資料
1996.4

包括的核実験禁止条約(CTBT)の成立に向けて

田窪 雅文


 一九九六年一月二九日フランスは、二七日の第六回の実験で、一連の実験を終了すると発表した。昨年フランスが核実験の再開を発表したのは、核拡散防止条約(NPT)の再検討・延長会議が、条約の無期限延長を決めた翌月の六月のことでもあり、世界中に非難の声があがった。だが、この発表は、核実験反対運動の盛り上がりと、核実験禁止条約の交渉におけるフランスの態度の変化いう副産物も生んだ。いくつかのNGOグループを代表してジュネーブの軍縮会議(CD)での交渉を追いかけているレベッカ・ジョンソンは次のように述べている。CDにおける全面的核実験禁止条約(CTBT)をめぐる交渉の中で「一九九五年年六月から、フランスの交渉戦略が、『遅延』から『円滑化』に変わっていることは明らかである。・・・中国についてはその反対のことがいえるかもしれない。」ここでは、NPTの再検討・延長会議の決定とフランスの核実験再開の発表、その後のCTBTの交渉状況などについて概観しておきたい。

NPT再検討・延長会議

 会議は三つの文書を同時に無投票で採択するという形で条約の無期限延長を決めた。(1)『条約の再検討過程の強化』(2)『核不拡散及び軍縮の原則及び目的』(3)『核不拡散条約の延長』の三つである。(1)は、五年に一度の再検討会議の準備会議を再検討会議の三年前から二週間ずつ開き、これまでのように会議運営のプロセスだけでなく、内容についても検討すると決めた。(2)は、核兵器国の軍縮の努力を初めとする条約の実施状況を検討する際の判断基準を定めたもので、その中で、CTBTの遅くとも一九九六年中の締結、兵器用の核分裂物質生産禁止協定の早期締結、核兵器の廃絶を最終目的とする核削減に向けての体系的・積極的努力などが約束された。(3)は、条約の無期限延長支持が過半数に達しているので、(1)と(2)が同時に採択されたことに留意しつつ、条約を無期限に延長することを決めるとの内容である。過半数は存在するが、コンセンサスには達していないため、投票になれば対立が明らかになり条約の政治的力が弱まるという状況で、議長のダナパラが、無期限延長反対派に対し、支持派が過半数に達しているという事実を受け入れて無期限延長を無投票で決めるよう求めたのである。この案を呑みやすくすべく用意されたのが(1)と(2)である。これらは法的拘束力は持たないが、政治的拘束力はある。さらに、NPTに入っていないイスラエルの核に関するアラブ諸国の主張を一部受け入れて、名指しすることを避けながらも、「保障措置の下に置かれていない核施設の中東における継続した存在に懸念を持って留意する」『中東に関する決議』が採択された。コンセンサスを思わせるような無投票で延長が決まりながら、その直後に約一〇ヵ国が無期限延長反対の意見を表明したのは、このような事情による。
 核軍縮の立場からいうと、条約の無期限延長を望む核保有国に対し、「条約を無期限延長あるいは長期延長したければ、会議開催までにこれこれを達成するように」という要求を、会議のずっと前に突きつけて、受け入れさせるのが理想的だった。ただし交渉は相手のあることで、これうまく行くとは限らない。実際、一九九一年に部分核停条約を全面的核実験禁止条約に変えようという試みがなされたさい、ブッシュ政権は、NPTと核実験を行なう権利の一方をとるなら、後者をとるとの立場を表明している。今回の会議の第一回準備会議(九三年)で非同盟諸国グループは、非公式の文書を提示して、その中で延長の条件をあげている。その内容は、CTBT、核兵器の質的改善と量的増大の禁止、先制不使用協定、外国の領土への配備の禁止、全般的かつ完全な核廃絶の期日の合意などだったが、どれも会議までに達成されることはなかった。
 会議では、核保有国を初めとする無期限延長派が、有利な立場にあった。長い間無条件・無期限延長反対の立場をとっていた非同盟国が一致した立場をとれなかったことが大きな原因である。会議が始まった後、四月二五日〜二七にバンドンで開かれた非同盟会議でも、合意に達することはできなかった。これは一つには、経済援助に絡ませた核保有国の圧力による。
 このような中で、核兵器を開発・製造しておきながら、自らこれを放棄して、非核保有国として一九九一年にNPTに加盟した南アフリカがユニークな役割を果たした。南アの動きに詳しいワシントンの「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」のトム・ザモラ・コリーナによると、南アの副大統領は、米国のゴア副大統領にNPT会議の一週間前に書簡を送り、その中で、再検討会議の過程を強化と、核不拡散・軍縮のいくつかの原則の採択を提案し、単純過半数による決定は、NPTを弱体化すると述べた。四月一九日に南アはこの案を会議で発表した。
 非同盟国の有力メンバーとして無期限延長反対の立場をとると見られていた南アが態度を変えたのは、米国の圧力のためだとの見方もある。ワシントン・ポストによると、米国の駐南ア大使は、三月一〇日、NPTに関する歓迎できない態度は、南アの「非拡散の資格」についての判断に影響を与えると忠告した。南アは、核技術の輸出国のグループ「供給国グループ」への参加を申請しており米国はこれを支持していた。だが南アの外相は、自国の利益が米国のそれと一致しだだけだという。「南アは、その核兵器を破壊しNPTの加盟国になる決定をした。我々の安全が、NPTの条項によって保障されていると見たからだ。」期限付き延長にした場合、その後NPTが破棄されることを恐れたのである。
 また会議の直前に、南アに似た案を発表していたISISが南アの案を書いたのだとの憶測もある。だが、コリーナはいう。「一九九四年に南アフリカのANCのメンバーのためにワークショップを開いて、核拡散問題について説明した。これにNPT会議の南ア代表団の一員のミンティも参加した。その意味では、ISISは役割を果たしたが、ISISが南アの文書を書かせたというようなものではない。」
 ダナパラ議長は、約二〇ヵ国のグループを組織した討議の中で南ア案に肉付けして最終案をまとた。非同盟国の立場の弱さが最終案に出ている。南アは、九五年中のCTBT交渉の終了を義務づけることを提案したが、九六年中の締結に変わった。また、メキシコは、CTBT発効までの期間の実験停止を要求したが、これは、実験に際して「最大限の自制」をする義務に変わった。それで、中国は、延長決定後三日目に核実験を行ない、中国はいつも「最大限の自制」をしているといい、フランスも、九六年の条約締結に向けて、同年五月末までに八回の実験を行なうと発表することができたのである。

