資料
1996.7

国際司法裁判所の勧告的意見


国際司法裁判所
1996年7月8日
国連憲章第96条第一項に基づく核兵器の使用・威嚇の違法に関する国連総会決議49/75に答える
勧告的意見のうち
I 法廷意見(第1項〜第105項) 1
II シュエベル裁判官(米)の個別意見 35
III 9裁判官の個別意見の抜粋 51

【仮訳】
核兵器の威嚇または使用の合法性
勧告的意見

出席:長官 ベジャウィ、次長 シュウェーベル、裁判官 小田、ギヨーム、シャハブデェーン、ウィラマントリー、ランジェヴァ、ヘルツェ、シ、フライシュハウアー、コロマ、ヴェレシェチン、フェッラーリ、ブラヴォ、ヒギンス
   書記官:バレンシア=オスピナ

核兵器の威嚇または使用の合法性について
本裁判所は上記の通り構成し、以下の勧告的意見を与える。

 1.本裁判所の勧告的意見を要請する問題は、国際連合総会(以下、総会と呼ぶ)が1994年12月15日に採択した決議49/75Kによって提起されている。国連事務総長は、書記局がファクシミリで1994年12月20日に受け取り、原本で1995年1月6日に提出された1994年12月19日付けの手紙により、本裁判所にこの問題を提出して、勧告的意見を求める総会の決定を正式に書記に伝えた。この手紙に同封されていた決議49/75Kの英語の正文は以下の通りである。

 「総会は……[以下、中略]
 「国連憲章第96条第1項に従い、以下の問題に関して国際司法裁判所の勧告的意見を緊急に求めることを決定する。“いかなる状況においても核兵器の威嚇または使用は国際法のもとに許されるか?”」

 2.裁判所規程第65条第2項に従い、国連事務総長は、この問題に光を当てそうな資料一式を本裁判所に送付した。

 3.〜9. [陳述書、口頭陳述の手続き説明。陳述を行う国、人間の列挙。議論の紹介等はない。省略。]

 10.本裁判所はまず、総会の勧告的意見の要請に答える管轄権があるかどうか、そして、その答えが肯定だとしたらそのような管轄権の行使を拒否すべき理由があるかどうかを検討しなくてはならない。

 本裁判所はその規程第65条第1項により勧告的意見の権限を有する。65条によると、裁判所は

 「国際連合憲章によってまたは同憲章に従って要請することが許可される団体の要請があったときは、いかなる法律問題についても勧告的意見を与えることができる」。

 11.本裁判所が勧告的意見を与える権限を持つには、したがってまず意見を求める団体が「国際連合憲章によってまたは同憲章に従って要請することが許可される」ものでなくてはならない。憲章の第96条第1項によると

 「総会または安全保障理事会は、いかなる法律問題についても勧告的意見を与えるように国際司法裁判所に要請することができる」。

 本裁判所が勧告的意見を出すことに反対する一部の国は、総会と安全保障理事会は自らの仕事とまったく無関係の問題に関して意見を求める権利はないと議論する。彼らは、憲章第96条第2項のもとに活動している諸機関または専門機関と同様、しかもこの規定の文言と同条第1項との文言上の違いにかかわらず、総会と安保理は自らの活動の範囲内の法律問題についてのみ勧告的意見を求めることができると主張する。

 本裁判所の意見では、第96条第1項についてこの解釈が正しいかどうかは、ほとんど問題でない。本件では、いずれにせよ総会は本裁判所に勧告的意見を要請する権限がある。事実、憲章第10条では、総会に、憲章の範囲内の「いかなる問題またはいかなる事項」についても権限があるとしている。第11条では特に「軍縮および軍備規制を律する原則を含めて、国際の平和と安全の維持について……一般原則を審議する」権限を与えている。最後に、第13条によれば、総会は「国際法の漸進的発達および法典化を奨励する……目的のため研究を発議し、および勧告をする。」

 12.本裁判所に提出された問題は、国際関係における武力による威嚇または武力の行使、軍縮プロセス、国際法の漸進的発達など、総会の活動および関心の多くの側面との関連がある。総会はこれらの事項および核兵器とこれらの事項との関連について長年にわたり関心を抱いている。この関心の表われとして、第1委員会での毎年の討議および核兵器に関する総会決議、総会の軍縮特別会期の開催(1978年、1982年、1988年)、1978年以来の軍縮委員会の年次会合、さらに核兵器の使用の影響に関する調査の依頼がある。この文脈において、核軍縮に関する最近ならびに現在の重要な活動がその他の場で推し進められていても構わないのである。

 最後に、総会が意見を要請できる状況としては、総会が拘束力のある決定を下せる場合に限られると、憲章第96条第1項を解釈することはできない。したがって、上に述べる分野における総会の活動が、勧告にとどまる場合であっても、それは、総会が本裁判所に意見を求める権限を有するか否かの問題とは、関係がないのである。

 13.本裁判所はまた、求められた勧告的意見が、実際に、裁判所規程および国連憲章の意味する範囲内で「法律問題」に関連すると確信しなければならない。

 本裁判所は、すでに次のように指摘する機会を得ていた。

 「法律の用語を用い、国際法の問題を提起する」問題は「……まさにその性質により、法律に基づく応答を可能とし……法的性格の問題であると思える」(西サハラ。勧告的意見。Western Sahara,Advisory Opinion,I.C.J.Reports 1975,p.18,para.15)。

