資料
1998.2.2

偶発的核戦争の防止

(田窪 雅文/1998.2.2_全国活動者会議資料)


 ある朝、ロシアのレーダーにノルウェー沖から急上昇する謎の物体が映った。核ミサイルだとすると一五分でモスクワに到達する可能性がある。ムルマンスク近辺の北洋艦隊の基地や関連施設を狙っているのかもしれない。とすると時間はさらに短くなる。ミサイルが到達する前に報復攻撃のミサイルを発射しなければならない。大統領にも事態が知らされ、核攻撃の命令を伝達するためのブリーフケースが史上初めて起動し始めた。判断の時間は数分しかない。幸い謎の物体は北に大きく逸れて北海に落下することが判明し、ミサイルの発射は防がれた。これは、一九九五年一月二五日のことである。謎の物体は、オーロラ現象のデータを集めるたにノルウェー沖から発射された探測ロケットだった。
 米ソ両国は、敵が先制攻撃を掛けてくるのではないかという疑心暗鬼にとらわれたいた。自国の核戦力、指揮統制システム、指導部などに攻撃を掛けられると報復ができない。そこで、敵のミサイルが到着する前に、こちらのミサイルを発射してしまわなければならない。ミサイルを常時警戒態勢に置き、いつでも発射できるようにしておくことになる。判断を間違えると、報復攻撃のつもりで核戦争を始めてしまうことになる。この一触即発の状況が、冷戦の終わったいまも続いている。いや冷戦時代より、状況は悪化している部分もある。このような事態を改善するために、警戒態勢を解除しようというキャンペーンが米国のさまざまなNGOや議会の一部の議員などによって進められている。「警戒態勢解除(ディアラーティング)」というのは、いろいろな方法を使って、発射準備をするのに必要な時間を長くすることである。以下、ノルウェーのロケットのケースをもう少し詳しく見るとともに、このキャンペーンの動きとその背景を紹介したい。

 一九九五年一月二五日にノルウェー沖のアンドヤ島から発射されたのは、米国航空宇宙局(NASA)のブラック・ブラント12という探測ロケットだった。全長一八・五メートル、四段式で、それまでこの航空宇宙基地から発射された最大のものと比べて二倍以上の大きさだった。発射の一カ月ほどまえに、発射場の担当者の書いた通知書をノルウェー外務省が、オスロにあるすべての大使館に回していた。ただ、発射時間は一月一五日から二月一〇日の間とあり、幅があった。そして、これまでのものとの相違点は強調されておらず、高度が三倍に達するとの説明もなかった。そして、「本通知に対する返事は必要ない」とあった。ロシア大使館とロシアの早期警戒網の間のどこかでこの情報が失われてしまったようである。
 つぎにノルウェーの新聞『ベルゲンス・ティデンデ』が専門家らの協力を得て再現したブラック・ブラント12の約二三分の飛翔の物語を要約してみよう。

