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2002年大会パンフ

フランス核実験国際会議 広島アピール

2002年8月5日

 核兵器は、それが使われたときだけでなく、それが作られるときにも人の健康を破壊し、殺す。
 フランスが1960年〜1996年にアルジェリア領サハラ砂漠と仏領ポリネシアで行った210回にわたる核実験は、実験に参加したフランスの軍人・文民、現地採用労働者、実験場周辺住民の健康に脅威を与えてきた。近年、アルジェリア、仏領ポリネシア、フランス本国で次々に設立された核実験被害者団体は、長い強いられた沈黙を破り、フランス核実験の「忘れ去られた者たち」の声を上げ始めている。
 広島被曝57周年を翌日にひかえた2002年8月5日、原水禁の招きにより、フランス、アルジェリア、仏領ポリネシアのフランス核実験被害者団体代表が初めて、しかもここ広島で一堂に会し、フランス核実験の影響を明らかにし、被害者救済に必要な措置を広島・長崎の被爆者とともに議論した。
 フランス核兵器監視センターのブリュノ・バリオ所長は、フランス核実験の放射線防護対策のずさんさを明らかにした。フランス核実験退役軍人協会のジャン‐ルイ・ヴァラックス会長は、医学調査に基づいて、核実験退役軍人の多くが放射能の影響と見られる重大な健康問題を抱えていることを示した。アルジェリア・レガヌで、フランス軍撤退にともなって移管されたサハラ核実験場施設の維持・管理作業に従事した元アルジェリア軍将校のモハメッド・ベンジェッバール氏は、サハラ砂漠の広範な地域に残された深刻な放射能汚染の実態を、みずからの体験に基づいて明らかにした。
 仏領ポリネシアの核実験被害者団体、モルロア・エ・タトゥ(モルロアと私たち)協会のローラン・オルダム会長、モルロア核実験場の元労働者レーモン・タハ氏、そしてモルロアから最も近い有人島であるツレイアで生まれ育ったエチエンヌ・テフム氏は、ポリネシア被曝者を代表してポリネシア核実験被曝者の生の声を伝えた。広島原爆の真実を目の当たりにしたことが、みずからの個人的苦しみを語ることに控え目なポリネシア被害者に証言する勇気を与えた。
 同じ放射能の被害に苦しんできた広島・長崎の被爆者代表は、これらフランス核実験被害者への連帯と支援を表明した。これに対し、フランス、ポリネシア、アルジェリアの核実験被害者代表は、会議主催者に対して、人類史上初の核兵器の被害を受けたこの地で彼らの声を上げる機会を与えられたことに熱い感謝を表明した。
 フランス核実験の被害の大きさを示すこれらの報告と議論に基づき、われわれ広島国際会議の参加者は、フランス政府が核実験被害の事実を認めず、被害者の救済はもとより、医療情報の本人への開示さえ拒否するなど、他の核実験実施諸国に比べても対策が著しく立ち遅れていることを深く憂慮する。
 われわれは、フランス政府に対し、フランス核実験の被害の責任を認めるとともに、被害者の健康問題について真実を明らかにし、その正当な権利を認め、周辺住民のこれ以上の被曝を防止するためにあらゆる措置を取ることを要求する。その具体的な一歩として、次の諸点を早急に実施することが必要と考える。

モルロア・エ・タトゥ協会/フランス核実験退役軍人協会/サハラ核実験のアルジェリア人被害者/核兵器監視センター/原水爆禁止日本国民会議/広島市民/他・原水禁広島国際会議参加者一同