 総会により本裁判所に提起された問題は、実際、法的なものである。というのも、本裁判所が求められているのは、核兵器の威嚇または使用が、国際法の関係する原則および規則と両立し得るかどうかの判断であるからである。そのためには、本裁判所は、すでに存在する原則と規則を確認し、これらを解釈し、核兵器の威嚇または使用にこれらを適用し、こうして法律に基づいて提起された問題に回答を与えなくてはならない。

 国際的な場で生じる多くの問題がその性質ゆえに政治的な側面をもつように、この問題にも政治的な側面があるという事実は、この問題から「法律問題」としての性格を奪うには十分ではなく、「本裁判所から規程によって明確に与えられた権限を奪う」には十分ではない(Application for Review of Judgment No,158 of the United Nations Administrative Tribunal,Advisory Opinion,I.C.J. Reports 1973,p.172,para.14)。その政治的側面が何であれ、本裁判所は、本質的に司法任務遂行を求める問題の法的性格を認めないわけにはいかない。それはすなわち、国際法により国際に課された義務について、国家のありうべき行動の合法性を評価する、ということである(国家の国連加盟の条件(憲章第4条)、勧告的意見、国際司法裁判所報告書1947−1948年61−62頁。国家の国連加盟に関する総会の権限、勧告的意見、国際司法裁判所報告書1950年6−7頁。国連の経費(憲章第17条第2項)、勧告的意見、国際司法裁判所報告書1962年155頁)。

 さらに、本裁判所がWHOとエジプトとの間の1951年3月25日の合意の解釈に関して1980年に与えた意見で言ったように

 「事実、政治的考慮が顕著な状況にあっては、国際機関は、討議の的となる問題に適用可能な法原則に関し、国際司法裁判所からの勧告的意見を特に必要としているのかもしれない……」(WHOとエジプトとの間の1951年3月25日の合意の解釈、Interpretation of the Agreement of 25 March 1951 between the WHO and Egypt,Advisory Opinion,I.C.J.Reports 1980,p.87,para.33)。

 本裁判所はさらに、意見の要請に影響があったと言われている政治的な動機や、勧告的意見が与えられれば、それがもち得る政治的な意味合いは、かかる勧告的意見を与える管轄権の成立とは無関係と考える。

 14.規程第65条第1項によれば、「裁判所は勧告的意見を与えることができる」とある(強調を追加)。これは、許容規定以上のものである。本裁判所が繰り返し強調したことであるが、規程は、本裁判所が意見を与える権限を確立した場合に、本裁判所に求められている勧告的意見を与えるかどうかに関して、裁量の余地を残している。この文脈において、本裁判所は先に以下のように述べたことがある。

 「本裁判所の意見は、国家に与えられるのではなく、それを求める資格のある機関に与えられるものである。国際司法裁判所はそれ自体『国連の1機関』であって、その回答は、国連の活動への参加を意味しており、原則として、拒否されるべきではない。」(ブルガリア、ハンガリー、ルーマニアの平和条約の解釈、第一段階、勧告的意見。Interpretation of Peace Treaties with bulgaria,Hungary and Romania,First Phase,Advisory Opinion,i.C.J.Reports 1950,p.71;See also Reservations to the Convention on the Prevention and Punishment of the Crime of Genocide,Advisory Opinion,I.C.JReports 1951,p.19;Judgment of the Administrative Tribunal of the ILO upon Compalaints Made against Unesco,Advisory Opinion,I.C.J.Reports 1956,p.86;Certain Expenses of the United Nations(Article 17,paragraph 2,of the Charter),Advisory Opinion,I.C.J.Reports 1962,p.155;and Applicability of Article VI,Section 22 of the Convention on the Privileges and Immunities of the United Nations,Advisory Opinion,I.C.J.Reports 1989,p.189.)。

 本裁判所は、「国連の主要な司法機関」(憲章第92条)として自らの責任を絶えず意識してきた。要請をそれぞれ検討するにあたって、本裁判所は、原則として勧告的意見を拒むべきでないことを意識している。本裁判所の一貫した判例に従って、「やむにやまれぬ理由」があったときにのみ、本裁判所はこのような拒否を行った(Judgment of the Administrative Tribunal of the ILO upon Complaints Made against Unesco,Advisory Opinion,I.C.J.Reports 1956,p.86;Certain Expenses of the United Nations (Article 17,paragraph 2,of the Charter),Advisory Opinion,I.C.J.Reprts 1962,p.155;Legal Consequences for States of the Continued Presence of South Africa in namibia (South West Africa) notwithstanding Security Review of Judgment No. 158 of the United Nations Administrative Tribunal,Advisory Opinion,Applicability of Article VI,Section 22,of the Convention on the Privileges and Immunities ofthe United Nations,Advisory Opinion,I.C.J.Reports 1989,p.191)。これまで当裁判所の歴史の中で、勧告的意見の要請を、本裁判所の裁量権に基づいて拒否した事例はない。武力紛争における国家による核兵器使用の合法性に関する件では、世界保健機関に勧告的意見を与えることを拒否したのは、本裁判所がこの件に関する管轄権を持たないことを理由とするものであった。常設国際司法裁判所は、ただ一度だけ、問題のきわめて特異な諸事情に鑑みて、なかんずく、問題がすでに存在する紛争に直接関係し、その当事国の一方が常設裁判所の規程の当事者でなく国際連盟の加盟国でもなく、手続きに異議を述べ、いかなる方法でも関与することを拒んだという事情に鑑みて、提起された問題に応答することができないという見解をとったことがあった(『東カレリアの地位』 Status of Eastern Carelia,P.C.I.J.,Sries B,No.5)。

