム大学教授、物理学者。今年6月からプリンストン大学で研究中。
 インド・パキスタン平和・民主主義人民フォーラムの元イスラマバード支部長。
リュー・ミン Liu Ming (中国)

 安全保障問題の研究者、軍事アナリスト。
 1993年から中国上海社会科学アカデミー・アジア太平洋学研究所準教授。また94年から同アカデミーのアメリカ研究センター事務局次長もつとめる。90-92年、アジア・パシフィック・フォーラム誌編集長。94年から同アカデミーのアメリカ研究センター事務局次長もつとめる。コロンビア大学、ソウル大学などでも教鞭を執った。
サムソン・リー Samsung Lee (韓国)

 韓国カソリック大学アジア太平洋研究所ディレクター、国際研究校準教授。
 1983年ソウル国立大学修士課程卒業。88年、エール大学政治学博士。英文による著作・論文多数。

【国際会議参加以外の海外代表】

アナンド・パトワルダン Anand Patwardhan (インド)

 1950年生まれ。映像作家。英文学、社会学の学位、コミュニケーションの修士号を取得。
 米国で学生としてベトナム戦争反対運動に参加。中央インド・キショールバラティ地方の農村開発・教育プロジェクトに参加。またビハール政治浄化学生運動に参加。

 独ライプチヒ映画祭、スイス・ニオン映画祭世界賞、山形国際映画祭等、数々の映画祭で受賞。
コリン・アーチャー Colin Archer (イギリス)

 IPB(国際平和ビューロー)事務総長。イギリス出身、1952年生まれ。平和運動、発展途上国の開発、成人教育などの分野で活動。
 Third World Center のコーディネーターとして様々な社会運動や平和運動に関わる。核拡散調査委員会の招集者としてCND(核廃絶キャンペーン)などの団体で活躍した。IPBはハーグアピール1998の中心的な呼びかけ団体であり、その成功に向けて奔走中。
崔日出 Choi Ilchul (韓国)

 韓国原爆被害者協会会長。
 1933年生まれ。45年、広島市神崎国民学校六年生の時、被爆。
車貞述 Cha jeongsul (韓国)

 韓国原爆被害者協会釜山支部長。
 1929年生まれ。広島で被爆。戦後帰国して、韓国の被爆者を組織する。金順吉(キムスンギル)裁判を支えてきた大黒柱。
ヴァルド・ヴィリエルモ/フランシス・ヴィリエルモ Valdo & Frances Viglielmo (アメリカ)

 ハワイ在住の反核平和運動家夫妻。夫のヴァルドは、漱石の翻訳でも知られる日本文学の教授。


国際会議(8月1日〜2日/於:調布市文化会館たづくり)






 8月1日、2日と東京・調布市で開催された国際会議について報告します。国際会議には海外ゲスト13人、日本側から6人のスピーカーが参加しました。

 今年の主要なテーマの第一はいうまでもなく、インド・パキスタンが核実験を行なったという衝撃的事態の中で、世界はどう対応したらよいのか、世界の反核運動は何をなすべきか、印パの核実験によってNPT体制は崩壊するのか、CTBTの発効は不可能なのかという問題でした。第二は北東アジアにおける非核地帯化の可能性とそれに向けた運動について、第三はいよいよ日本でも始まろうとしているプルサーマル計画にどう反対していくかという問題です。以上、大きく分けて3つの課題が取り上げられました。

 核軍縮とプルサーマルの問題は関連しています。インド・パキスタンの核実験は、プルトニウムなど核兵器転用可能な物質が作られている限り、政治情勢の変化によっては核武装の危険性が存在していることを改めて示しました。つまりプルトニウムの抽出を伴う再核廃棄物の処理を止めることが、両者に共通して重要だということになります。 インド・パキスタンの核実験と核軍縮への道

 第一のテーマについては、インド・パキスタンそれぞれの国で反対運動を行なっているお二人が参加され、インド・パキスタン国内の状況がよくわかったことが、今後の運動にとって大きな力となりました。

 日本側の黒澤満教授は、米国など核保有5ヵ国は核不拡散を目的化し核軍縮を怠っていると批判し、核5ヵ国がまず、核ミサイルの照準はずし、警戒態勢の解除、先制不使用などの消極的安全保障を実施することが求められると主張しました。さらにSTARTVの署名、カットオフ条約の署名、非核地帯の設置、戦術核兵器の撤去・管理等が必要であるとの総論的提案をしました。

