資料
1997

(『軍縮問題資料』97年5月号に掲載)

核廃絶に向けて―ダグラス・ロウチ元カナダ軍縮大使来日

田窪雅文


 3月18日、カナダ下院の外交・貿易常設委員会で、同国の核政策を見直すための公聴会が始まった。これは、昨年7月、国際司法裁判所(ICJ)が、核兵器の使用及び使用の威嚇は、一般的に国際法に違反するとの勧告的意見を出したのを受けて、カナダの核政策を再検討しようとするもので画期的な試みとして注目される。カナダは、核兵器を持っていないし、他国の核兵器の配備も受け入れていないが、北大西洋条約機構(NATO)の一員として、核を支持している。また、米国と共同で核攻撃に対する警戒網「北米航空宇宙防衛軍(NORAD)」を維持している。核廃絶を唱いながら、日米安全保障条約の下で、米国の核の傘に依存する日本にとってもカナダの動向は重要な意味を持つものである。公聴会開催の陰には、カナダのさまざまな非政府団体(NGO)の圧力があった。その中心的役割を果たし、公聴会の最初の証言者となったダグラス・ロウチ元軍縮大使が、原水禁の招きで2月23日から一週間の日程で来日し、東京、広島、長崎、静岡を訪れて、被爆国日本が核廃絶に向けて指導的な役割を果たすよう訴えた。

 ロウチ氏の基本的メッセージは、「今、すべての核兵器をなくす方向へ歴史的勢いが高まっている。だが、核保有国はこれに抗しており、日本やカナダのような国が圧力をかけて、その政策を変えさせるべきだ」というものだった。以下、氏の略歴紹介に続いて、スピーチを抄訳し、最後にカナダのNGOのキャンペーンについてまとめてみたい。

 ロウチ氏は、1972年から84年まで進歩保守党の国会議員を務めた後、84年に国連軍縮大使となった。88年には、国連総会の軍縮委員会(第1委員会)の議長に選出された。現在は、アルバータ大学の客員教授として「1990年代の戦争と平和」という講座を担当している。また、カナダのキリスト教のさまざまな宗派からなる平和・開発問題のNGO「プロジェクト・プラウシェアーズ」のリーダーでもある。さらに、バチカン市国の外交問題顧問も務める。

核廃絶に向かう歴史的勢い

 1996年7月8日、ICJが、核兵器の使用は一般に人道法の原則と規則に違反するとの勧告的意見を出した。この世界最高の法的機関は、各国政府は、完全な核軍備撤廃に向けた交渉を追求するだけでなく、これを終結させなければならないと、全員一致で明確に述べている。96年8月14日、オーストラリア政府が主催する「核廃絶に関するキャンベラ委員会」(17人の国際的著名人で構成)が「核兵器は人類すべてとその居住環境に対する容認することのできない脅威をなす」と宣言し、核保有国に対し、すべての核兵器を廃絶することを直ちにかつ明確に約束するよう求めた。さらに、96年12月5日、米ロ両国、それに日本を含む17カ国の61人の元将軍・提督が長期的な国際的核政策は「連続的で完全かつ変更不能の核廃絶という原則の宣言に基づくものでなければならない」と宣言した。

 これらの、世界最高の法的・政治的・軍事的権威が、核廃絶を促している。また、95年春に核拡散防止条約(NPT)が無期限延長された際には、核保有国が「核兵器の廃絶を最終的な目標として、これらの兵器を世界的に減らすために体系的で漸進的な努力」をするとの原則が合意された。96年8月には、28の非同盟国がジュネーブの軍縮会議(CD)で、2020年までに核兵器を廃絶するプログラムを提出した。さらに、96年9月の国連総会では、包括的核実験禁止条約(CTBT)が採択され署名開放された。また、96年12月、国連総会は、マレーシアが他の四五の共同提案国と提出した決議を採択した。この決議は、世界法廷の決定を受けて97年に核兵器禁止条約の交渉を開始し、早期に締結することを呼びかけるものである。決議は、賛成115、反対22、棄権32で採択された。

 これらのすべてのステップは、どのような歴史的勢いが生まれているかを示すものだが、核保有国及びその同盟国と、非同盟国を中心とする非核保有国との間に袋小路のような状況が存在していることも事実である。NATOは、核兵器の維持が「必須」だという。西側核保有国は、ICJを愚弄し、核廃絶について直ちに約束するようにというキャンベラ委員会の呼びかけを無視し、元将軍たちの声に背を向けている。すべての国々は、NPTの維持に注意を集中しなければならない。2000年の再検討会議までに核軍縮に向けたはっきりとした進展が無ければ、再検討会議の後NPTから抜け出すという声がすでに聞こえてきている。