 15.本裁判所が裁量権を行使して、総会決議49/75Kによって要請された意見を拒否すべきであるとして本手続きの中で引き合いにされたもろもろの理由の大半は、書面手続きにおいてある国が行った以下の陳述に要約されている。

 「提起された問題は曖昧で抽象的であり、かつ複雑な争点にかかわるものであって、これらの争点は、関係国間において、かつ、これらの事項について明確な権限を付与された国連の他の機関内で審議される問題である。本件について本裁判所による意見は、総会が憲章のもとでその任務を遂行する上で、何等の実際的支援を与えないであろう。かかる意見は、この微妙な問題についてすでに達成され、または達成されつつある前進を損う可能性があり、それゆえ、国連の利益に反する」(米、英、仏、フィンランド、オランダ、独の各陳述書。United States of America,Written Statement,pp.1-2;cf.pp.3-7,II.See also United Kingdom,Written Statement,pp.9-20,paras.2.23-2.45;France,Written Statement,pp.13-20,paras.5-9;Finland,Written statement,pp.1-2;Netherlands,Written Statemant,pp.3-4.paras.6-13;Germany,Written Statement,pp.3-6,para.2(b).))。

 本裁判所に提起された問題が曖昧で抽象的と主張して、一部の国は、この問題に関して何ら具体的な紛争が存在しないと言おうとしているように思われる。この議論に答えるためには、訴訟手続きに適用される要件と、勧告的意見に適用される要件とを、区別することが必要である。勧告的機能の目的は、国家間の紛争を・・少なくとも直接的に・・解決することではなく、意見を要請している機関や組織に法的な助言を与えることである(平和条約の解釈参照。Interpretation of Peace Treaties, I.C.J. Reports 1950,p. 71)。したがって、本裁判所に提起された問題が特定の紛争に関連しないという事実があるからといって、要請のあった意見を与えることを本裁判所が拒むことがあってはならないはない。

さらに、裁判所の明確な立場では、抽象的な言葉にくるまれた問題に扱うべきでないとの主張は「理由付けをまったく欠く単なる主張」であって、「本裁判所は、抽象的であると否とにかかわらず、いかなる法律問題にも勧告的意見を与えることができる」(国家の国連加盟の条件(憲章4条)勧告的意見1948年。Conditions of Admission of a State to Membership in the United Nations(Article 4 of the Charter),Advisory Opinion, 1948, I.C.J.Reports 1947-1948, p. 61; see also Effects of Awards of Compensation Made by the United Nations Administrative Tribunal, Advisory Opinion, I.C.J. Reports 1954, p. 51; and Legal Consequences for States of the Continued Presence of South Africa in Namibia(South West Africa)notwithstanding Security Council Resolution 276(1970),Advisory Opinion, I.C.J>Reports 1971, p. 27,para. 40)。

 しかしながら、一部の国は、問題の抽象的な性格ゆえに、本裁判所がその司法的機能の範囲外にある仮説的または憶測めいた宣言をすることになるのではないかという懸念を表明した。本裁判所は、本件において勧告的意見を与えるにあたって、必ずしも「いくつかのシナリオ」を描いて、さまざまの種類の核兵器を研究し、極めて高度に複雑かつ異論の余地のある技術的、戦略的、科学的な情報を評価しなければならないとは考えない。本裁判所はただ、状況に関連ある法的規則を適用することによってそのあらゆる側面において生じる争点に向き合おうとするにすぎないのである。

 16.一部の国は、総会が本裁判所に対して、具体的にどのような目的で勧告的意見を求めるのかを説明していない、という意見を述べた。しかしながら、総会が自らの任務の遂行のために勧告的意見を必要とするかどうかを決定すると称することは、本裁判所そのものの問題ではない。総会は、自らの必要性に照らして、意見が有用であるかどうかについて自ら判断する権利を有する。

 同様に、総会が決議を採択することによって法律問題について勧告的意見を求めた以上は、本裁判所は、勧告的意見を与えることを拒否するやむにやまれぬ理由があるかないかについて判断するにあたり、その要請の出所や政治的経過、または決議採択に関してどのように投票が分布していたかを考慮するものではない。

 17.また、本裁判所が本件について回答すれば、それは軍縮交渉に悪影響を及ぼすおそれがあり、したがって国連の利益に反することになるという議論もあった。本裁判所は、それが下す意見の結論がどんなものになろうと、総会における事項に関する継続的な討議に関係する部分が出てきて、この事項をめぐる交渉に新たな材料を提供するであろうことを承知している。それ以外の点において、意見が及ぼす影響がどのようなものであるかは、評価の問題である。本裁判所は、相反する立場が述べられたのを聞いたが、ひとつの評価を他より優先させ得る明確な基準は存在しない。したがって、本裁判所は、このことをもって管轄権の行使を拒否すべきやむにやまれぬ理由とみることはできない。