 これは国際会議の基調報告ともほぼ一致した内容であり、全体がこうした方向で議論を進めました。

 インドのプラフル・ビドワイ氏は、現在のBJP政権は長続きしないだろう、核実験に対する国民の興奮は急速に冷めてきていると述べ、最近の世論調査ではインド人の73%が核兵器に反対と述べていると紹介されました。しかし、印パが核実験・核武装の道を歩まないためにも、核5ヵ国の積極的な核軍縮措置が求められると主張しました。パキスタンのアブドゥル・ナイヤー氏は、パキスタンは経済破綻の淵に立った最初の核保有国になろうとしていると指摘し、イスラム過激派グループはこれまでも核兵器を要求してきており、今回の核実験によって核爆弾はイスラムに奉仕するものだと宣言している、つまりパキスタンでは核兵器が管理不可能となる心配も否定できないと訴えました。

 印パの核実験に対するアメリカ、イギリス、ロシア、中国の反応、また核保有国はどうすべきかについて、それぞれ報告がありました。米英とも保守派の間で核兵力を強化すべきだとの意見が強まっていること、ロシアはインドに大量の武器を売っており、それが核実験に対しあまり強い態度をとれない理由であるという指摘がありました。中国のリュー・ミン氏は、インドは核実験の理由に中国の脅威をあげているが、中印の関係は悪くない、インドの核兵器を中国は脅威と考えていないと指摘し、アメリカとも協力して核軍縮を進める必要があると訴えました。

 しかし結論的には、印パの核実験によって世界で核反対の運動は強まっていること、とくにアメリカでは大きな力になり、クリントン大統領の南アジア訪問にもつながっていることが指摘され、印パがこれ以上核実験を行なうことは困難な状況が徐々に作られてきており、印パのCTBT調印の可能性も強いことが、それぞれ語られました。しかし印パの調印のためには米・ロ・中のCTBT批准が緊急に必要との意見が出されました。 北東アジアの非核地帯化と日本の課題

 次に北東アジア非核地帯化については、民衆の運動と共に政府の関与が不可欠であり、特に日本でどのような状況を作って行くかに多くの議論が割かれました。日米安保体制の下で日本政府を巻き込んで非核地帯の運動を進めるのは不可能ではないかとの意見が参加者からありましたが、一方、運動と政府を結ぶ政治家の役割が大事であり、もっと政治家のこのような重要な会議への参加を促すべきとの意見も出ました。今年は広島大会の第一分科会で、外務省や政党の代表も参加して初めて公開討論会が開催されましたが、こうしたことは日本のNGO運動の新しい動きといえます。

 またすでにASEANで決定されている東南アジア非核地帯化に、中国の賛成・承認を求める意見が印パの代表から出されました。 核技術の危険性―プルトニウム計画の検証

 最後にMOXについては、今回初めてドイツ、アメリカ、ロシア、日本、それにイギリスの代表が参加して討論が行なわれたのですが、状況は楽観を許さないという認識で一致しました。イギリスからは、日本の使用済み核燃料の再処理によって深刻な汚染と被害が生まれているという報告があり、ドイツからは、極めて強い規制があるものの、その安全性については不安があると報告されました。日本からも、プルトニウムの消費のために安全性の確認もなくMOX・プルサーマル計画が進められようとしているが、プルサーマルでは余剰プルトニウムは減らないこと、再処理を止める以外にないことが報告されました。

 米・ロはもっと深刻で、解体核兵器から出るプルトニウムの処分方法が見つからず、保管に深刻な状況が生まれつつある、そのためにMOXを進めようとしているが、住民は強い不安を持っている。しかし有効な阻止の方法がないとの報告がありました。

 印パ核実験についての議論では、参加者は一定の希望を持つことが出来たのですが、MOXの討論では、私たちは大変な状況のなかに入り込もうとしていると、やや重い気分になりました。しかし、ヨーロッパ、アメリカ、ロシア、日本の代表が一堂に会して討論が行なわれたわけで、今後、国際的な反MOX連合をめざそうということになりました。また、来春英・仏から日本に輸送されるMOX燃料輸送反対の国際署名が、岩松繁俊原水禁議長と原子力資料情報室の伴事務局長の連名で提案され、それぞれ各国に持ち帰ることになりました。


