資料
1995.11

カット・オフ条約の意味と背景

―核兵器用核分裂物質の生産禁止条約をめぐって―

坂本 國明 (核問題調査室)


はじめに

 核兵器用の核分裂物質の生産を禁止しようとの提案は長い歴史をもっている。周知の通り、一九四六年三月の「原子力の国際管理に関する報告」(アチソン=リリエンソール報告)は、各国が独自の原子力活動をする前に、核分裂物質を含む原子力活動の全般を国際管理すべきだと指摘していた。しかしながら、ソ連が原爆を保有して以降、核戦争の脅威だけに目を奪われ、アチソン=リリエンソール報告が指摘していた原子力活動の全般を国際的に管理するという提案は忘れさられてしまい、核兵器のみの管理(や廃棄)を目的とする「単一解決策」が追求されてきた。その間に、原子力の平和利用は世界に拡散し、核分裂物質や技術も世界に広がっていった。核拡散とは、核抑止が公認されていることの必然的な帰結ではあるが、それを可能にしたのは、原子力の平和利用を通じての核分裂物質や技術・施設の拡散だった。
 核拡散を防止し、核兵器の削減を促進するには、核兵器の削減だけを求める「単一解決策」の追求だけでは、十分ではないであろう。原子力の軍事利用と平和利用とは、もともと区別することはできず、ただ、核兵器を持つかどうかは政治的な決断のみに依存しているのである。全体として原子力のシステムが巨大化するにつれて、査察自体の限界もはっきりしてきている。そうであるなら、より確固とした、核拡散を防止するとともに核兵器の削減を促進する条約や制度が必要になる。そうした挑戦の一つとして、「核兵器用核分裂物質の生産禁止条約」いわゆる“カット・オフ条約”(Cut-off)を考えるべきではなかろうか。

カット・オフ条約の登場

 核兵器用の核分裂物質の生産の禁止は、原爆が開発されてのちの一九五〇年代後半といった比較的早い時期の軍縮提案の中に含まれていた(1)。 以降、アメリカとソ連などの包括的な軍縮の提案には、核兵器の削減や廃棄の主要な柱として、核兵器用の核分裂物質の生産の停止と国際管理が含まれている(2) 。しかし、つい最近まで、核兵器用の核分裂物質の生産の禁止は、本格的に取り上げられてこなかった(3) 。
 その理由はいくつかあるが、本稿では、アメリカやソ連の軍縮提案が「政治宣伝」の様相を呈するにいたる、東西の対立にともなう「疑心暗鬼」をあげるにとどめておこう。国際政治の大きな転換がなければ、このような提案が現実になってはいなかったと思うからである。最近になって再び、核兵器用の核分裂物質の生産禁止が提案され注目されるにいたったのは一九九〇年代に入ってからだ。すなわち、ソ連が崩壊し冷戦構造が終結して後の一九九二年に、ロシアのボリス・エリツィン大統領が提案したのがきっかけだった。一九九三年の九月には、ビル・クリントン大統領も核兵器用核分裂物質の生産禁止のために、多国間条約の交渉を提案している(4) 。
 一九九三年一二月の国連総会では、「核兵器やその他の核爆発装置用の核分裂物質の生産を禁止する無差別的な多国間の及び国際的かつ実効的に検証可能な条約があらゆる側面において核拡散防止に大きく貢献する」ことを確認する決議が採択された。この決議によって、事実上、条約交渉の開始についての国際的な合意がえられた。そして、一九九四年のジュネーブ「軍縮会議」(CD)の第一会期において、カナダのジェラルド・シャノン大使がカット・オフに関する特別のコーディネイターに任命された。次いで、一九九五年三月のジュネーブ「軍縮会議」(CD)では、カット・オフについて検討する特別委員会を設置する合意がえられた。続いて、今年五月のNPTの「再検討・延長会議」では、「カットオフ条約の交渉をただちに開始し早期に結論を出すこと」(「核不拡散と核軍縮の原則と目標」)が確認された。
 こうして、カット・オフが核軍縮の重要な課題として、国際舞台に急速に浮上してきている。現在の段階では、カット・オフ条約交渉の対象範囲も定かではない。本年九月のCDの第二会期から条約交渉が開始されているが、カット・オフがどのようなものになるか、あるいは、どのようなものにしようとするのかは、今後の課題であるといえよう。