 18.最後に、一部の国からは、提起された問題について意見を与えるにあたって、本裁判所が、その司法的役割を超えて、法制定の権能を担うことになってしまう、という主張があった。本裁判所に立法することができないのは明らかであり、本件をめぐる諸事情においても、立法することが求められているわけではいない。むしろ、その任務は、核兵器の威嚇または使用に適用できる法原則および規則が存するか否かを確認するいう、その通常の司法的機能を果たすことである。本件問題に答えることは本裁判所に立法を要求するものであるという主張は、すでに存在する法体系(corpus juris)には本件に関して適用可能な規則が欠如しているという想定に基づくものである。本裁判所はこのような議論に同意することはできない。本裁判所は、すでに存在する法が何であるかを述べるのであって、立法するわけではない。法が何であるかを述べ、かつ、これを適用するにあたって、本裁判所がその範囲を特定し、時によってはその一般的な傾向を指摘せざるを得ないとしても、上に述べたことに変わりはない。

 19.上に述べたことに鑑み、本裁判所は、総会によって提起された問題について勧告的意見を述べる権限を有し、本裁判所がこれに応じないとの裁量権を行使すべき「やむにやまれぬ理由」はないという結論に至った。

 本裁判所が、司法機関であるがゆえにこうむる制約のもとに、求められた問題について完全な回答を与えることができるかどうかは、これとはまったく異なる問題である。しかしながら、これは、まったく回答を拒むということとは異なる問題である。

 20.本裁判所は次に、総会が本裁判所に提起した問題の文言に関して生じるいくつかの事項について、答えなくてはならない。英語の正文は「核兵器の威嚇または使用は、いかなる状況においても国際法において許されるか(Is the threat or use of nuclear weapons in any circumstance permitted under international law?)であり、フランス語の正文では以下のようになっている。すなわち、「いかなる状況においても、核兵器の威嚇または使用によることは国際法上、許されるか(Est-il permis en droit international de recourir a la menace ou a l'emploi d'armes nucleaires en toute circonstance?)」と。本裁判所は、すべての状況において核兵器を用いることが許されるかどうかの判断が総会よって要請されたとの示唆があり、そのような質問であれば、当然、否定的な答えしか戻って来ないことになる、という主張があった。

 本裁判所は、提起された問題の英語の正文とフランス語の正文との間に食い違いがあったとしても、それに関して態度を表明する必要はないと考える。その本当の目的は明白である。すなわち、核兵器の威嚇または使用の合法性または違法性を決定することである。

 21.総会の提起した問題において「許される」という文言が使われていることは、一部の部によって、これが意味することは条約の規定または国際慣習法に許容することが見つけれられうる場合にのみ核兵器の威嚇または使用が許されるということになるという理由で、本裁判所において批判された。このような出発点が、主権と合意の原理による国際法の基盤そのものと相容れない、とこれらの国は主張した。したがって、「許される」という文言の含意とは裏腹に、国家は、条約法または国際慣習法のいずれかにおいて禁止されていることが示されることによって核兵器の威嚇または使用をしない義務を負うことが示されえない限り、核兵器の威嚇または使用を自由に行ってよいというのである。この主張に対する論拠は「ロータス号事件」の事例に関して、常設国際司法裁判所の次の傍論に見出される。すなわち、「国家の独立に対する制約は……推定され得ない」こと、および国際法は国家に対して「広範な裁量権を認め、それは一定の場合に禁止規則によってのみ制約を受ける」ことである(常設国際司法裁判所。P.C.I.J.,Series A, Noo. 10,pp. 18 and 19)。本裁判所の「ニカラグア内における軍事活動および準軍事活動ならびにニカラグアに対する軍事活動および準軍事活動」に関する傍論にもよりどころとしていた(「ニカラグア対アメリカ合衆国」Nicaragua v. United States of America)。すなわち、

 「国際法において、当事国が条約その他によって承認する規則以外には、主権国家の軍備の水準を制限することのできる規則はない」(国際司法裁判所報告書1986年。I.C.J.Reports 1986,p. 135,para. 269)。

 他の国にとって、「ロータス号事件」判例にあるこれらの傍論への言及は不適切であった。これらの傍論の現代国際法における地位や、きわめて事情の異なる本件への適用可能性は、問題とされた。また、本裁判所の上述の傍論が武器の保有に向けられたものであって、核兵器の威嚇または使用とは関連がないという主張もなされた。

 最後に、裁判所が総会の提起した問題に答えるのであれば、「許される」という文言は「禁じられる」という文言に代えるべきであるという提案があった。

 22.本裁判所は、本裁判所に出頭した核兵器保有国が、この手続きに参加した他の国と同じく、自らの行動の独立性が国際法とりわけ人道法の原則と規則によって制限されていたことを受入れ、あるいはそのことに異議を述べなかったことに、留意する(下記の86を参照)。

 したがって、「許される」という文言を使ったことから引出されるべき法的結論に関する議論も、それによって生じたと言われる立証責任の問題も、本裁判所にかかっている本件問題の処理にあたって、特段の意味をもつものではない。

 23.総会が提起した問題に答えようとする上で、本裁判所は、本裁判所が利用しうる国際法規範の総体を検討した後に、適用され得る適切な法は何かを決定しなければならない。

 24.核兵器の使用が違法であるということに賛成する論者の一部は、かかる使用は、市民的政治的権利に関する国際規約第6条ならびに人権の保護に関する地域的取り決めにおいて保障する生命への権利を侵害すると主張した。市民的政治的権利に関する国際規約第6条第1項は、次のように定める。

