被爆54周年原水爆禁止世界大会を開催


 8月2日〜9日にかけて、被爆54周年原水爆禁止世界大会が開催されました。2日・3日の国際会議に続き、広島大会(4日〜6日)、長崎大会(8日〜9日)では全国各地から集まった参加者が核と平和の問題について認識を深め、今後の運動への決意を新たにしました。

 昨年のインド・パキスタンの核実験、また核保有国による核軍縮義務の不履行により、核不拡散態勢はかつてない危機を迎えています。一方、新アジェンダ連合による国連決議など、新しい核軍縮に向けた提案を打ち出し、流れを押し戻そうとする動きも生まれています。こうした認識のもと、原水禁大会では、直面する課題について様々な観点から議論が行なわれました。特に今年は国際会議で先制不使用宣言を大きなテーマとして取り上げ、日本政府の核政策を俎上に乗せました。さらに広島大会・長崎大会の分科会では、昨年に引き続き外務省からパネリストを招き、直接意見交換の場を持つことができました。また広島大会では世界のヒバク地域から海外代表を招いての分科会を開き、問題意識を共有しました。

 核抑止論の壁は強固に見えますが、核保有国の為政者も世論の力に抗することはできません。NGOの国際的な連帯が、今後ますます力を持ち、各国の政策を変えていくことになるでしょう。私たちもグローバルな視点で自らの運動を位置づけ、大会での議論を生かしながら、今後の活動をすすめていきたいと考えます。

 なお、今年の広島大会開会総会は約4500人、長崎大会開会総会は約2300人の参加を得て、微減ながらほぼ昨年並みの規模で開催されました。


海外代表の顔ぶれ

【国際会議参加者】

エリカ・ハロルド Erica Harrold (アメリカ)

現在、オークランド市ジェリー・ブラウン市長およびヘンリー・チャン副市長補佐。
1990年から98年までカリフォルニア州ピースアクション(及びその前身のセイン・フリーズのオーガナイザー、政治部長)。カリフォルニア大学サンディエゴ校政治学専攻。日本学を中心に学ぶ。89年春から夏にかけて明治学院大学に短期留学。
マーティン・ブチャー Martin Bucher (イギリス、アメリカ在住)

英米安全保障情報評議会(BASIC)(元ヨーロッパ安全保障・軍縮センター(CESD))。NATO問題、欧州安全保障問題全般に詳しい。
カレル・コステル Karel Koster (オランダ)

 1951年生まれ。61年から70年まで両親とともに英領南ローデシア(ジンバブエ)に移住。ユトレヒト大学卒業(社会学)。アパルトハイト反対運動やエコロジー運動の経験を持つ。

 83年以来、NATO、冷戦、兵器貿易、地雷、軍事史、対ゲリラ戦などについて研究。96年以来AMOK(反核・軍事グループ)のユーロボム(欧州核)作業委員会コーディネーター。
オットフリート・ナサウアー Otfried Nassauer (ドイツ)

 大西洋安全保障ベルリン情報センター(BITS)。米国のトーマス・グレアム元大使らと協力して先制不使用問題をドイツ(NATO内全般)で取り上げてきた。昨年の会議に参加したオリバー・マイヤーはBITSのメンバー。
ウイリアム・ピーデン William Peden (イギリス)

 英国核軍備撤廃運動(CND)の議会担当スタッフ。CNDの他、グリーンピース、BASIC、地方自治体などにさまざまな形で関わってきた経歴を持つ。最近では、英国政府の『戦略防衛見直し』や核軍縮の取り組み状況に関する分析を発表している。
ウラジミール・ミシュチェンコ Vladimir Misiuchenko (ロシア)

 54歳。ロシア下院(ドゥマ)のプレス・サービス副主任。会議には個人として参加。

 モスクワ大学ジャーナリズム部助教授。70年同学部卒業。85年、社会科学アカデミーから哲学の博士号取得。約20年に渡ってジャーナリズムの世界で活動。1992年以来モスクワの独立の研究機関PIRセンターと不拡散問題で協力。96年以来、専門家委員会のメンバー。
アチン・バナイク Achin Vanaik (インド)

