原水禁大会
2003.8.4 

秋葉忠利・広島市長 スピーチ

被爆58周年原水爆禁止世界大会広島大会の開会総会

 まず、初めに、人類史上初の原子爆弾による地獄の体験をした広島の市長として、この被爆58周年原水爆禁止世界大会広島大会の開会総会の場で発言する機会を与えていただいたことに感謝いたします。広島は58年前の被爆体験を原点に核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を訴え続けてきました。

しかし、広島の願いとは裏腹に、核を巡る世界の情勢は超危機的だとさえ言えるのではないかと思います。一つには、核兵器廃絶のための中心的な国際合意である、NPT体制 ─ 核不拡散条約体制が崩壊の危機に瀕しているからです。核超大国である米国は、核兵器先制使用の可能性を明言し、また「使える核兵器」を目指して小型核兵器の研究や水爆の引き金の生産を再開するなど、NPT体制を全く無視しています。こうした米国の姿勢が他の核兵器保有国に、自国の核兵器に固執する態度をとらせ、また非核保有国の核保有への敷居をも、下げさせかねない危険な状況を作り出しています。現に北朝鮮は、NPT脱退を宣言し、米国に対し核兵器保有の発言をしています。

しかし、問題は核兵器だけではありません。一昨年の9月11日に起きた、米国での同時多発テロ以降、世界は報復という執念にとらわれ、ついには戦争の可能性をつみ取るために戦争を行う時代、つまり「戦争が平和だ」との主張が大手を振ってまかり通る時代に突入したのです。そのもっとも象徴的な出来事が、米英軍主導によるイラク戦争です。この戦争は、国連査察の継続による平和的解決を望んだ、世界の声をよそに始められ、結局、罪のない多くの女性や子ども、老人を殺し、自然を破壊し、何十億年も拭えぬ放射能汚染をもたらしました。戦争を始める口実だった大量破壊兵器も未だに見つかっていません。
国連の査察や決議といった法の支配を退け、戦争による力の支配が世界の運命を決める時代になったと言っても過言ではありません。それでは何故、今、世界には力の支配が蔓延し、3度目の核兵器が使われかねない危険な状況になってしまっているのでしょうか?

一つには、戦争の記憶、とくに核戦争の記憶が世界的に薄れつつあるからです。実体験を持たない大多数の世界市民にとっては、原爆の恐ろしさを想像することさえ難しいうえ、ジョン・ハーシーの「ヒロシマ」や、あるいは新藤兼人監督の「原爆の子」、大江健三郎さんの「ヒロシマ・ノート」そしてジョナサン・シェルの「地球の運命」さえも忘れられつつあります。その結果、忘れられた歴史は繰り返すという言葉通り、核戦争の危険性や核兵器の使用される可能性が高まっています。

2つには、戦争を体験した人たちの中にも、「目には目を、歯には歯を」という報復を奉じる人々が多くいるからです。その傾向は9月11日のアメリカ市民に対するテロ攻撃以後、とくに顕著になりました。ヒバクシャが訴えてきた、憎しみと暴力、報復の連鎖、これを断ち切るんだ、そのために和解をするんだという道は忘れ去られ、「今に見ていろ、そして俺の方が強いんだぞ」、が世界の哲学になりつつあります。しかし一旦戦争が起これば、その犠牲になるのは女性や子ども、老人など、圧倒的に弱い立場の人たちです。

私たちには、このように犠牲になってきた人々の魂の叫びに耳を傾ける義務があります。中でも、ヒバクシャたちのメッセージは、特に重要です。今も坪井先生の言葉をお聞きいただきましたが、ヒバクシャは自らの痛み、悲嘆、そして原爆のもたらした惨苦を乗りこえ、復讐や敵対の道を選ぶのではなく、ほかの誰にもこんな思いをさせてはならないと決意し、核兵器の無い平和な世界を作る道を選びました。つまり、憎しみと暴力、報復の連鎖を自ら断つことによって、和解への道を切り開いたのです。

マルティン・ルーサー・キング牧師の言葉を借りれば、「暴力によって憎しみを持つ人を殺すことはできても、憎しみそのものを消し去ることはできない、逆に暴力は憎しみを生み出すだけだ、そして憎しみを増やす、報復による暴力は、暴力をさらに大きくし、すでに星を失ってしまった夜をいっそう暗い暗闇にしてしまう。暗闇によって暗闇を消し去ることはできない、暗闇を消し去る事ができるのは、光だけだ。」と言うことになります。すなわち米国が押し進めようとしている力の支配は闇であり、国際社会のルールに則った法の支配こそが光です。

世界における法の支配のもっとも象徴的な存在が国連です。国連は人類の未来に対する光です。私たちはその光を消さないよう、そしてさらに、光がより明るく輝くように、力を尽くさなくてはなりません。具体的には現在崩壊の危機に瀕しているNPT体制を救わなければなりません。そのためにヒロシマは、世界548都市、2億5千万人以上を代表する平和市長会議の加盟都市ならびに市長に、核兵器廃絶のための緊急行動を提案します。被爆60周年の2005年にニューヨークで開かれるNPT再検討会議、世界から多くの都市の代表が集まり、各国政府代表に、仮にいかなる国が反対しようとも、過半数の票決によって次の行動計画を可決する機会とするよう、強く働きかけることです。