 「すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。」

 この議論に答えて、他の論者は、市民的政治的権利に関する国際規約が戦争または武器に一切言及していないと主張し、核兵器の合法性がこのような国際文書で規制されるということは一度も考えられていなかったと主張した。その趣旨は、この規約が平時における人権の保護に向けられたであって、戦闘行為における違法な生命の毀損に関する問題は、武力紛争に適用される法律によって規制されたというのである。

 25.本裁判所は、国家の緊急事態において一定の規定に反することができるとする同規約第4条による場合を除いて、市民的政治的権利に関する国際規約の保護は戦時において停止されるものではないと考える。原則として、恣意的に生命を奪われない権利は、戦闘行為においても適用される。しかしながら、何が恣意的な生命の剥奪であるかどうかを決めるのは、適用される法律によることになる。したがって、戦争において一定の武器の使用によって個別の生命が奪われることが、同規約第6条に反する恣意的に生命を奪われたことにあたるかどうかは、武力紛争に適用される法律に照してのみ決定できるのであって、同規約そのものの文言から導き出されるわけではない。

 26.一部の国はまた、1948年12月9日の集団虐殺罪(ジェノサイド)の防止および処罰に関する条約に含まれる、集団虐殺の禁止は、本裁判所が適用すべき、重要な国際慣習法の規則であると主張した。本裁判所は、同条約第2条において、集団虐殺が以下のように定義されていることを思い起すものである。

 「国民的、民族的、人種的または宗教的な集団の全体または一部を破壊する意図をもって行われる次の行為をいう。
 (a)集団の構成員を殺すこと。
 (b)集団の構成員の肉体または精神に重大な危害を加えること。
 (c)集団の全体または一部の肉体的破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に故意に課すること。
 (d)集団内における出生を妨げることを意図する措置を課すること。
 (e)集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。」。

 核兵器の使用によって生じる死者が膨大な数になること、場合によっては、犠牲者には特定の国民的、民族的、人種的または宗教的な集団に属する人が含まれる可能性があること、核兵器を使用する者は、かかる武器の使用によって生じる周知の影響を考慮しようとしなかったという事実から、かかる集団を破壊する意図があったことが推論されうることが、本裁判所において主張された。

 本裁判所は、これに関して、集団虐殺の禁止は、核兵器の使用において上に引用した規定に要求される、ある集団に対する意図の要素が含まれる場合には、本件においても、重要であろうと指摘するものである。本裁判所の見解によれば、それぞれ事例に固有の事情を十分考慮してはじめて、そのような結論に達することができると思われる。

 27.陳述書においても口頭陳述においても、一部の国は、さらに、環境の保全と保護に関するすでに存在する規範に照して、それらの重要性を考慮すると、いかなる核兵器の使用も違法になると主張した。

 すでに存在するさまざまな国際条約と国際文書に対し、具体的な言及がなされた。これには、1949年のジュネーブ条約に関する1977年の追加第一議定書第35条第3項は「自然環境に対して広範な、長期的かつ深刻な損害を与えることを目的とするまたは与えることが予想される戦闘の方法および手段」を禁止していること、1977年5月18日の「環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約」は、環境に「広範な、長期的なまたは深刻な効果をもたらすような」武器の使用を禁止していること(第1条)が含まれる。また、1972年の「ストックホルム宣言」の第21原則および1992年の「リオ宣言」の第2原則も引用されている。これらは、国家には「自国の管轄または管理の下したにおける活動が他国の環境または国の管轄の外の区域の環境に損害を与えないように確保する」義務があるという、当事国の共通の確信を表明している。これらの国際文書および環境の保全と保護に関するそのほかの規定は、戦時、平時を問わず、あらゆる場合に適用されると言われ、広範な影響を与え、国境を越えた影響を及ぼす核兵器の使用は、それらに違反することになるという主張があった。
 28.ほかの国は、環境法のこのような要請が法的拘束力をもつことを疑問とし、または「環境改変技術の軍事的使用その他敵対的使用の禁止に関する条約」の文脈において、戦闘行為における核兵器の使用にはまったく関係がないとし、追加第一議定書について、国家が一般的にその条項に拘束されることを否定し、議定書第35条第3項に関しては、保留していたことを喚起した。

 一部の国はまた、環境に関する条約や規範の主要な目的が平時における環境の保護であると主張した。すなわち、これらの条約が核兵器に一切言及していないというのであった。また、戦争一般が、そして特に核戦争が、条文の中で言及されていないこと、および、これらの条約が今、核兵器の使用を禁止するものと解釈されるなら、法の支配および国際交渉の信頼を不安定にするであろうことという指摘もなされた。

 29.本裁判所は、環境が日々脅威にさらされており、核兵器が使用されれば、環境にとっての破局となる可能性もあることを認識している。本裁判所はまた、環境が抽象的なものではなく、まだ生まれぬ世代をも含めて、人間の生存の場であり、生活の質と健康そのものにあたることも認識している。国家が、自国の管轄または管理の下したにある活動が、他国の環境または自国の管轄の外にある環境を尊重するように確保するべき一般的な義務があることは、今や、環境に関する国際法体系の一部である。

 30.しかしながら、本裁判所の見解によれば、問題は環境の保護に関する条約が武力紛争の最中に適用され得るか否かではなく、これらの条約から生じる義務が、軍事紛争の最中における全面的な抑制の義務として考えられていたかどうかである。