フランスの核実験の副産物

 フランスの核実験再開の決定がジュネーブにおけるCTBT交渉を進展させることになるのではという予測が、米国国務省内にあった。CTBT交渉で最大の問題の一つは、条約で禁止する「範囲」を定義することである。非核保有国のほとんどは、当然あらゆる核実験を禁止することを望んでいる。核保有国は何らかの規模の実験の続行を望んでいた。フランスは、TNT火薬換算で一〇〇トンから三〇〇トンまでの威力のものを条約で認めることを求めていた。米国は、一九九三年には一キロトン(一〇〇〇トン)まで認めるようにしようとしたことがあったが、この段階では四ポンド(約一・八キロ)の規模のものを認めることを主張していた(NTPの延長決定後軍部には、五〇〇トンの線を望む声がでていた)。英国とロシアは、その中間の数字を出していた。
 フランスがCTBT締結までに一連の実験を行なうということは、締結後はそれほど大規模な実験をしないとの立場をとるのではと考えられた。フランスは八月一〇日、反対運動の強さに押される格好で、「あらゆる核兵器実験爆発及び他のあらゆる核爆発」を禁止するオーストラリア案を支持すると発表した。翌日クリントンは、真のゼロ・イールド(威力)のCTBTを交渉するとの発表を行なった。米国は、核爆弾の「点火」に使われる高性能火薬の量の四ポンドより威力の小さいものを勝手にゼロ・イールドと呼んで、この規模の実験を残そうとしていたいた。今度は「真のゼロ」にしようというわけである。フランスの発表は、核爆発について細かく定義をしないオーストラリア案を支持しただけなので、フランスが何を意図しているかは明らかではなかった。しかし、翌日クリントンがあらゆる核爆発の禁止の定義として真のゼロ・イールドを発表したため、タイミングからしてフランスの意図はゼロ・イールドではなかったとは外交的にいえなくなった。ただし、後にふれるように「真のゼロ・イールド」の定義の問題が実は残っていた。独自の実験場を持たず米国のネバダで実験を行なってきた英国は、九月一四日しぶしぶゼロ・イールドを支持すると表明した。一〇月二三日、米ロ首脳会談の後、クリントンは、「われわれは来年ゼロ・イールドのCTBT達成に向けて協力することに合意した」と発表したが、ロシアはまだジュネーブでオーストラリア案の支持を表明するに至っていない。
 現在問題となっているのは中国、インド、パキスタンの三国である。中国は、あらゆる核実験に反対と唱えながら、掘削や地震探鉱などの「平和利用目的」の核実験を条約の下で認めることを主張している。中国は平和利用核実験計画を持っているとは見られておらず、本当に「平和利用」をしようとしているのか、「平和利用」の名の下に軍事用実験をするつもりなのか、単に交渉を遅らせようとしているのか定かではない。ロシア政府の公式の立場は「平和利用核爆発」も禁止するものだが、一〇〇回以上の「平和利用核爆発」の「実績」を持つロシア原子力省関係者と中国の科学者が「平和利用核爆発」に関する合同会議を開いており、この分野での両国の結託が不気味である。中国はまた、CTBTが発効すれば実験をやめるといっているが、中国が加盟しなければ他の核保有国は発効に同意しないとすると、条約がいつまでたっても発効しないことになってしまう。
 インドは、今年一月二六日、「この条約は、すべての加盟国が、よく規定された時間枠(一〇年以内)の中ですべての核兵器の完全な廃絶という目標の達成にコミットした後に初めて発効するものとする」という文章を条約に盛り込むことを提案した。核保有国の核軍縮の義務については、前文でNPTに触れる形で処理するというのが大方の案だが、NPTが差別的だとして加盟していないインドは、NPTに触れることに反対している。インドはこのような案を出すことでCTBTに加盟しない口実を作ろうとしているのではないかとの観測が流れている。インドが加盟しなければ、パキスタン、中国も加盟せず、そのために他の核保有国も加盟しないということになる恐れがある。
 また、中国とパキスタンは、CTBTの検証に各国の技術的手段(衛星など)を利用することに反対し、検証用の衛星を打ち上げることを提案しているが、それではコストが高くなりすぎて現実的に条約が実施できなくなることが心配される。