行動計画の内容は3点からなっています。
第一に、全核兵器の実戦配備を即時解除すること、第二に、すべての核兵器の解体、および破壊に向けて明確な行動をとること、最後に、核兵器全廃を目的とする普遍的核兵器条約に関する交渉を行うことです。

しかし、こうした法の支配を確立するためにも、報復という闇に対して、ほかの誰にもこんな思いをさせてはならないというヒバクシャたちの決意から生まれた和解の精神を広く、広めなくてはなりません。そのための出発点は、私たちが影響を与えることができ、変えることのできるのは、未来だけだという自覚です。今私たちが賢明な道を選ぶことで、未来の破局を避けることができるのです。私たちが力を合わせることで、世界中の子どもたちに素晴らしい明日の世界を築く事ができるのです。

事実、私たちには、力を合わせ全人類のために明るい共通の未来を作る責任があります。誰もこの責任から逃れることは出来ませんし、逃れるべきでもありません。この責任は、仮に私たちの間に、意見の違いや過去についての考え方の違いがあったにしろ、絶対的な性格を持つものです。いや、違いがあるからこそ、絶対的なのだ、と言い換えるべきかもしれません。そして共通の未来を作るために力を合わせることで、お互いの中に、それまでは存在していなかった一種の信頼が生まれ、そこからさらに、新たな可能性も生まれます。しかもこのような結果を生むことが出来るのは、最終的には私たち一人一人の強い意志です。

人類というひとつの有機体がこれからも健康で、ゆたかに生き続けるための第一歩は、人類全体としての生きる意欲を作り出すことです。私たち一人一人の平和を実現しようとする意志を集めることによって、人類そのものが生き続ける意欲を創造することが大切なのです。だからこそヒロシマは、ここに集まっていらっしゃる皆さんに、そして世界の人々に、特に政治家、宗教者、学者、作家、ジャーナリスト、教師、芸術家やスポーツ選手など、影響力を持つリーダーの皆さんに呼びかけます。いささかでも戦争や核兵器を容認する言辞はいっさい弄せず、戦争を起こさせないために、また絶対悪である核兵器を使わせないために、そして核兵器を廃絶させるために、日常レベルで祈り、発言し、行動していこうではありませんか。

国家や軍産複合体があまりにも強大であり、そんなことは無理だという人もいるかもしれません。たしかに、アメリカの奴隷解放には百年かかりました、そして彼らをリンチや屈辱的差別から解放するのに、それからさらに、百年かかりました。ガンジーによるインドのイギリス統治からの解放には30年、ベトナム戦争の終結までには15年かかりました。ネルソン・マンデラ氏は28年間獄中にありました。

ボトムアップ、つまり下からの変革には時間がかかり、必ず大きな犠牲を伴います。しかしながら、道義的、人類的なビジョンを持つ人間が、再度この闘いを引き受けなくてはなりません。核兵器廃絶の重要性、そして正当性は奴隷解放に勝るとも劣るものではありません。大切なのは、私たちはただ単に技術や武器と闘っているのではないという事実です。私たちは、私たち自身の心の内なる核兵器と闘っているのです。

私たちは何らかの理由を付ける事さえ出来れば、核兵器による虐殺が許されるという考え方そのものと闘っているのです。私たちは、人類が最終戦争を始める権限を少数の権力者に与えてもよいという思想と闘っているのです。私たちは、何十億人もの人が、生命の危険と隣り合わせの悲惨な貧困な生活を送っているのにも関わらず、それを無視して、軍隊による過剰殺戮能力を保持するために、何兆ドルも使って当然だという考え方と闘っているのです。

私たちの当面の目標は、核兵器の廃絶ですが、長期的目標は、この地球全体をすべての人のための、万人のためのふるさとに変えることにあります。老若男女誰にとっても憩いやくつろぎの居場所があるのが、このふるさとです。そこに住む人々は、生きとし生けるものすべての声に耳を傾け、世界中の子どもや若者にとっての限りないやさしさにあふれ、創造力とエネルギーに満ちています。万人のためのふるさとには、ゆたかな記憶の森があり、その森から流れでる、和解と人道の川には、理性と良心そして共感の船が行き交い、やがて希望と未来の海に到達します。私たち人類がその海に沈む夕日を眺めながら、平和であることを味わえる日が一日でも早く来るよう、すなわち私たちの子供の時代までには、核兵器を廃絶し、戦争の起きない世界を作るために、あらん限りの力を尽くそうではありませんか。最後にあの日から58年の8月6日を、その新たなる決意の出発点とする事を、ここで皆さんと共に誓いたいと思います。どうもありがとうございました。

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