 本裁判所は、当該諸条約が、環境を保護する国家の義務のゆえに、国際法のもとで、国家の自衛権の行使を奪うものであるとみられるとは考えない。それにもかかわらず、国家は、正当な軍事目的を追求するにあたって何が必要かつ比例性のあることであるかを評価して、環境のことを考慮に入れなくてはならない。環境の重視は、行動が必要性と比例性の原則に合致するかどうかを評価することに関連する要素の一つである。

 このようなアプローチは、実際にも、リオ宣言第24原則の文言によって支持されている。

 「戦争行為は、元来、持続可能な開発を破壊する性格を有する。そのため、各国は、武力紛争時における環境保護に関する国際法を尊重し、必要に応じ、その一層の発展のため協力しなければならない」。

 31.本裁判所はまた、追加第一議定書第35条第3項および第55条がさらに環境の保護を規定していることを明記する。総合すると、これらの規定が具現しているのは、自然環境を広範で長期的かつ重大な損害から守るべき一般的義務であって、かかる損害を与えることを意図し、またはかかる損害が予測しうる戦争行為の方法と手段の禁止であり、かつ、報復の手段として自然環境に対する攻撃を行うことの禁止である。

 これらは、これらの規定に合意したすべての国家に対する強力な抑制である。

 32.武力紛争時における環境の保護に関する1992年11月25日の総会決議47/37もまたこの文脈において興味深い。これは、武力紛争時に適用される法原則の実施において、環境も考慮されるべき要素のひとつであるという一般的見解を確認するものである。これによると、「軍事的必要性によっては正当化できない環境の破壊が故意に実行された場合、これは明らかにすでに存在する国際法に反する」。一部の国際文書がまだすべての国について拘束力をもっていないという現実に対し、総会はこの決議において「まだ未加盟のすべての国に対し、関連する国際条約への加盟を検討するよう訴え」ている。
 核実験(ニュージーランド対フランス)事件において「1974年12月20日の裁判所判決第63段に従い状況の調査を求める要請」における最近の決定において、本裁判所は、その結論は「自然環境を尊重し保護するべき国家の義務を妨げるものではない」と述べた(1995年9月22日の命令。Order of 22 September 1995,I.C.J. Reports 1995,p.306,para.64)。これは核実験の文脈においてなされたものであるが、武力紛争において核兵器を現実に使用する場合にも当然適用される。

 33.本裁判所は、したがって、環境の保護および保全に関するすでに存在する国際法が核兵器の使用を特定して禁止していないが、武力紛争において適用される法原則および規則の実施の文脈において、適切に考慮されるべき重要な環境上の要素を指し示している。

 34.以上に鑑み、本裁判所は、受理した問題を律する最も直接的に関係する適用法は、国連憲章に定める武力の行使に関するもの、および戦闘行為を規制する武力紛争に適用される法であって、本裁判所が関係があると判断する核兵器に関する特定の条約であるという結論に至った。

      * *

 35.しかしながら、この法を本件に適用するにあたって、本裁判所は、核兵器のもついくらか独自な特性を考慮しないわけにはいかない。

 本裁判所は、さまざまな条約や協定に含まれる核兵器の定義に留意した。本裁判所はまた、核兵器が、原子の融合または分裂からエネルギーを得る爆発装置であることに留意する。まさにその性質により、この過程は、現在ある核兵器の場合、膨大な熱とエネルギーを放出するばかりか、強力で長期にわたる放射線をも放出する。本裁判所の手元にある資料によれば、損害の最初の2つの原因は、他の兵器による損害よりはるかに強力である一方、放射線の現象は、核兵器に特有ものといわれている。これらの特徴のゆえに、核兵器は潜在的に破滅的なものである。核兵器の破壊力は、空間にも時間にも閉じこめておくことができない。核兵器は、あらゆる文明と地球上の生態系の全体を破壊する潜在力をもっている。

 核爆発によって放出された放射線は、きわめて広い地域において、健康、農業、天然資源および人口動態に影響を及ぼすことになる。さらに、核兵器の使用は、将来の世代に対する重大な危険となる。イオン化を引き起こす放射線は、将来の環境、食糧および海洋生態系に損害を与え、ならびに将来の世代の遺伝的欠陥や疾患を引き起こす潜在力をもっている。

 36.したがって、武力の行使に関する憲章上の法および武力紛争に適用される法とりわけ人道的とを本件に正しく適用するため、本裁判所は、核兵器の独自の特性、とりわけその破壊力、筆舌に尽しがたい人間の苦しみを引き起こす能力、そして将来の世代にまで被害を及ぼす力を考慮に入れなくてはならない。

     *
   *   *

 37.本裁判所はここで、武力による威嚇または武力の行使に関する憲章の規定に照して、核兵器の使用の合法性または違法性の問題を考えることにする。

 38.憲章には、武力による威嚇および武力の行使に関していくつかの規定がある。第2条第4項において、他国の領土の保全または政治的独立に対するも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるも、武力による威嚇または武力の行使は、禁止されている。この項は次のように定める。

 「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」

この武力行使の禁止は、憲章の他の関連規定に照して、考察されなければならない。第51条において、憲章は、武力攻撃が発生した場合における個別的または集団的自衛の固有の権利を認めている。さらに合法的な武力の行使は、第42条に定めてあり、ここでは、安全保障理事会が憲章第7章に従い軍事的強制措置をとることができるとする。

