原水禁大会
2003.7.28 

ジョン・タロアヌイ・ドゥーム(John Taroanui Doom)

 1936年5月6日生まれ  

 元「世界教会協議会(WCC)」太平洋地域担当事務局長(ジュネーブ)。タヒチ・パペエテの福音教会牧師として、またフランス核実験被害者団体「モルロア・エ・タトゥ(モルロアと私たち)」事務局長として、仏領ポリネシアのフランス核実験被害者による真実と権利を求める運動を縁の下で支えてきた。

フランスは、1966〜96年の30年間に仏領ポリネシアのモルロア環礁とファンガタウファ環礁で計193回の核実験を行った(大気圏46回、地下147回)。実験にはフランス本国から来た軍人や技術者のほか、1万〜1万5000人の仏領ポリネシア人が現地採用労働者として従事したと見られており、こうした元労働者の間で、核実験の被害やその不安を訴える声が強まっている。また、タヒチ島など実験場周辺地域の住民の間でも、放射能汚染による健康障害への不安が高まっている。

こうした地元の声を受け、1996年に現地のNGO「ヒチ・タウ」やタヒチの福音教会の依託により、ポリネシア人元核実験場労働者やその家族に対する聞き取り調査が行われた。その結果をまとめた報告書「モルロアと私たち」は、ガンなど様ざまな障害に苦しみ、放射能被害への強い不安を抱きつづけてきた地元住民の生の声を初めて明るみに出した。報告書の出版をきっかけに、モルロアでの核実験開始35周年にあたる2001年7月4日、核実験被害者団体「モルロアと私たち協会」が結成。同協会の加入者は増加の一途をたどり、2003年7月現在3347人を数えている。(英仏両言語で出された報告書のタヒチ語版を出版するに当たって、原水禁は資金面で協力した。)

昨年8月の原水禁大会広島国際会議では、仏領ポリネシア、フランス本国、アルジェリアの3地域のフランス核実験被害者が初めて一堂に会し、今後相互の連絡と共同行動を進めて行くことを決めた。

フランス政府はこれまで、「フランス核実験による健康障害はない」との立場を固持し、「軍事機密」を盾に、一切の情報開示請求を拒否し続けてきた。しかし、今年に入って、モルロア・ファンガタウファのフランス核実験に携わった後、4年前に白血病で死亡した元フランス海軍兵の遺族が政府に損害賠償を求めていた軍事裁判で、仏ヴァール県軍事裁判所は、遺族に100%の傷病年金を認める判決を下した。これは、フランス核実験による健康被害を初めて公式に認めたもので、フランス核実験被害者にとって大きな突破口になることは間違いない。

また従来、仏領ポリネシアの核実験被害に関心を示すフランス人医師は皆無だったが、「世界医師団」(「国境なき医師団(MSF)」を創設したベルナール・クシュネール元仏保険大臣が、MSFから分離して創設した国際医療援助NGO)は、今年10月から仏領ポリネシアに医師を派遣し、1年間の調査を行うことを決めた。

7月25〜28日のシラク仏大統領がタヒチ訪問中、ポリネシア人元核実験労働者は「モルロア被害者の真実と正義」を求めてパペエテ市内をデモ行進した。これはポリネシア人元核実験労働者が、長い沈黙を破り、初めてフランス本国に向かって権利要求を表明した画期的な出来事だった。

フランス核実験被害者への補償は、米英に比べて大きく立ち後れており、被害者の運動はまだ始まったばかりだ。しかし、被害者の精力的な活動により2001年以降大きな変化の兆しが見え始めている。世界のヒバクシャ運動にとっても重要な一歩となるこの運動の担い手の1人であるドゥーム氏に、変わりつつある現場の生の動きを報告してもらう。