米国の「安全保障措置」

 交渉を複雑にしているのは、上記の国々だけではない。米国エネルギー省は昨年一〇月二七日、九六年度に二回、九七年度に四回「未臨界核実験」をネバダで行なうと発表した。同省は、これらの実験は、「クリントン大統領のゼロ・イールドCTBTの約束を支持し、米国の核兵器の安全性と信頼性を保証するため」のものと説明している。そして、実験は未臨界であり、「したがって核爆発を伴わず」、ゼロ・イールドだと説明する。
 クリントンは、CTBTの下で許されるべき実験について、ジェイソンという名で呼ばれる専門家グループに検討を要請していた。八月三日に出された公表用報告書は、軍部の望む五〇〇トンの実験も、小規模の「流体核実験」と呼ばれる実験も必要ないというものだった。ただ「高性能爆薬と核分裂性物質を使って行なう未臨界の実験は、関連した物理的状況の下での兵器物質の振る舞いに関するわれわれの理解を高めるのに有用である。これらは条約に遵守した活動として含まれるべきである。」
 クリントンは、この報告に基づいて八月一一日の発表をした。クリントンは、その際、核抑止にとって重要な核兵器システムの安全性及び信頼性が維持できないと判断される場合には「至高の国益」条項の下でCTBTから脱退する権利を確認し、実験再開の準備態勢の維持などの安全保障措置を挙げた。部分確定条約の締結の際にも、米国は、大気圏内核実験の再開準備態勢の維持などの安全保障措置を講じている。
 今年の二回の実験(六月一八日と九月一二日に予定)に使われる装置は、核兵器の形状もとらず、中性子の測定なども行なわれないものだが、エネルギー省はそういう実験を行なう可能性を否定していない。反核団体などは、未臨界を勝手にゼロ・イールドと定義することを批判し、もし実験をするなら地下ではなく地上で行なうべきだという。このような小規模の実験を地下で行なうのはCTBTの検証問題を難しくする。
 未臨界実験の強行は、交渉における米国の誠意を疑わせることになるだろう。CTBT推進の立場を表明している米国は、核大国として、むしろ大幅核削減を進めるなどによって、交渉を遅らせている国々への国際的批判が効力を持つ環境を作る義務がある。
 米議会上院は、今年一月二六日に、第二次戦略兵器削減条約(START2)をやっと批准した。ロシアの軍事問題に詳しいグリーンピースのジョシュア・ハンドラーは、START2の水準の核戦力の維持の財政負担に苦しむロシアにおける批准を推進するためには、大幅削減を進めるべきだという。エリツィンは、九二年一月ににSTART2の戦略核兵器配備の上限として、現行の三五〇〇発ではなく二〇〇〇発から二五〇〇発を提案している。ロシアの希望を読みとって大幅削減を進め、解体核から出てくる核分裂性物質の二国間管理から国際管理・処分と進むことによって、米ロの核削減を不可逆的なものにすることが、核拡散防止のもっとも大きな圧力となるだろう。

(『月刊社会民主』96年4月号に掲載)

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