 39.これらの規定は、特定の武器に言及するものではない。これらは、用いられた武器のいかんにかかわらず、あわゆる武力の行使に適用される。憲章は、核兵器も含めて、いかなる特定の武器の使用も、明確に禁止してはおらず、明確に容認してもいない。条約によるのであれ慣習によるのであれ、すでにそれ自体違法である武器は、憲章のもとで、正当な目的のために使われたからといって、合法になるわけではない。

 40.第51条のもとで認められた自衛は、一定の制約に服する。そのような制約の一部は、自衛の概念そのものに内在するものである。その他の要件は、第51条に規定してある。

 41.自衛権の行使を必要性と比例性の要件に従わせることは、国際慣習法上の規制である。本裁判所が「ニカラグア内およびニカラグアに対する軍事行動および準軍事行動」(ニカラグア対アメリカ)(I.C.J. Reports 1986,p.94,para.176.)で述べたように「自衛は、武力攻撃に比例し、かつ、反撃のために必要な措置しかとってはならないとする具体的な規則があり、これは国際慣習法で十分確立された規則である」。この二重の要件は同様に、使用された武力の手段がいかなるものであれ、憲章第51条に適用される。

 42.比例性の原則はしたがって、それ自体としては、あらゆる状況における自衛において核兵器を使用することを排除してはいない。しかし同時に、自衛の法のもとにおいて比例性のある武力の行使が合法であるためには、武力紛争に適用される法、とりわけ人道法の原則と規則の要件に合致しなければならない。

 43.一部の国は、その訴答書面と口頭陳述の中において、核兵器の場合、比例性の要件は、さらに他の要素に照して評価されなくてはならないという考えを述べた。その主張によると、まさに核兵器の性質そのもののゆえに、そして核攻撃の応酬が拡大する高度の可能性のゆえに、破壊的状況が起こる危険性はきわめて大きい。この危険性の要素のゆえに、比例性の要件が遵守される可能性が否定されると言う。本裁判所は、かかる危険性を数値で見積もる必要はないと考える。また、これらの危険性を抑えるに足りるほどに正確な戦術核が存在するか否かという問題を検討する必要もない。本裁判所にとって、あらゆる核兵器の性質そのもの、そしてそれも伴う深刻な危険性は、比例性の要件に従って核兵器による反撃を自衛の場合にできると信じる国によって呼び起こされることになる考慮事項にあたることに留意すれば足りる。

 44.必要性と比例性の要件のほかに、第51条は、国が自衛の権利を行使するにあたってとった措置が、安全保障理事会に直ちに報告されなければならない、と具体的に要求している。本条はさらに、安全保障理事会が、憲章のもとで、国際の平和と安全を維持しまたは回復するために必要と考える行動をいつでもとるべき権限と責任に、これらの措置はいかなる影響も与えないと定めている。第51条のこれらの要件は、自衛にあたって行使された武力のいかんを問わず、適用される。

 45.裁判所は、安全保障理事会が、核拡散防止条約延長の文脈において、1995年4月11日に決議984(1995年)を採択したことに留意する。これによると、安全保障理事会は、一方で、

 「核兵器保有国が、核兵器の不拡散に関する条約の加盟国である非核兵器保有国に対して核兵器を使用しないとの安全保障上の保証を与えた、各核保有国の陳述(S/1995/261,S/1995/262,S/1995/263,S/1995/264,S/1995/265)を謝意をもって留意」し、

また一方で、

 「核兵器が使用された侵略行為の犠牲またはその威嚇の対象となる核兵器の不拡散に関する条約の加盟国であるいかなる非核保有国に対しても、一部の国が、憲章に従って、迅速な援助を提供または支援する意思があると表明したことを歓迎」している。

 46.一部の国は、報復行為における核兵器の使用が合法であると主張した。この文脈において、平和時における武力による報復は違法であって、本裁判所はこの問題を検討する必要がない。交戦中の報復の問題に関しても、本裁判所は言明する必要はないが、ただし、いかなる場合であっても、かかる報復を行う権利は、自衛の場合と同じように、なかんずく比例性の原則によって律されればならないと述べておく。

 47.違法な攻撃の危険性を軽減ないし排除するために、国家は、その領土保全または政治的独立を侵害するいかなる国に対しても、自衛として使用する一定の武器を保有することを伝えることがある。一定の事件が起きたら武力を行使するという意見を伝えることが、憲章第2条第4項にいう「威嚇」にあたるか否かは、さまざまな要素にかかわる。もし、想定された武力の行使そのものが違法であれば、それを使用する用意があると表明することは、第2条第4項に禁止する威嚇となろう。したがって、ある国が他国から領土を保全するために、またはその国に一定の政治的または経済的進路をとらせるため、またはとらせないために、武力の威嚇を行うことは、違法となるであろう。憲章第2条第4項における「威嚇」および「使用」の概念は、対概念であって、理由は何であれ、武力の行使そのものが違法の場合には、かかる武力を行使するという威嚇も違法になるということを意味する。要するに、ある国家が武力行使の用意があると表明することが、合法であるためには、それが憲章に合致するものでなければならない。それ以外の場合に、予定している武力の行使が違法でも、武力行使の威嚇は合法であることを本裁判所に述べた国は、抑止政策の支持・不支持を問わず、皆無であった。

