核兵器
 

          

ブッシュ政権の国家安全保障アジェンダ

スティーブン・シュウォーツの講演骨子

『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』誌発行人、核科学教育財団事務局長。(シュウォーツ氏の個人的見解であって、必ずしも『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』誌や核科学教育財団の見解を代表するものではない。)

 今日は、ブッシュ政権が直面している5つの主要な核安全保障問題を取り上げ、それぞれについて政権がどのような措置を講じることになりそうかを論じてみたい。

全土ミサイル防衛(NMD)

 弾道ミサイルによる攻撃に対して防衛するシステムを開発し、配備しようとするブッシュ政権の意図は、同政権の国家安全保障アジェンダの中でももっとも論議を呼ぶものである。国内における支持が微温的なものでしかなく、米国の同盟国及び対立国の両方に反対があるにも関わらず、ブッシュ政権は、NMDシステムを、できるだけ早期に配備しようと言う態度を捨てていない。議論は、もはや、このようなシステムが配備されるか否かではなく、いつ配備されるかという点を巡るものになってしまっている。

 ブッシュ政権が、そのミサイル防衛システムを進める前に答えなければならない大きな問いが二つある。第一に、1972年の対弾道弾ミサイル(ABM)制限条約を遵守し続けるかどうかというものである。この条約は、一般に、戦略的安定性の要と呼ばれている。なぜなら、全土防衛を禁じることによって、このような防衛をうち破るための危険で多額の費用を伴う攻撃システムの軍拡競争が発生するのを防ぐからである。ABM制限条約は、米国とロシア双方に対し、地上配備の防衛サイトを一つだけに制限している。米国全体や、日本を初めとする米国の同盟国を、長距離弾道ミサイルから守るシステムは、無条件に条約に違反する。政府は、条約から脱退するか(法的に言って、ロシア、つまり条約の他の当事者に6ヶ月前に通告することで可能である)、現在許されているよりももっと強固な防衛システムを配備することを許すようなかたちで条約を改正するための交渉をロシアと続けるかを決めなければならない。

 第二の問題は、どのようなシステムを配備するかである。クリントン政権は、100基の迎撃ミサイルを持つサイトをアラスカに置こうとした。これは、北朝鮮からの脅威に対処するためと言うことになっている。ブッシュ政権は、このアプローチをそのまま踏襲するだろうか。それとも、陸上、海上、空中、それに宇宙をも利用した多層のシステムを追求することになるだろうか。この決定は、政権が脅威をどう定義するかと言うことだけでなく、米国がその同盟国からどれだけの協力を得られるかにもかかっている。比較的限定的なミサイル防衛システムでも、海外の基地の利用を必要とする。早期警戒レーダーや、場合によっては迎撃ミサイルを配備するためである。さらに、政権は、ミサイル防衛の潜在的な利点と、リスクとを天秤に掛けて考えなければならない。最小限のシステムであってもロシアや中国が将来の軍縮協定にそっぽを向いてしまうだけでなく、それぞれの兵器の数を増やすことになってしまうかもしれない。戦略的均衡と相互抑止を維持するためである。そうすることによって、ロシアと中国は、ミサイル防衛の利点を相殺してしまい、核兵器が偶発的にあるいは意図的に使われる可能性を高めることになるかもしれない。

北朝鮮との関係

 北朝鮮エネルギー開発機構(KEDO)の将来の成功は、部分的には、ミサイル防衛に関するブッシュ政権の決定にかかっている。北朝鮮を、米国に対する主要なミサイル脅威の元凶として描き続け、クリントン政権の経済援助計画を中止するなら、北朝鮮は、必要に迫られている経済援助計画を勝ち取るために、その核及びミサイル計画をてこに使うことになるかもしれない。(先週も、北朝鮮は、ブッシュ政権が交渉の席に戻らないなら、その弾道ミサイルの飛翔実験を再開するかもしれないとのシグナルを送ったところである。)。北朝鮮への援助の反対者は、自己完結的な予言を作り出しているのではないかとおそれる人々が米国にはいる。つまり、北朝鮮を悪魔のように扱うことによって、全土防衛システムが対処することになっている脅威を都合良く作り出すという意味である。宥和政策とか核による脅迫行為とかの批判が保守派や強硬派によってなされているが、米朝の安全保障関係は、地域の安定をもたらし、活発な核・ミサイル計画を抑制してきた。それは完全なものとはいえないが、戦争を始めるよりはずっといい。