広島大会(8月4日〜6日/於:広島市内各所)




 今年は、広島大会での「公開討論:日本の核政策を問う」という企画に外務省からパネリストを招請し、核政策について議論を直接ぶつけ合うなど、画期的な取り組みがありました。またインド・パキスタンからの海外代表の参加をえて、分科会での議論も盛り上がりました。

 5月の印・パの核実験を受けて転換点を迎えている世界の核廃絶運動を、今後再び力強いものにしていくため、大会での議論を今後に生かしていく決意です。

 なお今年の大会は、直前に参院選挙がある中、微減ながらほぼ昨年並みの規模で開催されました。8ヵ国20人の海外代表を迎え、広島大会開会総会は4500人、長崎大会閉会総会には約3000人の参加者がありました。


ヒロシマ・アピール


 世界最初の原子爆弾が投下・炸裂したあの日から53周年のこの夏、私たちは、ここヒロシマの地に集まり、半世紀にわたって続いてきた核時代を1日も早く終わらせ、1発の核弾頭も残されず、ひとりのヒバクシャも作らない非核平和の21世紀に向けて闘う決意をあらためて誓います。

 この半世紀、世界に7万個以上もあった核兵器の使用を阻止できたのは、核保有5大国と核に固執する勢力に対し、闘い続けてきた被爆者の告発と、核実験抗議などの、日本全国の、そして世界の反核の運動の粘り強く連帯したとりくみの力でした。

 ところが今年、インド・パキスタンが、世界の核廃絶に向けた大きな流れに挑戦する形で、核実験を強行しました。今回のインド・パキスタンの核実験は、世界に大きな衝撃を与えました。多くの問題をはらみながらも包括的核実験禁止条約(CTBT)が成立し、それを発効させるため国際社会の努力が続けられる中で、両国が核実験を行なったことに、私たちは強い憤りとともに深い悲しみをおぼえます。

 私たちは、こうした事態を招いた核兵器国の責任を強く追及し、核軍縮を強く求めると同時に、インド・パキスタンの核開発に強く反対します。

 とりわけ日本政府は、アメリカの核の傘に依存して核兵器の事実上の持ち込みを容認し、「もんじゅ」の事故にもかかわらず、世界から孤立してまでもプルトニウム利用政策を推進するなど、国際社会においても核廃絶のための積極的役割を果たそうとしていません。

 私たちはまず、日本の政府に対し、核抑止力から完全に離脱した非核の意志を国際社会に明らかにさせて、プルトニウム利用政策を凍結転換させることを強く求めなくてはなりません。

 そして、いかなる国の、いかなる核兵器も認めない私たちの立場をより鮮明にし、私たちはヒロシマから次のことを強く訴えます。

  • 「核兵器を作らず、持たず、持ち込ませず」の非核三原則を明記した非核法を1日も早く制定し、北東アジアの非核地帯化を実現しよう。
  • 臨界前核実験など全ての核実験を完全になくし、再生可能なクリーンエネルギーによる脱原発社会をつくろう。
  • 「被爆者援護法」に「国家補償」を明記させ、世界のヒバクシャと連帯しよう。
  • 子どもたちに核のない未来を約束するために、世界の人々と固く連帯して、核兵器も核被害もない21世紀に向けた歩みを確かにしよう。

ノーモア・ヒロシマ ノーモア・ナガサキ
ノーモア・ヒバクシャ ノーモア・ウォー

1998年8月6日 
被爆53周年原水爆禁止世界大会広島大会


長崎大会(8月7日〜9日/於:長崎市内各所)





大会宣言


 異常気象が日本列島をおおうこの夏、それでも広島、長崎には暑い太陽が照りつけています。私たちは53年前、千の太陽に一瞬にして焼かれた多くの死者たちのことをあらためて思うのです。

 核と戦争にいろどられた20世紀がまもなく終わります。私たちは、核も戦争もない21世紀に向けて飛び立つことができるのでしょうか。

 この5月にインドとパキスタンが核実験を行なったことは、私たちに大きな衝撃を与えました。世界の人々との長い運動の成果として、包括的核実験禁止条約(CTBT)が成立し、核のない21世紀へのを展望が生まれつつあるなかで、いともたやすく核実験は強行されたのです。

