原水禁大会
2009.8

被爆64周年原水禁世界大会
ポスターデザインは
U.G.サトーさん

核も戦争もない平和な21世紀をつくろう!

被爆64周年原水禁世界大会

広島大会

折り鶴平和行進

flickrサイト折り鶴平和行進


折り鶴平和行進

flickrサイト折り鶴平和行進

 2005年以来、原水爆禁止世界大会の開会総会を 原水禁・連合・核禁会議の共同で開催しています。今年も8月4日、折り鶴平和行進の到着地点・広島県立体育館大アリーナで、「核兵器廃絶2009平和ヒロシマ大会」を行い、6,500人が参加しました。 川野浩一原水禁議長は、開会あいさつで、これまでの運動を「来年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議に結実させなければならない」と訴え、「しかし、肝心要のわが国政府の対応はどうか。米印原子力協定に賛同してインドの核保有を認めNPTを骨抜きにし、米国の核先制不使用宣言に反対して『核の傘』にあくまで依存しようとする」と指摘しました。また、日米間の核持ち込み密約問題について「(日本政府は)文書をひた隠しにする。『非核三原則堅持』と、また今年も首相はぬけぬけと(6日の平和)記念式典で語るのか」と痛烈に批判。総選挙で「政権を変えなければならない」、3団体による「核廃絶を求める1000万人署名」などのとりくみが進んでこそ「新しい政権の政策は変わるだろう。核兵器廃絶のチャンスは今しかない。行動あるのみだ」と力を込めました。主催者あいさつに立った連合の古賀伸明事務局長は「核なき世界」を掲げたオバマ米大統領プラハ演説や米ロの戦略核兵器削減交渉の進展、来春の「核安全保障サミット」開催提案を評価。日本政府も「NPT再検討会議の成否が核兵器廃絶が進むか否かの重要な分岐点と再認識すべき」と指摘し、CTBT(包括的核実験禁止条約)早期発効やカットオフ(兵器用核分裂性物質生産禁止)条約の交渉開始、平和市長会議が提唱する20年までの核廃絶を目指す「2020ビジョン」実現にも「積極的役割を果たす」よう訴えました。

広島・開会総会

flickrサイト広島・開会総会

また、5月に核実験を強行した朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対して、日本が「6カ国協議の場で粘り強く核廃棄を求め、北東アジア地域の非核兵器地帯条約を展望すべきだ」としました。来賓の広島県知事代理の城納一昭・副知事、秋葉忠利・広島市長があいさつ。世界3047都市が加盟する平和市長会議会長でもある秋葉市長はオバマ演説支持を表明した上で、核廃絶プロセスを示す「ヒロシマ・ナガサキ議定書」のNPT会議採択に「全力を尽くす」とし、「私たちの世代が核兵器を廃絶しなければ次の世代への最低限の責任さえ果たしたことにならない」と強調しました。

ケビン・マーチンさん

flickrサイトケビン・マーチンさん

つづいて、広島県被団協の柳川良子さんの被爆者からの訴え、ITUC(国際労働組合総連合)国連事務所長のジェンマ・アダバさん、アメリカのピースアクション代表のケビン・マーティンさんが海外ゲストを代表してあいさつ。ケビン・マーティンさんは「オバマ大統領は核兵器撤廃に真剣だ。わたしたちは座って待っているだけではなく『チェンジ』を起こす積極的な参加者となる必要がある」と訴えました。さらに、平和ナガサキ代表団ピース・メッセージ、 平和アピールの採択、「原爆を許すまじ」の合唱で終了しました。