 午前七時二四分四八秒(ノルウェー時間) 発射。上昇角度七九度。高度一・七キロで第一段階のタロス切り放し。
 七時二五分二秒 高度四・七キロメートルに達する。この時点で、スカンジナビア半島の付け根の部分で逆方向の南東に突き出して北海と白海を分けるコラ半島中心部のオレネゴルスクのレーダーにロケットが現れる。第二段階のトーラスが六秒間噴射。そして、切り放し。時速は三〇〇〇キロに達する。オレネゴルスクの警戒レーダーの操作員には二個の物体が見える。ロケットとトーラスである。数秒後、タロスが上昇してきて、レーダーに捕らえられる。トーラスは高度一九キロメートルまで上昇して海に向けて落下。
 七時二五分一一秒 第三段階のブラック・ブラント5が噴射開始。三〇秒間で時速八八四五キロメートルまで加速して、急上昇を続ける。初期の飛翔データが自動的に西側のミサイルのデータベースと比較される。ノルウェー海に潜む米国の原潜から発射されたトライデント2型(D5)ミサイルの可能性がある。このミサイルは八つの核弾頭を持ち、それぞれ別の目標を攻撃できるようになっている。モスクワまでの時間は、一五分。コラ半島だとさらに短い。レーダーには三つの物体が見えている。
 七時二五分五三秒 高度七八キロメートルでノーズコーン(ロケット先端の円錐頭。大気圏内で観測機器を守る働きをする)が切り離される。ノーズコーンも上昇を続ける。
 七時二五分五八秒 ブラック・ブラント5が切り放される。これも独自の軌道を描いて三四〇キロメートルまで上昇してから落下を始める。オレネゴルスクのレーダーには、四個の物体が映っている。担当官は、警報ボタンを押してモスクワ郊外の核攻撃警報センターにメッセージを送る。センターは、ラトビアのスクルンダとウラル山脈のペチョラのレーダーの像をチェック。さらに、早期警戒人工衛星システムからもデータを集める。
 七時二六分二秒 高度九九キロで第四段階のニーカが噴射開始。一七秒で、時速一万六六四五キロメートルまで加速。高度一五七キロからは大気圏外を弾道に沿って飛翔。加速の際、計画よりも方角が六度東に逸れ、上昇角度が四度急になるという変化が発生。これが、ミサイルが誘導可能なものだとの誤解を招き、もっと東にコースを変えられるのではないかと恐れられる。しかも上昇角度が急なためどこに向かっているのが判断しにくい。センターは直ちに、モスクワの南方にある参謀本部の地下戦闘司令所に警報を送る。
 七時二六分二一秒 参謀本部は、すべての戦略軍に核兵器発射の準備をするようにとの事前命令をだす。同時に、カズベックが起動される。参謀総長、国防大臣、大統領の間を、核のブリーフケースと呼ばれる端末で結ぶシステムである。
 七時二八分〇秒 戦略ロケット軍のスタッフらは、発射用制御卓に駆け寄る。シートベルトを締め、発射キーを挿入し、最後のメッセージを待つ。
 七時三二分〇秒。モスクワの南の町で、核のブリーフケースを持ち運んでいる軍人がエリツィン大統領に急を告げ、ブリーフケースの使い方を教える。発射から八分近くになっている。報復を決定してから命令を伝達し、それを実行するまでに五分ほどかかる。着弾前に発射するには即座に判断を下さねばならない。幸い、謎の物体は北に飛んでいることが判明し、高いレベルの警報は撤回。だが、まだミサイルが誘導できる可能性がある。また、北極の上空で核爆発を起こして電磁パルスを発生させ通信網を麻痺させてから、全面的核攻撃がくるのかもしれない。だが他の場所からの発射は探知されず不安は遠のく。
 七時三六分四二秒 ロケットは、高度一四五三キロの最高点に達する。観測機器が大気圏からの酸素イオンの漏れを計測、データをアンドヤとトロントに送る。
 七時四八分一二秒 ロケットは、北海にあるノルウェー領スバールバル群島に落下。アンドヤから約一五〇〇キロの地点である。

 冷戦時代から続いているこの一触即発の状況に悪影響をもたらしているのが、実は旧ソ連崩壊の余波である。まず、核攻撃を生き延びられるロシアの核戦力が少なくなっている。潜水艦は、潜って移動している間は、安全である。だが、資金不足がたたってロシアの二六隻の戦略原潜のうち、パトロールにでているのは、2隻のみである。残りは港に停泊したままになっている。トラック移動型ミサイル連隊のうち、実際に移動しているのは一つか二つのみである。残りの四〇ほどは格納庫に入ったままである。(一つの連隊は、単弾頭のミサイルを九基持っている。)列車移動式ミサイル(三六基。各一〇発)は、ゴルバチョフの決定に従い、要塞に入れた状態にある。海でも陸でも移動しているものは、本土が攻撃を受けた際、実際の核爆発を確認してから報復すればいいが、固定されているものは、それでは破壊されてしまう恐れがある。それで、これらのミサイルの一部は、核爆発を待たずに警報だけで発射する「警報発射」態勢に置かれている。

 その上、ロシアの早期警戒システムが信頼の置けないものになっている。早期警戒用の九つの人工衛星のうち、二つか三つは機能していない。早期警戒用の九つの超地平線大型レーダーのうち永続的に機能しているのは三つしかない。一〇基の短距離用のレーダーのうち七つがいまやロシア外となった旧ソ連領にある。