カット・オフ条約の問題点

 一般にカット・オフとは、軍事目的の核分裂物質の生産の中止を意味する。つまり、核兵器や核爆発装置に利用される高濃縮ウラン(二〇%以上の濃縮ウラン)、核兵器級のプルトニウム(プルトニウム二四〇が七%以下)、トリチウム(生産用原子炉)の生産中止(禁止)である(6) 。しかし、いうまでもなく、そこにはいくつかの解決しなければならない難問がある。まず、軍事と平和の使用目的の違いによって核分裂物質を区別できないという問題がある。例えば、核兵器級のプルトニウムばかりではなく、原子炉級のプルトニウムでも核兵器をつくれるという事実がある(5) 。プルトニウムやウランは、その放射能のゆえに、純度や濃縮度が低くても放射能兵器として使えるという面もある。また別の観点からすると、例えば、軍事利用の原子力潜水艦の燃料(高濃縮ウラン)をどう扱うかも問題となる。高濃縮ウランの生産を禁止すれば、原子力潜水艦は動けなくなる。
 具体的にどこまでを禁止の範囲とするかも大きな問題である。原子力潜水艦の問題と同様に、例えば、ウラン濃縮施設を禁止するとすれば、原発用の核燃料も造れなくなる。したがって、現在の時点では、その合意が国際的にえられる可能性はほとんどないであろう。プルトニウムを抽出する再処理施設の破棄は、使用済み燃料をそのまま廃棄物(ワンスルー)にする国々が増えているので、合意の可能性もないわけではないが、日本やフランスは反対するだろう。水爆の原料となるトリチウム(三重水素)が含まれるかどうかも意見が分かれる。トリチウムの生産は、一九九四年六月のアメリカとロシアの軍事目的のプルトニウムの生産禁止二国間の協定(ゴア・チェルノブイリジン協定)でも対象とされていない。トリチウムの半減期が短い(約一二年)ため、現在の水爆が破棄されない限り可能性は少ないといえるだろう。次いで、査察や保障措置をどのようにするかもやっかいな問題である。仮に条約上の査察を国際原子力機関(IAEA)が行なうとしても、現在のIAEAの「保障措置」(査察)は、六ヶ所村に建設されている再処理工場などの大きな施設には適していない。
 例えば、プルトニウムに関するIAEA/NPT保障措置は、「消耗(回収不能)」として認められる「有意量」(原爆一発分)の上限を八キログラムと定めている(ウラン二三八の場合は八キログラム、二〇%以下濃縮のウラン二三五は七五キログラム)。しかし再処理工場では、使用済み燃料の測定誤差、物質収支区域間の計量誤差、廃棄物への混入など、通常では五%(東海再処理工場の実績では三・三%)程度の帳簿上の在庫と実在庫との差(不明量)が生じる。実際、六ヶ所再処理工場が本格稼働し、年間八〇〇トンの使用済み燃料を再処理すると約一トンのプルトニウムが抽出される。仮のその誤差(不明量)を三%とみなしても、約三〇キログラムも誤差が生じてしまう。現在の核兵器には平均三キログラムのプルトニウムが使われている(八キロは大きすぎる)ので、核兵器に換算すれば一〇発分ものプルトニウムが誤差として扱われるのだ。これでは、保障措置となりえないのは明らかだろう。したがって、カット・オフ条約では、IAEA/NPTの保障措置(査察)のシステムも問われざるをえないだろうし、IAEAのあり方や機能強化も問題となる。
 いずれにしても、カット・オフ条約の交渉にあたっては、軍事利用だけでなく平和利用の核分裂物質をどう扱うかも問題になる。そして、現存の軍事用の核分裂物質の生産施設や核分裂物質の備蓄(ストック)や既存の核兵器の解体による核分裂物質などをどのようにするかも問題となるだろう。当然のことながら、日本のプルトニウムの備蓄も交渉の対象となるかも知れない。
 二〇〇〇年代には、軍事用のプルトニウムよりも平和利用によるプルトニウムの備蓄が上回るとみられている。プルトニウムの拡散を防止しなければ、カット・オフの本来の目的も果たせない。現在、日本政府はカット・オフに支持を表明している。しかし、「軍事用」の核分裂物質の「新規生産」の禁止だけを追求しようとしているかにみえる(7)。つまり既存の備蓄については、核保有国であるイギリスやフランスと同様に、交渉の対象にするのには反対なのかもしれない。