国際会議を終えて

flickrサイト国際会議を終えて

 第2日の5日には8分科会、国際会議、6つのひろばと2フィールドワーク、メッセージfromヒロシマなど子どものひろばの他、3団体によるシンポジウムも行われました。

まとめ集会

flickrサイトまとめ集会


まとめ集会

flickrサイトまとめ集会

 第3日にはアステールプラザ大ホールで700人が参加してまとめ集会を行いました。DVD「ヒロシマ・ナガサキ1945年8月」の上映につづいて開会。黙とうにつづいて、川野浩一・大会実行委員長が「核兵器廃絶への機運はいつになく高まっている。NPT再検討会議へさらに弾みを」と主催者あいさつ、海外ゲストを代表して韓国参与連帯平和軍縮センターコーディネータのリー・ジウンさんのスピーチ、前日のメッセージfromヒロシマに参加した高校生たちが登壇しビデオプロジェクターの映像を使って報告し「私たちが核も戦争もない世界をつくる」と誓いを述べました。岡本博之・原水禁山口代表からの上関原発建設計画中止に向けたとりくみと訴えが行われました。つづいて、福山真劫・大会事務局長の広島大会まとめを行い、平和と核軍縮、被爆者支援、脱原発の重要な転換点であり、そのためにも総選挙の勝利を訴えました。その後、「10.3エネルギー政策転換を求める全国集会に向けた決議」を原発・原子力施設立地県全国連絡会議事務局長の水上賢市・福井平和センター事務局長が提案・採択、さらに、ヒロシマ・アピールを提案・採択し、「原爆を許すまじ」で締めくくりました。  

キャンドルに思いを込めて

flickrサイトキャンドルに思いを込めて

キャンドルに照らされる原爆ドーム

flickrサイトキャンドルに照らされる原爆ドーム

灯籠流し

flickrサイト灯籠流し


長崎大会

開会総会・長崎

flickrサイト開会総会・長崎

 被爆64周年原水爆禁止世界大会実行委員会は、8月7日、ヒロシマ大会につづいて原水禁・連合・核禁会議の共同主催とした「核兵器廃絶2009平和ナガサキ大会」を行い、長崎県立総合体育館に3,900人が参加しました。黙とうにつづいて、高木剛連合会長が「原爆投下から64年、人類はいまだに核兵器の脅威にさらされている。被爆国である日本の政府は核廃絶に向け、国際的なイニシアチブを取るべきだ」と訴えるとともに、「核兵器のない世界」を提唱したオバマ米大統領のプラハ演説を踏まえ、「道は険しいが一日も早く地球から核兵器がなくなり、被爆者の抱える課題が少しでも早く解決に至るよう互いに力を尽くしたい」とあいさつ。

ケビン・マーティンさん

flickrサイトウィスコンシン州の小学生が折った鶴を手に語るケビン・マーティンさん

金子原二囃キ崎県知事と田上富久長崎市長の来賓あいさつ、海外ゲストを代表し、国際労働組合総連合(ITUC)国連事務所長のジェンマ・アダバさん、ユニオンネットワークインターナショナル(UNI)書記長のフィリップ・ジェニングスさん、アメリカのピースアクション代表のケビン・マーティンさんのあいさつが行われました。157カ国312組織が加盟するITUCのアダバ事務所長は「今日を、恒久平和の大義に向けた取り組みを再強化する瞬間にしよう」と呼びかけました。県被爆者手帳友愛会の中島正徳会長は、被爆直後の惨状や自身の体験を赤裸々に語り「核兵器は大量殺人が目的。核廃絶を世界に訴える」としました。

平和ヒロシマ代表団のピース・メッセージにつづいて、若い世代を代表して高校生平和大使の新旧のメンバーがバトンを絶やさないよう未来につなげる報告と決意。スイス・ジュネーブの国連欧州本部に8月、核兵器廃絶を願う署名を届ける高校生平和大使の林田光弘さんは「みなさんの思いを背負って国連でスピーチしてきます」と決意表明。 約100人が参加する構成詩「親子で綴る平和の願い[」の後、「ナガサキからの平和アピール」を採択し、「原爆を許すまじ」を合唱し、最後に川野浩一原水禁議長が閉会のあいさつを行いました。

第一分科会

flickrサイト第一分科会

 第2日の8日には8分科会、4つのひろばと2フィールドワークの他、3団体によるシンポジウムも行われました。

長崎大会まとめ集会

flickrサイト長崎大会まとめ集会

 第3日には県立総合体育館でまとめ集会を行い、約2200人が参加。川野浩一大会副実行委員長の主催者あいさつにつづいて、第12回高校生国連平和大使、核廃絶高校生1万人署名実行委員会からの訴え、長崎から沖縄へ原水禁平和行進のタスキリレー返還。