 核戦力が攻撃に対して脆弱になって警報発射に依存する傾向が強くなっているまさにその時に早期警報システムの弱体化が生じている。当てにならないシステムに頼って早く報復用ミサイルを発射しようとの意識が働く。偶発的核戦争の危険がここにある。

 マンハッタン計画の関係者らが中心になって作った米国科学者連合(FAS)の発行する『警戒態勢解除警報(ディアラーティング・アラート)』という通信はいう。「これらの危険性をなくす伝統的な方法は、そしていまでも、核軍縮である。つまり、核兵器の削減と廃棄である。しかし、このプロセスが交渉、批准、実施に時間がかかりすぎるため、核軍縮の医者が到着するまで──さまざまな一方的措置及び返礼的措置の組み合わせにより──核兵器を警戒態勢解除する手段に対する関心が高まっている。」 米国の側に奇襲攻撃の意図がないということを、警戒解除措置によってロシアに伝え、それにより、ロシアの警戒態勢解除措置を促し、偶発的核戦争の危険性を軽減しようというものである。両国の大陸間弾道弾(ICBM)は、発射後三〇分以内で目標に到達する。両国の合計五〇〇〇発以上が警報発射の態勢にある。発射の準備に一時間以上かかかるものにし、それが検証できるようにする。そうすれば、敵がたとえ少数の核兵器で奇襲攻撃をかけてきても、その実際の爆発(三〇分後)を待ってから報復した場合、こちらのミサイルが敵地に到着した際に(一時間後)、他の大量のICBMがすでに発射されているという状態にはならないことが保証できる。警報発射の必要がなくなる。一九九四年に米ロは互いをミサイルの目標にしないという措置(ディターゲティング)をとったがこれは象徴的意味はあっても、現実的効果は少ない。数秒あるいは数分で目標を再設定できるからである。それにロシアのミサイルは、目標を定めないまま何らかの事故で発射されると、自動的に元々プログラムされていた目標に向かって飛ぶようになっている。

 警戒態勢解除を訴える主張が特に昨年から多くなっている。たとえば、戦略兵器削減条約(START)の交渉団の副議長を務めた経歴を持つジェイムズ・グッドバイとプリンストン大学のハロルド・ファイブソンの論文は、ジョージ・シュルツ元国務長官とウイリアム・ペリー元国号長官の前書きを得て、評判を呼んだ。ワシントン・ポストでも大きく取り上げられたこの論文には警戒態勢解除の主張がある。サム・ナン元上院議員とブルッキングズ研究所のブルース・ブレア(元戦略空軍ミサイル発射要員)は、共同でワシントン・ポストに寄稿して警戒態勢解除を訴えた。一昨年年一二月に核廃絶を訴える軍人の声明を組織した元戦略軍司令官ジョージ・バトラーは、ミサイルから誘導システムを外せば警戒態勢のレベルを相当下げられると提案している。また、昨年夏に米国科学アカデミー(NAS)が出した報告書『米国の核兵器政策の将来』も、警戒態勢解除を重要な措置として取り上げている。さらにドイツのフランクフルトの「平和研究所」のハラルド・ミュラーらは、ブレアの研究に基づく論文を発表してドイツで話題となった。米国の一般誌もこれらの動きを取り上げている。具体的に措置などについて一番詳しいの一つは、ブレアーと、ファイブソン、それに、プリンストン大学のフランク・フォン・ヒッペルが『サイエンティフィック・アメリカン』の昨年一一月号で発表した論文である。トム・ダシュル上院議員(民主党院内総務)は、この論文の三人の筆者を招いたパネル・ディスカッションの冒頭で、彼とその同僚は「この問題に対する政府と議会の関心を高めるために努力する」と述べた。

