2002.7

「モルロアと私たち」

タヒチで行なわれる「モルロアと私たち」の総会への参加

2002年7月20日にタヒチで開かれたフランス核実験場元労働者の協議会「モルロアと私たち」の総会へ、原水禁から長崎・広島のヒバクシャ、2世を中心に参加しました。
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「モルロアと私たち」の総会

2002年1月、パリで『フランスの核実験──健康への影響』と題された会議が開かれた。
1999年2月20日にオーベールとミシェル・リバジ(社会党)両国民会議議員を議長として国民会議の建物内で開かれた『ポリネシアにおけるフランスの核実験──真実の要求と将来のための提言』の続編。
 組織したのは、仏領ポリネシアの元実験場労働者団体「モルロア・エ・タトゥ(モルロアと私たち)」(会員約850人)「フランス核実験退役軍人協会(AVEN)」(会員約400人)、「平和と紛争に関する資料収集・調査センター(CDRPC)」、「ストップ核実験」、それに、「ヨーロッパ・太平洋連帯ネットワーク」(本部オランダ)。最初の2つは、昨年設立されたばかり。会議には、この2団体の代表の他、英、米、ニュージーランド、フィージーの被曝兵士組織の代表らも参加した(ニュージーランドとフィージーの兵士らは、英国の核実験に参加して被曝)。また、オーストラリアからは、リン・アリソン上院議員(民主党)が参加し、同国で行われた英国の核実験の被害・補償状況について説明。これらの外国の代表を招待したのは、他の国々と比べても、フランスは、特に、核実験の被害を無視し、情報公開も進んでいないことに焦点を当てるため。

今回のタヒチでの会議は、これに続くもので、「モルロアと私たち」の主催する初めての国際会議ともなる。長年フランス核実験の犠牲になってきたポリネシアの地で開かれる国際会議は、隠されてきたフランス核実験の被害を明らかにする運動の一歩として意義深い。とくに、来月広島で開かれる原水禁大会の国際会議の主要テーマでもあり、そのつながりの意味も考えられる。広島・長崎との連帯は今後も重要だ。

フランス核実験と原水禁

・概観

 フランスは、サハラと「仏領」ポリネシアで合計210回の核実験を行った。サハラは、1960年から66年までで合計17回(大気圏内4回、地下13回)、ポリネシアは、1966年から96年までで合計193回(モルロアとファンガタウファにて、大気圏内46回、地下147回)。これらの実験の被害については、あまり知られていない。実験場が植民地にあったこと、そして、サハラの場合は、アルジェリアが独立後も、被害住民が遊牧民であったことが、特に実態の把握を難しくしてきた。1998年2月、フランスの週刊誌『ヌーベル・オブセルバトゥール』は、軍の公文書施設にあった最初の頃の実験に関する文書に基づき、モルロア近くの4つの島の1200人が被曝と報道した。ところが、同誌の調査が進行中の1997年12月1日、国防大臣の指示で、これらの文書は公開禁止となった。
しかし、最近になってフランス国防省は、議会の要請があれば、60年間の期限終了を待たずに文書公開をしてもいいと後述のCRRPCや継続活動委員会に約束している。

実験場の元労働者や、周辺住民の健康に関する本格的な調査は行われていない。ただし、「仏領」ポリネシアの女性の間で甲状腺ガンの発生率が高いとする報告書を、フランスの国立研究所が1998年8月に発表している。

・報告書『モルロアと私たち』

 公的な情報の隙間を埋めようと、タヒチのNGO「ヒチタウ」やプロテスタント教会「福音主義教会」、それにヨーロッパの太平洋問題関連グループとオランダの二人の社会学者が協力して、元労働者の当時の労働状況や彼らが抱える不安について社会学的調査を行い、その調査結果『モルロアと私たち』を1997年に発表している。最初英仏両国語で出版されたが、原水禁のカンパを主財源として2000年1月にタヒチ語版3000部(写真)が出版され、現在も、集会などを通じて配布中。報告書は、フランス政府が、なぜ、徹底的な長期的健康調査のための準備を行わなかったのか理解に苦しむと結論。調査対象となった700人以上の元労働者の90%以上が、本格的健康調査を望んでいる。

『モルロアと私たち』は、1963年から1997年の間に実験場で働いたとされる1万〜1万5000人の内1500人以上についての名前と住所を確認しリストを作成し、この内737人について詳細なインタビューを実施して、その結果をまとめたものである。調査の結果、10歳以下を含め、16歳以下で実験場の仕事を始めたものが、6%にも達することが明らかになった。労働者の94%は、実験場に到着する前に健康診断を受けたが、実験場を去る時点で健康診断を受けたのは、48・5%だけだった。多くの者が健康に不安を抱いている。

・元核実験場労働者のグループ「モルロアと私たち」

 報告書『モルロアと私たち』を活用し、さらに、実態解明を進めるために2000年に「『モルロアと私たち』継続活動委員会」がタヒチで設立された。一年後にその活動はモルロアとファンガタウファの元核実験場労働者のグループ「モルロアと私たち」にうけつがれ、その事務局もでき、活動を日常的に続ける態勢が取られている。

・文書公開キャンペーン

 『モルロアと私たち』の調査・出版に協力したフランスの「平和と紛争に関する資料収集・調査センター(CDRPC)」、「『モルロアと私たち』継続活動委員会」、原水禁などの取り組んだ、「核実験関連の記録文書を公開せよ」という葉書キャンペーンは、これの文書を公開すると同時に、フランス議会に調査委員会を設けることを、フランス議会の防衛問題委員会の委員長に求めた。
原水禁は、2000年12月7日フランス大使館に太平洋での核実験に関する文書を公開するようにと要請している。