核も戦争もない21世紀をつくろう!
〜 被爆54周年原水爆禁止世界大会開催のよびかけ 〜
核と戦争に翻弄された20世紀を振り返るとき、21世紀こそは核も戦争もない真に平和な世紀にしなければならないという決意を改めて抱きます。私たちは20世紀に二つの大きな戦争と、核による二つの大きな惨禍を経験しました。第二次世界大戦は、日本人に対して、重大な戦争犯罪への誠実な反省を課し,アメリカの原子爆弾投下とチェルノブイリ原発事故という、核エネルギーの解放は人類に限りない負の遺産をもたらしました。しかし、核の脅威はなかなか減少しません。核兵器の惨禍に苦しんだ私たちは、さらに増大する核の脅威を目の当たりにして、「核と人類とは共存しえない」の思想のもと、あらゆる核の脅威からの解放を世界の人々とともに訴えてきました。
冷戦崩壊後、世界は核廃絶へ向って大きく前進しました。包括的核実験禁止条約(CTBT)が成立し、国際司法裁判所(ICJ)は「核兵器の使用が一般的には国際法に違反する」との勧告的意見を示し、「核兵器保有国は核軍備撤廃に向けた交渉を進める義務がある」と述べました。しかし、残念ながら核廃絶へ向けた勢いは現在、足踏みを続けています。核保有国による「未臨界核実験」の強行など、核兵器を維持・強化させようという動きが再び活発化しています。また、昨年のインド・パキスタンによる相次ぐ核実験によって、新たな核拡散と核戦争の危険性が生まれています。
しかし、冷戦の終結という新しい条件によって生まれた、核兵器のない21世紀へ向かう展望が失われたわけではありません。アイルランドやニュージーランドなどによって新アジェンダ連合が形成され、核廃絶に向けた新たな胎動が生まれています。また、NATO加盟国の核の傘の見直しの動きも始まっています。2000年にはNPT再検討会議をひかえ、かつてスローガンにすぎなかった核兵器禁止条約も、いまでは現実的な課題となってきました。私たちは、核廃絶に向けた流れをさらに強く確かなものとしていかなければなりません。しかし日本は、今なおアメリカの核の傘の下で、米軍への協力を強めようとしています。私たちにとって、核の先制不使用問題や東北アジアの非核地帯化、非核法の制定は当面する大きな具体的焦点です。
また、原子力発電の問題では、欧米諸国が次々と原子力発電から撤退をするという情勢にあります。とくにドイツでは、昨年発足した連立政権によって、大きく脱原発への歩みをはじめています。しかし日本は、いまだに原子力推進の姿勢を崩そうとはしていません。 「もんじゅ」事故以降、東海再処理工場の爆発事故、「ふげん」のトリチウム漏れ事故など、相次いで発生した核燃料サイクル関係施設での事故は、事業主体の動燃に対する批判にとどまらず、国の原子力政策全般に対する広範な不信を巻き起こしました。このなかで、ますます脱原発を求める市民の思いは強いものとなっています。
一連の事故によってこれまでのプルトニウム利用政策は破綻しつつありますが、政府・電力会社はプルトニウムを燃やす「プルサーマル計画」をこの秋にも強行しようとしています。私たちは、事故の危険性とともに、核拡散の観点からも問題の多いプルトニウムの大量利用政策を、なんとしても変えさせなければなりません。プルサーマル計画や六ヶ所核燃サイクル基地化に反対し、「もんじゅ」の運転再開を許さず、プルトニウム利用政策に反対するたたかいもまた、今年は大きな山場を迎えようとしています。
原水禁運動の重要な柱であるヒバクシャ問題では、高齢化の進むヒロシマ・ナガサキの被爆体験を21世紀の子どもたちに伝えていくこと、在外被爆者や被爆二世に対する補償などを含む被爆者援護法の改正、世界のヒバクシャの人権を確立することも私たちの重要な課題です。世界のヒバクシャと連帯し救援の輪を広げながら、新たなヒバクシャを生み出すことのない世界を構想することは、私たちの責務です。
折しも今年は、1899年の第1回ハーグ国際平和会議が開かれてからちょうど100年目にあたります。国際的にも、軍縮・戦争防止、及び紛争の平和的解決が大きな課題になっています。核と戦争のない社会をめざすため、世界の仲間と連帯し、この1年間の反核・平和運動の取り組みを検証しながら、さらに力強く運動をすすめていくために「被爆54周年原水爆禁止世界大会」を開催いたします。お互いの立場や意見の違いを尊重し、また、多くのみなさんの参加と協力をいただきながら、この大会をぜひとも成功させ核と戦争のない21世紀への展望を切り開きましょう。
1999年6月3日
原水爆禁止日本国民会議 議 長 岩松 繁俊 副 議 長 市川 定夫 菊田 昭 西沢 清 宮崎 安男 梅林 弘道 西尾 漠 事務局長 佐藤 康英