まとめ集会で語るバリオさんと通訳する真下さん

flickrサイトまとめ集会で語るバリオさんと通訳する真下さん

海外ゲストを代表し、フランス核兵器監視協会代表のブリュノ・バリオさんが連帯のスピーチ。また、福山真劫・大会事務局長が大会のまとめを報告。「オバマ米大統領の核軍縮への決意はわたしたちの仲間の声がもたらしたものだ。未来の世界に向けて責任を果たそう」「何としても核拡散防止条約(NPT)再検討会議を成功に導こう」と訴えました。「世界のヒバクシャと連帯し、核と人類は共存できないことを明らかにするとともに、対話と共存を基本にした、核も戦争もない21世紀を実現し、子どもたちに贈る取り組みを進める」との大会宣言が提案され採択されました。

爆心地公園まで平和行進

flickrサイト爆心地公園まで平和行進

そして、爆心地公園までの平和行進、11時2分の黙とうを行い、原爆資料館を見学し大会日程を終えました。
 




被爆64周年原水爆禁止世界大会広島大会・ヒロシマアピール

2009年8月 6日
被爆64周年原水爆禁止世界大会・広島大会

 1945年8月6日、8時15分、原子爆弾が広島に投下されました。雲ひとつない夏空は、突然の閃光と熱線、爆風が吹き荒れ、まさに地獄と化しました。罪のない市民が、一瞬のうちに命を失いました。その数は、広島だけで14万人にも及んでいます。広島の連綿とつながる人の営みが途切れました。亡くなった人々の、そして家族の無念の叫びは、私たちの想像をはるかに超えています。日本は、罪のない人々の死によって、終戦を迎えました。

 ヒロシマは、被爆者の体験を継承し、核兵器廃絶への不断のとりくみを展開してきました。冷戦の時代、「核が平和をつくる」と公然と主張された時代にあっても、ヒロシマは、「核と人類は共存できない」と声をあげつづけてきました。
 今年4月、オバマ米新大統領は、プラハにおいて演説し「核兵器を使用した唯一の国として行動する道義的責任がある」として、「米国は核兵器のない世界をめざす」との決意を述べ、世界の注目を集めました。米・ロは第1次戦略核兵器制限条約(STARTT)に代わる新たな核軍縮条約の枠組みで合意し、また、G8首脳会議(ラクイラ・サミット)では、「核兵器のない世界に向けた状況をつくることを約束」する首脳声明を採択しています。世界は確実に核廃絶へ歩み出しました。2010年には、NPT再検討会議が開催されます。現在すすめている「核兵器廃絶1000万署名」の成功と、平和市長会議の「2020ビジョン」の実現に向けて、いっそうのとりくみを強化します。

 日本政府は、核廃絶を主張しつつ、米国の核の傘のもと、核の「先制使用」を主張する矛盾した政策をとりつづけています。平和的対話による外交を開こうとしない姿勢は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核実験やミサイル発射という強硬策を招く要因の一つになっています。ヒロシマは、いかなる国のいかなる核も容認できません。日本政府に対して、東北アジアの非核・平和への努力を強く要請するとともに、北朝鮮に対しても核開発を放棄し、6ヵ国協議の場に復帰することを強く求めます。

 米軍再編が進行するなかで昨年9月25日、市民の反対を押し切り原子力空母の横須賀母港化が強行されました。また、原子力潜水艦ヒューストンが放射能漏れ事故を起こすという事態も発生しています。
 今年6月29日、元外務事務次官が「核兵器の持ち込みを日本政府が黙認する密約」があったと証言しました。日本政府は、被爆国として「非核三原則」を国是としてきました。密約の存在や核艦船の母港化などは、国民を大きく裏切るもので許されません。「非核三原則」の堅持はもとより、法制化と東北アジア非核地帯確立に向けたとりくみを強化します。

 今年7月、広島市の原子爆弾被爆実態調査研究会は、被爆後64年を経過した現在でも、被爆者や2次被爆者には抑うつなどの精神的影響が未だに見られるとの調査結果を発表しています。目に見えない放射線の健康被害は、いまも容赦のない苦痛を強いています。そのような実態のなかで、政府による被爆者援護施策は十分なものとなっていません。政府の決定した原爆症認定の判断基準では救済されない被爆者は、司法の場で19回の勝利を重ねてきました。しかし、未だに認定を待つ人が8,000人もいるのが現状です。被爆者が高齢化するなかにあって、全面的解決へむけて早期に政治的決断をすべきです。被爆二世・三世、在外被爆者の問題など、とりくむべき課題は山積しています。