カット・オフ条約の意義

 カット・オフ条約のもつ意義は、いくつかある。一つは、核兵器開発の上限を規制するので、これ以上核兵器が増えるのを防ぐことになる。それと同時に、新たに核兵器を持つ国がでることも防げるだろう。核拡散の防止にとっては非常に大きな効果をもつ。もう一つは、これまで核兵器削減交渉に参加していなかった核保有国、イギリス、フランス、中国を核兵器削減交渉の場に実質的に参加させることになる。こうして、NPT第六条の義務の履行を迫ることができるのである。カット・オフ協定には、以上のように難問がたくさんある。しかし、そのことは少しもカット・オフ条約の意義を薄めるものではない。むしろ、こうした一つひとつの課題を解決することが、条約を効果的で実りあるものとするのである。
 核核拡散を防止し、核軍縮を促進するには二つのアプローチがありうる。一つは、世界的な政治的合意の形成を重視する「外交交渉型」のアプローチである。もう一つは、核分裂物質や生産設備などの資源や施設の禁止(停止)を重視する「インスツルメント(器具・道具・手段を規制する)型」のアプローチである。これまでの核軍縮交渉のほとんどは、「外交交渉型」のアプローチであった。一九五〇年代初期の核分裂物質や原子力活動の国際管理、例えばバルーク案やグロムイコ案も国連を舞台にした、いわば「外交交渉型」のアプローチであった。そして、こうした交渉の多くは、多数国の合意を形成すために長い時間を要すると同時に利害調整ともいうべき困難に直面し、しばしば挫折してきた。一方、「インスツルメント型」のアプローチは、一つひとつの具体的な課題や問題を解決していくという意味で、一挙に大きな効果を上げられないという面もあるが、その積み重ねは、核兵器の基盤を掘り崩していくという意味で、非常に大きな実効性をもっているといえるだろう。カット・オフ条約は、その意味でいえば、インスツルメント型のアプローチの一つである。それだけに、NGOの果たす役割も相対的には大きいといえる。

非核法との関連

 日本ではいま、「非核法」(非核三原則の法制化)の制定の運動が起こっている。非核法は、何が核兵器であるかの定義を含むであろう。核分裂物質の核兵器への転用を防止する措置も含まれなければならない。ウラン濃縮度の規制やプルトニウムの純度の規制も必要になるであろう。そうであるとすれば、非核法は、単に「非核兵器地帯」に貢献するだけでなく、核拡散を防止するための国内法という位置づけも必要になる。カット・オフ条約と非核法は、同じ課題の二つの側面なのである。そして、こうした問題意識は、日本の原子力政策(プルトニウム利用政策)がすでに核兵器の廃絶の課題に直結していることを物語っている。カット・オフをどのようなものにするかは、日本の運動にとって他人事ではないのである。

[注]
※1 一九五七年の「国連軍縮決議」の第一項(b)、(c)には、核分裂物質の生産の停止と国際管理が提案されている。
※2 一九六二年のソ連の「全面軍縮案草案」第五章(第二二条)「核兵器の廃棄」の一、二項、および、アメリカの「全面完全軍縮案要項」Aのc「核兵器」の一「核兵器用核分裂物質の生産」を参照されたい。いずれも核分裂物質の生産停止が提案されている。
※3 核兵器用の核分裂物質の生産禁止だけを目的とした最初の提案は、一九五七年の第一一回国連総会でアメリカが行なっている。
※4 核分裂物質の生産停止についてのNGOの提案は一九八七年一一月になされている。天然資源防衛協会(NRDC)を含む八団体がアメリカ政府に対し、核分裂物質の生産停止協定を実現するため、まず、アメリカが一方的にプルトニウムなどの生産を凍結すべきだと要求している。
※5 トリチウム生産用の原子炉で容易にプルトニウムを生産することができるので、この炉をどう扱うかも問題となる。トリチウムはリチウムを中性子で照射すればえられる。核兵器に使われるトリチウムは三〜五グラムである。
※6 原子炉級のプルトニウムでも核兵器がつくれることは、アメリカの核実験によって実証されている。原子炉級と兵器級の区別はできない。
※7 日本政府の見解は次の通り。「軍事用核物質の備蓄を防止することを目的として、核爆発目的の高濃縮ウラン及びプルトニウムの新規の生産を禁止するいわゆる『カット・オフ』につきましては、わが国としても、ジュネーブ軍縮会議において早期に条約交渉が成立するよう努力して参る所存であります」(国連広島軍縮会議における平田政務次官の演説)。


さかもと・くにあき 1944年生まれ。法政大学卒。東京原水禁、沖縄連を経て、72年から原水禁国民会議事務局員。核兵器・軍縮問をはじめ人体への放射線の影響の問題に取り組む。現在、核問題調査室を主宰。著書に『核のない社会をめざして』『さよなら核時代』など多数。

(『月刊社会民主』95年11月号に掲載)

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