 警戒態勢解除措置には前例がある。一九九一年ブッシュは、バトラーの助言を受け入れてさまざまな一方的措置を講じ、ゴルバチョフは返礼的措置でこれに応じた。また、昨年三月のヘルシンキ合意で、START2の実施期限を二〇〇三年初頭から二〇〇七年末にまで伸ばすことが決められたが、START2で撤廃の決まっているミサイルを二〇〇三年末までに「核弾頭を取り外すか、相互に合意された措置によって『無力化』する」となっている。要するに警戒態勢解除の進んだ措置である。ロシアは、核弾頭の貯蔵能力がないとして取り外しを嫌っている。そこで、大型起重機でないとサイロの蓋が開けられないようにする、誘導システムの電池を取り外す、ノーズコーンを外して平らなカバーにするなどの措置が検討されている。

 圧倒的な優位に立つ米国こそが率先してとるべき措置としてブレアらが提案しているのは、つぎのようなものである。1)直ちにMX型ミサイル五〇基(核弾頭各一〇発)の弾頭を外し貯蔵する。いずれにせよSTART2で退役することになっているものである。2)ミニットマン3型ミサイル約五〇〇基(各三発)の安全スイッチにピンをさし込み開けたままにする。一九九一年にブッシュ大統領が、ミニットマン2型ミサイルの警戒態勢を解除した際にもこれを実施した。ピンを外すには要員がサイロの中に入り込まなければならない。ロシアの対応を見て、さらに発射に時間のかかるものにする。3)一八隻ある戦略原潜のうち、八隻のミサイルの核弾頭を外し貯蔵するとともに、残った一〇隻のミサイルの弾頭数を各八発から四発に減らす。START2では、一八隻を一四隻にし、弾頭をミサイル当たり八発から五発にすることになっている。START3では、さらに四隻減らし、弾頭を四発にすることになると見られる。これを直ちに実施するというものである。4)トライデント2型ミサイルに装備されているW88核弾頭四〇〇発(各四七五キロトン)を撤去して貯蔵し、威力の小さなものに変える。5)これらの措置をSTART1で許されている年次査察の一部を使ってロシアが検証できるようにする。6)海にでている米国の戦略原潜の警戒レベルを下げ、ミサイルの発射に少なくとも二四時間かかる態勢にするとともに、ほとんどの原潜をロシアの目標の射程外に置く。将来的にはこれを検証可能なものにする措置を検討し、ロシア側の返礼的措置について協議する。現在海にでている米国の原潜の半分は発射海域に移動中で、これらは、発射までに一八時間の準備が必要な態勢にある。まずは、ほとんどの原潜をこの状態に置けばよい。誘導装置をはずす、船内に貯蔵するなどすればさらに警戒態勢を下げられる。

 ブレアらはこれらが一〜二年で達成できると見る。これでも一〇隻の戦略原潜のうち、海にでている六隻に搭載された五七六発の弾頭は、攻撃をされることはない。そして、ミニットマン3型ミサイルは、約五〇〇のサイロに対する大量攻撃を受けない限り破壊されることはない。

 一方、米国のイニシアチブを受けて、ロシアがとる措置としては、つぎのようなものが考えられるという。1)SS24型の列車移動式及びサイロ固定式ミサイル四六基の核弾頭をすべて外す。START2で退役することになっているものである。2)START2で退役することになっている他のサイロ発射ミサイルをすべて、使用不能にする。3)START過程で退役することになると考えられる一五隻の戦略原潜の核弾頭を外す。4)すべての戦略原潜(港に停泊中のものを含む)を、ミサイルの発射に少なくとも二四時間かかる態勢にする。5)トラック移動式弾道ミサイルの発射台に何らかの措置を講じることにより、再度使用可能な状態にするのに少なくとも数時間かかるようにする。

 これらの措置をすべてとったとしても、海にでている二隻の戦略原潜の一二八〜四〇〇発の核弾頭、トラック移動式ミサイルSS25の九〜一八発の核弾頭は攻撃に対し安全である。サイロ発射の約二七〇〇発の核弾頭は、約三四〇のサイロに大量攻撃がない限り破壊されない。

 これらの警戒態勢解除措置は、両国の先制攻撃の能力を大きく減らし、警報発射態勢維持の正当化の論理と能力の両方を奪うことになるとブレアらはいう。米国は、率先して行動できるだろうか。日本は、それを呼びかけることができるだろうか。

(たくぼ・まさふみ)
 

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