 アメリカとロシアが大量の核兵器をもって対峙する時代は、冷戦の終焉とともに終わり、かつて7万発以上も世界に配備されていた核弾頭は、いま2万発をきるまでになっています。核兵器が国際法に違反するという国際司法裁判所の勧告的意見が出され、CTBTも国連で圧倒的多数で採択されました。核のない21世紀に向けての曙光がさしはじめたところでした。

 インド、パキスタンの核実験はこうした私たちの希望に冷水を浴びせ、新たな核拡散の時代が到来するのではないかという不安が世界を覆いました。

 こうした状況を生みだした最大の責任は、これまで核不拡散条約(NPT)で求められてきた核軍縮の義務を果たしてこなかった米ロをはじめとする核兵器5ヵ国にあります。冷戦が終結し、核抑止体制がいっそう意味を失うなかで、核兵器国が核抑止論に固執しているからにほかなりません。

 私たちは、インド、パキスタンの核実験に強く抗議し、核開発中止を迫るとともに、両国の人々に被爆の実相を伝える運動を展開し、両国の民衆との連帯を強めなければなりません。私たちは核兵器国に大幅で大胆な核軍縮を求めます。早期に核兵器禁止条約をめざすと同時に、すべての国がNPTに加入し実質化させ、CTBTを発効させることを求めます。日本政府には被爆国の政府として核兵器廃絶への積極的なリーダーシップの発揮を求めます。

 核兵器のもたらす悲惨な結末を誰よりもよく知っている日本は、核兵器廃絶のために大きな役割を果たすことが求められています。日本がアメリカの核の傘のもとに安住しながら、いくら「核廃絶」を主張したところで世界に説得力をもちえないのは当然です。いまこそ真剣に核廃絶への道筋を提案するときですが、日本政府はいまだそのような具体的提案をもっていないのです。私たちは今年初めて政府代表との対話の分科会を開催しましたが、日本政府が被爆国の政府として核の傘から離脱し、非核北東アジアや核廃絶への積極的な提案を行なうよう、いっそうつよく働きかけていかなければなりません。

 また、私たちは日本の侵略戦争の際の加害責任を忘れてはなりません。日本の侵略に苦しめられたアジア諸国には、広島・長崎への原爆投下が正当であったという意見すら存在しています。私たちの訴える反核の思想は、加害責任の自覚と国としての誠実な謝罪をともなってこそ、力をもつのです。

 いま私たちは、原子力のエネルギー利用の面でも大きな転換点にさしかかっています。高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ火災事故以降、政府の原子力政策に不信の声がふきあがっています。私たちはこれまでプルトニウム利用政策の中止を求めてきましたが、貯まり続けるプルトニウム処理策としてMOX・プルサーマル計画が進められようとしています。プルトニウムはいまや世界で厄介で深刻な核のゴミとなっていますが、将来の見通しもないままにMOX計画が進めらようとしています。私たちは核不拡散体制を強化するためにも再処理に反対し、国際的な反MOX運動を進めなければなりません。来春の英仏から日本へのMOX輸送に国際的な反対世論を作り上げ、反対していきましょう。

 53年前の8月6日・広島に、9日・長崎に投下された2発の原子爆弾は、一瞬にして数十万の人命を奪い、傷つけました。そして、その放射能の被害は、いまだに命あるものを脅かし続けているのです。私たちはこの想像を絶する悲惨な体験を基礎に、2500万人以上存在するといわれる世界のヒバクシャと連帯しながら、核も戦争もない21世紀をめざす運動を強めていきます。

 反核運動はすべての人々の参加を求める、いっそう緊急な人道的運動であることを再確認しましょう。私たちは「核と人類は共存できない」との論理にもとづき、非核の世界をつくることを誓いあいましょう。私たちは長い年月、世界の人たちと反核運動を続けてきました。核反対の声と力が確実に広がっていることを確信し、非核社会実現のために運動を続けていきましょう。大会に参加したすべての総意としてここに宣言します。

1998年8月9日
被爆53周年原水爆禁止世界大会 


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