 2007年7月、柏崎・刈羽原子力発電所を襲った中越沖地震は、地震国日本における原子力防災の困難性を明らかにしました。世界は再生可能なエネルギーに向かっているなかで、日本は、未だに原子力政策を積極的に推進し、原発の新設や、プルトニウム利用政策を継続しています。核拡散につながり、きわめて危険性の高いプルトニウム利用政策は絶対に中止すべきです。「エネルギー政策の転換を求める10・3全国集会(NO NUKES FESTA 2009)」に全国の仲間を結集してとりくみを成功させます。

 この間、麻生自公連立政権は、米ブッシュ政権への追随と、自ら推進してきた新自由主義・新保守主義の矛盾のなかでその終焉を迎え、政権交代による新しい時代の幕が開こうとしています。粗末にされ続けてきた「命」を基本にすえた社会への胎動が聞こえてきます。8月30日の総選挙に向けて、野党の勝利をめざして全力でがんばりましょう。

 ヒロシマは、いかなる核被害も根絶し、核のない世界を求めてとりくみます。暴力、殺戮を繰り返す社会を、対話と共存を基本に乗り越えなくてはなりません。64年前のあの暑い夏のヒロシマの経験を原点にして、核も戦争もない21世紀を子どもたちに贈るとりくみを全力で進めます。

  ノー モア ヒロシマ、ノー モア ナガサキ、ノー モア ヒバクシャ、ノー モア ウォー!




被爆64周年原水爆禁止世界大会広島大会・10.3エネルギー政策転換を求める全国集会に向けた決議

2009年8月 6日
被爆64周年原水爆禁止世界大会・広島大会

 私たちは、全国各地で脱原発をめざして願ってきました。しかし、「原子力立国」を謳う政府・電力会社・メーカーは一体となって、原子力・プルトニウム利用政策を推進しています。
 核燃料サイクル計画の要である「高速増殖炉」、「再処理工場」は相次ぐトラブルで稼動の目途が立たず、プルサーマル計画は各地で強い反対の声が上がっています。さらに、「高レベル放射性廃棄物処分場」はその建設候補地すら定まっていません。今や、原子力・プルトニウム利用政策はその破たんが明らかになっています。2007年には中越沖地震で柏崎刈羽原発が深刻な被害を被り、原発震災の恐怖も現実のものとなりました。
 そもそも、原子力発電は、甚大な放射能被害をもたらす危険性と、核拡散-核兵器製造への道を開く可能性を持っています。さらに、放射性廃棄物という負の遺産を未来の世代に押し付けるものです。私たちは「核と人類は共存できない」という立場から、一貫して脱原発を訴えてきました。
 近年、環境問題への人々の関心が高まり、従来の大量消費型社会から資源循環型社会への転換が叫ばれています。太陽光発電、風力発電などの研究が格段に進み、自然エネルギーの実用化が現実のものになっています。大量消費を前提とした環境負荷の高い原発は、もはや過去のものとなりつつあります。
 しかし、政府・電力会社は今なお、「二酸化炭素を出さない原発は温暖化防止に役立つ」などというキャンペーンで原発推進を正当化しようとしています。さらなる原発増設も各地で目論まれています。
 今こそ、各地の脱原発、環境問題、自然エネルギーに取り組む市民や様々な団体と連携を強め、原子力政策の根本的な転換を求める全国的な運動をつくりだすことが必要になっています。
 現在、原水禁は「原子力政策転換を求める署名」「上関町の『原発建設計画中止!』を求める署名」を強力に推し進めています。特に今年は政権交代が展望されており、新たな政策への変化の可能性が生まれています。
 今年10月3日、電力の大消費地であり、政策が決定される首都・東京において、エネルギー政策転換を求める全国集会「NO NURES FESTA 2009」が開催されます。原水禁運動の今年最大の取り組みとして全国から総力をもって結集し、脱原発社会実現に向けての道筋を切り拓きましょう。




被爆64周年原水爆禁止世界大会・大会宣言

2009年8月 9日
被爆64周年原水爆禁止世界大会

 1945年8月6日午前8時15分、8月9日午前11時2分。原爆が投下されたヒロシマは14万人、ナガサキは7万人もの尊い命が原子雲の下で即死、あるいは数日後に失われました。それから64年、放射能による被害は、いまなお多くの被爆者に容赦なく苦痛を強い、二世・三世も健康に不安をかかえて生活しています。生きとし生けるものに未曾有の惨害をもたらした日を、人類はけっして忘れてはなりません。私たちは広島大会、長崎大会の討議を通じて次のことを確認しました。

