原水禁大会パンフ
2002年大会パンフ

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  軍縮条約の経緯

前の項でみた戦略攻撃核戦力削減条約は、昨年一一月一三日、ブッシュ大統領が、三日間の米ロサミットの冒頭で発表した削減計画に沿ったものです。この時、ブッシュ大統領は、米ロは「信頼に基礎を置く新しい関係」にあり、STARTの合意に要したような「果てしない軍備管理の議論」は必要ないとし、条約を目指さない意向を示しました。これに対し、プーチン大統領は、同日、ロシア大使館で「世界は、残念ながら、信頼だけの上に国際関係を築く状態からはほど遠い。だからこそ、現在は、軍備管理や軍縮の分野では既存の条約や協定の基礎に依存することが非常に重要なのだ」と述べ、条約の締結を求めました。この両者の主張の溝を埋めるべく交渉が進められ、妥協の産物として出てきたのが、ほとんど条約と言えない条約というわけです。
 ここで次ページの図を見ながら戦略兵器削減条約の流れを追っておきましょう。一九九一年の時点でそれぞれ一万発以上だった米ソの配備戦略核はSTART Iで、約六〇〇〇発ずつに、つづいてSTARTIIで、三〇〇〇〜三五〇〇発に削減されるはずでした。さらに、STARTIIIでは、STARTIIの実施期限と同じ二〇〇七年末までに戦略核の上限を二〇〇〇〜二五〇〇発とするはずでしたが、これを定めた一九九七年の合意文書類には、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約の継承国についての合意なども含まれていたため、ABM条約の破棄を求める共和党側が、上院での批准に反対し、STARTIIIに向けた交渉を阻んできました。また、STARTIIが発効するまで、START Iのレベル(六〇〇〇発)以下にすることを禁止する条項を国防歳出権限法に追加して、削減を阻止してきたのも共和党です。
 START IもSTARTIIも、配備から外された核弾頭の処分については何も定めていません。しかし、米国上院は、一九九二年七月のSTART I批准決議の中で次のように述べています。「旧ソ連の核兵器及び核分裂性物質のコントロールの喪失の可能性は、米国及び国際的平和・安全保障に重大な脅威をもたらすものであるから、今後の戦略攻撃的兵器の削減に関する合意に関連して、大統領は、適切な取り決めを追求するものとする」。また、前述の九七年の合意は、STARTIIIの交渉に次のような要素が含まれるとしています。すなわち、「保有する戦略核弾頭についての透明性と、戦略核弾頭の破壊、その他、大幅な削減の不可逆性──弾頭数の急速な増大の防止を含む──を推進するための技術的・組織的措置」です。さらに、STARTIIIの文脈において、「適切な信頼醸成・透明性措置を含むために、海上発射の長距離巡航核ミサイルと戦術核システムに関する措置を検討することに両大統領は合意した」のです。STARTIIIがこのような中身を持ちうるものであったことを考えると、今回の条約は、いかにも不十分です。

条約の経緯
START I  1991年締結 
1994年発効 (昨年12月5日削減終了。2009年まで有効)
配備戦略核を7年間で1万発以上から約6000発に
STARTII  1993年締結  未発効
(ロシア議会の批准文書はABM制限条約の遵守を明記)
    2003年1月1日までに3000〜35000発に削減
(1997年3月のヘルシンキ・サミットで期限を2007年末に変更)
複数目標多弾頭搭載(MIRV化)ICBMの撤廃
STARTIII  1997年3月ヘルシンキ・サミットで合意  未締結
STARTII期限と同じ2007年末までに2000〜2500発に削減
ブッシュ・プーチン攻撃的核戦力削減条約 2002年5月24日締結
2012年までに2200発に削減

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