包括的核実験禁止条約(CTBT)

 ブッシュ政権は、包括的核実験禁止条約(CTBT)についてもどうするか決めなければならない。米国上院はこの条約の批准を1999年10月に拒否している。2000年の大統領選挙のキャンペーンの際、ブッシュ大統領は、彼のCTBTに対する反対の立場については明らかにしたが、彼の父が最初に立法化した核実験モラトリアムについてはこれを遵守する意向だと述べた。コリン・パウエル国務長官は、CTBTを支持しているが、ディック・チェイニー副大統領も、ドナルド・ラムズフェルド国防長官も、CTBTに反対している。また、相当数の上院議員も、リバモアやロスアラモスの国立核兵器研究所の科学者達も反対している。

 ブッシュ政権には従って、三つの選択肢がある。条約を拒否しネバダの地下核実験場での実験再開を計画する、モラトリアムと年間50億ドルの核兵器維持管理計画を続ける、条約の批准を約束して比較的近い将来にそうするよう上院を説得する、というものである。

 国民の間にも、国際的にも圧倒的な支持があるにも関わらず、ブッシュ政権がCTBTの批准を求めてこれを上院に再提出するということはありそうにない。少なくとも現在のままの条約ではそういえる。そして、条約の再交渉は現実的とは思われない。核実験の再開を追求するか、現状を維持するかは、主として、実験賛成派(核兵器専門の科学者と議会における彼らの味方)が実験の必要について政権を説得できるかどうかにかかっている。すでに、科学者を初めとする人々は、次のように主張することによって実験再開の基礎固めを始めている。定期的な地下核実験なしに核弾頭の信頼性を無期限に維持することはできない(冷戦中はそうではなかったにも関わらずである)とか、小型核兵器を(地下の指令部のある掩蔽壕や化学兵器貯蔵所などを破壊するために)開発することによって、21世紀における核兵器の存続を保証しなければならないとかいう主張である。

核軍縮と核不拡散とに関する合意の将来

 昨年5月に行ったスピーチの中で、ブッシュ候補(当時)は、米国の核兵器の量を、米国の安全保障の目的に反しない限りで最小限にまで減らすと約束した。彼はまた、一部の核兵器を、即座に発射できる警戒態勢からはずすことに賛成だとも述べている。重要な点は、これらを、条約の交渉によらず、一方的に実施すると約束したことである。

 米国の軍備管理関係者の多くが、ずっと以前から、一方的な措置を講じるべきだと論じてきた。ブッシュがその約束を遂行すれば、彼は、その父の1991年の劇的な措置を再現することになる。あのときは、海上配備の戦術核のほとんどを退役させ、ヨーロッパに置かれていた米国の核兵器のほとんどすべてを撤収し、米国の地上配備のミサイルの一部の警戒態勢を解除したのである。

 一方的な措置は、迅速に実施できるという利点を持っている。交渉や条約の批准を待つ必要がないからである。10年前がそうであったように、このような措置をとれば、米国の意図について、同盟国と対立国の双方にシグナルを送ることになる。一方的な措置の欠陥は、それが、だいたいにおいて検証不能だという点にある。詳細な協定と査察議定書がなければ、関係国は、なされた約束が遂行されていると相手を信じるしかない。そして、検証不能であるから、一方的な措置は逆転可能だということになる。これは、将来、核保有国がその核兵器の配備数を1000以下に減らすようになると重大な問題となる。核兵器の数が少なくなればなるほど、どこかの国がいきなり約束を破って数的優位を、そして、「理論上の」戦略的優位を獲得する可能性を避けるために検証の重要性が増してくる。

 今日では、多くの軍事的指導者達や文民の政策決定者らが米国の核弾頭は多すぎるし、その中で即座に発射できる警戒態勢に置かれているものが多すぎるという点で合意に達しており、議論の焦点は、減らすべきか否かではなく、どれほど減らすべきかという点に移っている。これだけでも、クリントン政権とは大きな変化である。クリントン政権は、基本的に、貴重な8年間を無駄にし、だだの一つの軍備削減条約も結べなかった(最初のブッシュ政権では、二つ条約−−START1とSTART2−−を結んでいる)。