 世界は、いまだ2万2,000発とも言われる核兵器が存在し、核兵器保有国は米・ロ・英・仏・中の5ヵ国から、インドやパキスタン、イスラエルへと拡がり、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核実験やイランの核開発疑惑など核拡散の動きが止まっていません。
 一方で希望も拓きはじめました。本年4月、プラハ演説でオバマ米新大統領は、「核兵器を使用した唯一の国として行動する道義的責任がある」とし、「米国は核兵器のない世界をめざす」と決意表明しました。その後、米・ロ間の新たな核軍縮条約の枠組み合意やG8サミット首脳会議声明など、具体的方策に多くのハードルはあるものの、世界は確実に核廃絶へと歩み出しました。

 被爆国日本は、核廃絶に大きな役割を果たす立場にあります。核兵器保有国の核大幅削減や包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効など、2010年NPT再検討会議を実りあるものとするため、平和市長会議の「2020ビジョン」の実現を求める「核兵器廃絶1000万署名」のとりくみを成功させましょう。
 米国の核先制不使用は東北アジアの非核化に大きな意味を持ちます。日本政府は、米国の核の傘のもと、核の「先制使用」を容認し、非核三原則に反する核兵器持ち込み黙認の密約も明らかにされました。原子力空母横須賀母港化の強行や、沖縄をはじめ全国ですすめられる米軍再編とそれに連動したミサイル防衛(MD)などの軍事力を強化してきました。これは、北朝鮮の核実験やミサイル発射を招く要因の一つになっています。私たちは、北朝鮮に対する核開発の放棄と6ヵ国協議への復帰を求めるとともに、日本政府に対して平和的対話への転換を強く求めます。非核三原則の法制化と東北アジア非核地帯確立に向けてとりくみを強化しましょう。

 ヒバクシャをめぐる課題は、いまも、原爆症認定、在外被爆者、被爆二世・三世、被爆体験者など残されたままです。被爆者が高齢化するなかで根本的な解決は急務です。原爆症認定では、政府の基準で救済されない被爆者が司法の場で19回の勝利を重ねました。8月6日、ようやく政府は被爆者団体と集団訴訟原告の救済を合意しました。しかし、未だに認定を待つ8,000人をはじめ、支援を求める多くの被爆者が残されており、全面的解決へむけて早期に政治的決断をすべきです。手帳さえ持たない在韓被爆者は多数存在し、国交のない在朝被爆者はまったく放置されたままです。被爆二世・三世や被爆体験者については、支援の充実とあわせて、被爆者援護法の対象とすること、日本の戦争責任と戦後補償の問題として国家補償を明記する改正を求めましょう。

 2007年7月、柏崎・刈羽原子力発電所を襲った中越沖地震は、日本における原子力防災の困難性を明らかにしました。世界は再生可能なエネルギーに向かっているなかで、日本は、未だに原子力依存政策を積極的に推進し、原発の新設や、再処理・もんじゅ・プルサーマルなどのプルトニウム利用政策を継続しています。核拡散につながり、きわめて危険性の高いプルトニウム利用政策は絶対に中止すべきです。「エネルギー政策の転換を求める10・3全国集会(NO NUKES FESTA 2009)」に全国の仲間を結集しましょう。

 麻生自公連立政権は、米ブッシュ政権への追随と、自ら推進してきた新自由主義・新保守主義の矛盾のなかでその終えんを迎えようとしています。私たちがめざすものは競争社会ではなく協力社会であり、憲法にもとづいた平和と共生の世界です。政権交代による新しい時代の幕が開こうとしています。8月30日総選挙における野党の勝利をめざして全力でがんばりましょう。

 私たちは、核被害を根絶するため、世界のヒバクシャと連帯し「核と人類は共存できない」ことを明らかにするとともに、暴力と殺りくが繰り返される世界を変え、対話と共存を基本にした「核も戦争もない21世紀」を実現し、子どもたちに贈るとりくみを全力ですすめます。被爆64周年の大会に参加した私たちの総意として、あらためて内外に宣言します。

ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ、ノーモア・チェルノブイリ、ノーモア・ウォー!