 47年生まれ。英国のブリストル大学より経済・統計の学士号取得。1978年から91年までタイムズ・オブ・インディア紙の副編集長。91年から96年まで、ネルー記念博物館・図書館の現代問題センター客員研究員。トランスナショナル・インスティテュート(TNI/オランダ)客員研究員。現在フリー・ジャーナリスト。

 昨年の核実験後にできたインド核軍縮運動(MIND)の中心メンバー。
ペルベース・フッドボーイ Pervez Hoodbhoy (パキスタン)

 メリーランド大学客員研究員、カイゼアザム大学教授。マサチューセッツ工科大学(MIT)より核物理学の博士号取得。

 長年南アジアの核化に反対する論陣を張ってきた。その他、イスラムと科学、女性問題、教育問題などさまざまな社会問題についても執筆・講演活動を続けている。
徐炳文(マーク・ソー) Mark B.M. Suh (韓国、ドイツ在住)

 ベルリン自由大学中国東アジア政治研究センター上級研究員。同大学より政治学の博士号を取得。米国イリノイ州プリンシピア大学英文学学士号取得。韓国パグウォッシュ協会会長(ソウル)

 韓国国際研究所所長(ソウル:Korean International Research Institute=KIPRI)
朱鋒 Zhu Feng (中国)

 信州大学客員助教授、北京大学国際問題学部助教授。

 91年北京大学国際政治学部より博士号取得。東アジア安全保障、台中問題、TMDなどに関する論文多数。
ペーター・ディッケル Peter Dickel (ドイツ)

 76年以来、労働組合の社会人教育、原子力の平和利用反対運動などに関わってきた。87年から「シャハト・コンラート最終処分地反対運動」で政治・環境分析を担当。同運動体は、自治体、政党、労働組合、農業団体、企業、環境団体などによって組織された地方団体。

【ヒバクシャ会議参加者】

ロラン・オルダム Roland Oldham (タヒチ)

 1950年生まれ。仏領社会住宅事務所勤務。ポリネシア労働者独立・民主労働組合連合代表。仏領ポリネシアのNGOの連合組織ヒチタウの創設メンバー。

 ニュージーランドに7年、オーストラリアに4年の在住経験を持つ。両国でマオリやアボリジニの運動に参加。

ヘイゼル・メリット Hazel Merritt (アメリカ、ナバホ)

 小学校教師。

 核実験場の風下住民への放射能被害の問題に、ナバホの人々のコンサルタントとして関わる。
ニール・パラフォックス Neal Palafox (アメリカ、ハワイ)

 ハワイ太平洋健康調査研究所。

 マーシャル諸島で長年医療に当たった医師。
ジャクシバイ・ジュマジロフ Zhaxybay Zhumadilov (カザフスタン)

 セミパラチンスク医大外科医(各種健康調査に関係)。

 現在広島大学原医研。

【その他の海外代表】

ヴァルド・ヴィリエルモ Valdo Viglielmo(アメリカ、ハワイ)

 ハワイ在住の反核平和運動家夫妻。夫のヴァルドは、漱石の翻訳でも知られる日本文学の教授。
車貞述 Cha jeongsul (韓国)

 韓国原爆被害者協会釜山支部長。
 1929年生まれ。広島で被爆。戦後帰国して、韓国の被爆者を組織する。金順吉(キムスンギル)裁判を支えてきた大黒柱。
李康寧 リィ・カンニョン (韓国)

 1927年、朝鮮半島生まれ。45年、長崎の三菱兵器大橋工場に徴用され、爆心地から2.5キロの宿舎本蓮寺で被爆。94年7月に来日し、3ヶ月間治療を受けた際、被爆者健康手帳を受け取り、健康管理手当を受給。しかし、10月に帰国すると同時に手当の支給は打ちきられた。被爆者援護法の平等な適用を求めて、99年提訴。
金容培 キム・ヨンベ (韓国)

 金順吉(キム・スンギル)裁判の原告、スンギルさんの子息。金順吉裁判は、徴用という名目で強制連行され三菱長崎造船所で労働中に被爆したスンギルさんが、未払い賃金と戦後補償を求めている裁判。一昨年12月の一審判決は、三菱と国が行なった強制連行・労働の不法性は認めつつも、現在の三菱と国にその責任を求めることはできないという内容。スンギルさんはその後昨年2月に他界している。