 現在の袋小路を打開する責任は、明らかに核保有国の側にある。これらの国々が、核のない世界の達成に向けた努力を確約することが、第一の条件である。核保有国は、次のような一連の措置を取ることによって、核兵器がその安全保障態勢のなかで果たす役割をさらに低減する意向を示すことができる。1核戦力の臨戦態勢解除2運搬手段からの核弾頭の取り外し3非戦略的核配備の停止4未臨界核実験の準備の中止5米ロのさらなる核削減交渉の開始6核兵器先制使用をしないとの約束。(これらは、キャンベラ委員会の提唱しているものと基本的に同じであるが、委員会の報告はCTBT締結前のものであり、4の代わりに核実験の中止を提唱している。)

<カナダの反核運動>

 ロウチ氏は、核廃絶を要求する世界の世論は、マレーシア案の投票結果にも現れているという。そして、95年のNPT再検討・延長会議の際にニューヨークに集まった世界のNGOの話し合いから生まれた「アボリション(核廃絶)2000」というネットワークに注目する。これは、2000年までに核廃絶のプログラムをまとめて条約にすることを要求するネットワークで、世界の700以上の団体がその宣言文に署名している。カナダでは、「核廃絶カナダ・ネットワーク」が96年春に結成された。

 96年春にロウチ氏は、「今年はICJの何らかの決定、CTBTの締結、キャンベラ報告などが出てくるだろうから、ネットワークはこれらを利用して核問題に焦点を合わせるキャンペーンをやるべきだ」と考えた。そこでプロジェクト・プラウシェアーズと相談して、20日間で18の都市を回って「円卓会議」を開く計画を立てた。時期は九月にした。各会議の参加者は約25人とし、各地の主催者がリストを作って招待した。招かれたのは、政治家、教育者、学生、聖職者、平和運動や労働組合の活動家、弁護士、医師などさまざまな層の人々である。各地の会議を合わせると参加者404人だった。

 円卓会議の名の通り、会議では円を描いて座った。会議の長さは、2時間半。最初に22分のビデオを上映した。これは、米国のNGO「防衛情報センター(CDI)」が作成した『核兵器の廃絶』(約30分)を短縮したものである。きっかり22分後にロウチ氏が20分ほど話をして、討議に入った。

 事前の準備が入念に行なわれた。夏に資料集を用意し、参加者に配布しておいた。その中に、カナダ政府に宛てたネットワークの提言『核廃絶におけるカナダの役割』があった。ロウチ氏が執筆したもので、政府に次のように勧告している。「1.世界法廷の勧告的意見に照らして、カナダの核兵器関連の活動の合法性についての検討を直ちに開始し、合法性が問題となるすべての活動を早急に停止する。2.下院の外交貿易常設委員会に対し、核廃絶の要件について研究するよう依頼する。検討の対象には、現在のカナダの核関連の関わりも含まれる。委員会は、国民から報告を受け、勧告を出すものとする。」8月中旬にこの提言を外相に提出した。この直後に、外相は、外務省のホームページで、カナダの核政策がどうあるべきだと思うかと国民に意見を求めている。

 ロウチ氏は、各円卓会議の報告を一つにまとめた。そして、10月に他の平和運動の代表らとともに外相に会ってそれを提出した。報告書は、外相のホームページの質問に次のように答えている。「カナダは、NATO内外の同じ考えの国と協力して、国連で声を上げ、核禁止条約の交渉の提案に賛成票を投じなければならない……円卓会議は、世界法廷の勧告に従うというカナダの義務は、NATOの時代遅れの団結に優先するものだと確認した。」外相は、11月、下院の外交貿易常設委員会に対し、核政策の再検討を行うよう委託し、この報告書を参考にするように要請した。

 カナダは、マレーシア案に反対票を投じた。だが、同案の世界法廷の結論の重要性を強調する部分と、核兵器禁止条約の交渉を九七年に開始するという部分とについての別々の投票を提案し、前者には賛成票を投じた。これは、NATOと米国に対する精いっぱいの抵抗だとロウチ氏はいう。日本は投票に棄権した。次に同様の決議案が出たときには、日加両国は、賛成すべきだとロウチ氏は訴える。廃絶の過程そのものは、28カ国の案にあるとおり四半世紀もかかるかもしれないが、その核廃絶の目標と過程について早期に合意する必要があると強調する。ロウチ氏は各地でのスピーチを次のように結んだ。

 「世界から核兵器をなくすための闘いは、長く難しいものとなるだろう。無知あるいは、イデオロギー、欲望などのために現状を維持したいと欲するものの反対は、強く、おそらく、醜いものになるだろう。しかし、核兵器を封じ込め、廃絶する方向に歴史的勢いが働いていることは否定できない。私たちは、勇気、決意、希望を失ってはならない。」

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