 しかし、もし現ブッシュ政権が、全土ミサイル防衛システムの配備と、場合によっては、新世代の核兵器の開発とに固執すれば、このような削減も、米国の核政策の根本的な転換ではなく、無期限の将来に渡って核抑止が国家安全保障の欠かすことのできない要素であることを体系化するものにすぎなくなる。従って、核兵器の削減と最終的廃絶とを望むものは、冷戦後の時代における核兵器と戦略を合理化する必要についてのブッシュ政権の宣言で安心してしまうようなことがあってはならない。

軍事費

 軍部の多くを驚かせたことには、ブッシュ政権は、軍事政策について包括的な見直しをしてからでないと、米国の軍事予算を大きく増大することはしないとの意向である(米国の軍事費は、すでに、潜在的な敵国すべてを合わせたものよりも大きい)。核政策の見直しが、この全般的な見直しの一部になるといわれている。今月中にこの見直しの概略が出始めるだろう。真の意味での見直しになるか、最初から決まっている結論を正当化するにすぎないものになるかどうかは、まだ分からない。しかし、この見直しが誠実なものになり、結果もある程度、過去10年間の軍事政策からの脱却を示すものになるだろうと信じるに足る理由がある。

 軍事費は、向こう数年間は、増えていくと思われるが、軍部が望むほどにはならないだろう。さらに、支出は、過去のではなく、今日あるいは将来の紛争で闘うための計画と機器に焦点を当て直すことになるだろう(大きな地上戦に合わせた重い機器ではなく、軽くて機動性の高い戦力となる)。この見直しの中で、核兵器がどう生き延びるかは興味のあるところである。

 あまり広くは知られていないが、1970年代から核兵器を戦争遂行の道具とは次第に見なさなくなってきているのは、大統領や議会の行動によるものでもなければ、軍備管理協定によるのでもなく、軍部自体が、核兵器には軍事的有用性がないと認識したためである。米国戦略司令部と米国海軍と関係のある少数の軍人を別とすれば、今日のほとんどの軍部指導者達は、核兵器について驚くほど冷ややかである。

 重要な理由の一つは、核兵器が現在毎年250億ドル、言い換えると軍事予算の約14%を使っていることにある。現実的な軍部指導者らは、必要が生じた際に実際に使える兵器を望む。彼らは、ずっと前に、核兵器は米国になんの軍事的利点も与えてくれず、敵が米軍に対して核兵器を使った場合には米国の通常兵器の優位を否定することになるから、有害でさえありうるということを理解したのである。軍部指導者の中で、核兵器の廃絶を支持するのものは、ほとんどいないだろう。少なくとも公には、近い将来にはないだろう。しかし、核兵器に対する彼らの冷ややかさは、ブッシュ政権の期間中、核政策の展開において重要な役割を果たしうる。

結語

 ブリティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ誌では、これから4年間に渡って事態を注意深く見守っていくだろう。「運命の時計」の管理者として、我々は、核兵器の拡散と核戦争に関して、今何時であるかを世界に告げる我々の任務を真剣に受け止めている。1947年以来、我々の時計の針は17回動いている。1953年には、夜中の12時(運命の日を象徴する時間)からわずか2分のところまで動いた。米ソが恐ろしい水爆の実験をした後のことである。1991年には、夜中の12時から17分まで遠ざかった。冷戦の終焉の幸福感があり、START1条約によって劇的に示されたように核兵器の重要度が下がっているように見えたためことである。

 今日、時計の針は、真夜中の9分前を指している。この位置に針が動いたのは1998年のことで、軍備削減の進展がないままの状態が続き、印パによる核実験が相次いで行われた後のことである。次にいつ、そして、どちらの方向に針が動くことになるかは、世界の指導者達が何をするかだけではなく、あなたや私が、そして人類の残りの人たちが、核兵器は問題であり、我々の互いの安全保障に関する懸念の解決にはつながらないということを我々の指導者らに説得するために何をするかにもかかっている。核兵器は安全保障の幻想を提供するだけであり、真の、継続的な平和は、迅速かつ無差別の消滅に追いやるぞと互いを脅し続けていたのでは決して獲得できないということを悟るべきときはとっくの昔に来ている。