郭貴勲 カク・キクン(韓国)

 1924年、朝鮮半島全羅道生まれ。44年9月、師範学校在学中に朝鮮人徴兵令施行の第1期生として日本軍に召集、広島の西部第2部隊に配属。45年8月6日、兵営庭で被爆。

 その後朝鮮半島に帰り、教職の傍ら、1968年の被爆者協会の設立に尽力。副会長や会長を歴任しつつ、日本政府に在韓被爆者援護を求めてきた。

 98年5月に来日し、大阪府の病院に入院して被爆後障害の治療を受けた際、被爆者健康手帳を交付され、健康管理手当の支給を受けるが、7月に帰国後、支給を一方的に打ち切られた。98年10月1日、この打ち切り処分に対し、国と大阪府に約200万円の損害賠償を求める裁判を提訴。被爆者援護法の在外被爆者への平等な適用を求めている。


国際会議(8月2日〜3日/於:ワークピア広島)

 8月2日、3日と開催された国際会議は、現在の核をめぐる状況は決して楽観すべきものでないという前提に立ち、その突破口をいかに求めるべきかについて様々な観点から議論を行ないました。国際会議にはアメリカ、イギリス、ロシア、オランダ、ドイツ、インド、パキスタン、中国、韓国からの海外代表11人と日本人7人、合計18人の発言者、さらに約80人の一般参加者が参加しました。また1994年〜97年にかけてクリントン米大統領の軍縮問題特別代表を務めたトーマス・グレアム氏も、「日本と『核の傘』、そして核兵器使用政策」というメッセージを、この国際会議に寄せてくれました。  まず始めに佐藤康英・原水禁大会事務局長が「キーノート・スピーチ」を提案し、その後5つのテーマ=@「核先制不使用宣言」、A「南アジアの非核化」、B「核のない21世紀に向けて―核軍縮の可能性と障害」、C「北東アジアの非核化―朝鮮半島をめぐる議論を中心に」、D「脱原子力―MOX・プルサーマルと核のゴミ、後始末」に沿って討論が行なわれました。  今年の国際会議では、大きなテーマとして先制不使用宣言の問題をとりあげました。昨年6月結成された核廃絶を求める新アジェンダ連合への参加を日本政府は断りましたが、その大きな理由が先制不使用問題にあったことが、原水禁などの追求によって明らかになっています。つまり日本政府は、アメリカが核の先制不使用を宣言すると核の傘による安全保障が保たれないとして、通常兵器に対しても核攻撃で対抗するオプションを残しておきたいと考えているのです。これは被爆国として核廃絶を求めるという建前とは相容れない、核抑止力信仰に他なりません。  会議では、先制不使用問題に関連して、日本への北朝鮮による生物・化学兵器攻撃に対してアメリカが核攻撃をするとは考えられないとの意見が表明されました。これはグレアム氏のメッセージでも言及されています。 一方、米朝協議によってアメリカは北朝鮮に核攻撃をしないことを約束しているが、合意は条約ではないから完全に守られるという保障はないとの意見(マーク・ソー氏/韓国)も出されました。阪大の黒沢満氏からは、自衛隊としては、核兵器以外の攻撃には独自で対処する方針を立てているので、CBWに対しても同じだと言っているとの報告がありました。  国際会議では特に議論をまとめませんでしたが、討論の結論はトーマス・グレアム氏の次の言に尽きると言えるでしょう。「史上最強の通常兵器の軍事同盟が、防衛のために核兵器を先に使うことを必要とし続けているとすれば、どのような原則に基づいて、イラン、エジプト、北朝鮮などの国々にこれらの兵器を持たないようにいうことができるだろうか」。  日本とアメリカの通常兵器だけでも北朝鮮に対して圧倒的に優位に立っていることからも、北朝鮮が日本に先制攻撃をかけることは考えられません。日本政府が蓋然性の低い不安感を強調し、アメリカの核先制不使用宣言に反対するのはおかしなことです。討論では、秋の国連総会・2000年のNPT再検討会議において、日本政府は積極的に核兵器国が「先制不使用宣言」を行なうよう働きかけるべき、との意見が多数を占めました。  (国際会議で報告された先制不使用問題関係の論文は、報告決定集に掲載しましたので、ご希望の方はお買い求めください。)


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