 48.一部の国は、核兵器を保有することそのものが、武力行使の違法な威嚇であると述べた。核兵器を保有していることは、なるほど、それを使用する用意があるという推測を裏付けることもあろう。核兵器の保有国またはその傘の下にいる国は、抑止政策によって、相手が侵略しても何のためにもならないと思わせることで軍事的侵略を思い止まらせようとするが、その政策が効果的であるためには、核兵器を使用する意図が本物と思われなくてはならない。これが第2条第4項に反する「威嚇」であるかどうかは、想定されている武力の使用が、ある国の領土保全または政治的独立性に反するものに対して行われるのか、それとも国連の目的に反するものなのか、または、自衛の手段として意図されている場合において、必要性と比例性の原則に必然的に違反するかどうか、にかかっている。これらの状況のいずれにおいても、武力の行使および武力による威嚇は、憲章の法のもとで違法である。

 49.さらに、安全保障理事会は、憲章第7章のもとにおいて強制措置をとることができる。提出された陳述から考えて、裁判所は、憲章第7章の適用から特定の事例において生じるかもしれない問題に答える必要はないと考える。

 50.総会が決議49/75Kで本裁判所に提起した問題は、原則として、自国領土内における核兵器の威嚇または使用にも関わる。しかしながら、本手続きでは、口頭でも書面によっても、この側面を扱った国はなかった。本裁判所は、核兵器の国内使用の問題に立ち入る要請は受けていないものと考える。

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 51.これまで、武力による威嚇または武力の行使に関する憲章の規定を扱ってきたが、本裁判所はここで、武力紛争の状況で適用される法律に移る。まず、国際法には核兵器そのものの使用の合法性または違法性を規定している特定の規則があるかどうかの問題を検討する。次に、本裁判所は、提起された問題を、武力紛争そのものに適用される法律に照して検討する。すなわち、武力紛争で適用される人道法の原則と規則、および中立の法である。

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 52.裁判所はまず、国際慣習法および条約法が、一般的にまたは一定の状況下において、とりわけ正当な自衛の状況において、核兵器またはその他のいかなる武器の威嚇または使用を容認する特定の規定を含まないことに留意する。しかしながら、国際法の原則または規則で、核兵器またはその他のいかなる武器の威嚇または使用を個別の許可にかかわらしめて合法とするものもない。国家の慣行によると、一定の武器の使用の違法性は、許可の不存在に由来するのではなくて、禁止の形式によって表現されている。

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 53.そこで本裁判所は、核兵器の使用の禁止そのものがあるかどうかを検討しなくてはならない。まずは、この点について条約による禁止があるかどうかを確認する。

 54.これに関して、核兵器は毒素兵器と同様な扱いをすべきであるとの議論が提出されている。

(a)「窒息性または有害性のガスを撤布する投射物の使用」を禁止した1899年7月29日の第2ハーグ宣言、

(b)「毒または毒を施した兵器を使用することは……特にこれを禁止する」とする1907年10月18日の第4ハーグ条約に附属する陸戦法規慣例に関する規則第23条(a)項、および

(c)「窒息性ガス、毒性ガスまたはこれらと類似の液体、物質もしくは装置の戦争における使用」を禁止する1925年6月17日のジュネーブ議定書。

 55.裁判所は、第4ハーグ条約に附属する規則は「毒または毒を施した兵器」の意味を定義しておらず、この問題に関しては異なる解釈が存在することを認める。1925年の議定書にしても、「これらと類似の物質または装置」という文言に与えられるべき意味を特定していない。これらの文言は、国家の慣行においては、毒殺または窒息を主たる目的または唯一の目的とする武器にあたるという、通常の意味において理解されている。この慣行は明白であり、これらの国際文書の加盟国は、これが核兵器への言及を含むものとは扱っていない。

 56.このことに鑑み、本裁判所には、核兵器の使用が、上に述べた1899年の第2ハーグ宣言、1907年の第4ハーグ条約に附属する規則または1925年の議定書に基づいて、個別的に禁止されているとみなすことができるとは思えない(上記54参照)。
 57.これまでの例では、大量破壊兵器は個別的な取り決めによって違法と宣言されてきた。かかる取り決めのうち最も最近に属するものは、細菌兵器および毒素物質の保有を禁止し、その使用の禁止を補強する1972年4月10日の「細菌兵器(生物兵器)および毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止ならびに廃棄に関する条約」および、化学兵器のあらゆる使用を禁止しすでに存在する貯蔵の廃棄を求める1993年1月13日の「化学兵器の開発、生産、貯蔵および使用の禁止ならびに廃棄に関する条約」である。これらの取り決めはそれぞれ、固有の文脈において、かつ、固有の理由のために、交渉され採択されたものである。本裁判所は、一部の大量破壊兵器の使用を明文で禁止する諸条約の中に、核兵器の使用の個別的な禁止を見出していない。

 58.これまでの20年間において、核兵器に関しておびただしい数の交渉が行われてきた。この交渉の結果は、細菌兵器および化学兵器に対すると同じような種類の、全面的な禁止条約に結実してはいない。しかしながら、次のような事項を制限するために、多くの個別的な条約が締結された。

(a)核兵器の取得、製造、保有(1947年2月10日の講和諸条約、1955年5月15日の独立かつ民主的なオーストリアの再建に関する国家条約、1967年2月14日のラテン・アメリカにおける核兵器の禁止に関する1967年2月14日のトラテロルコ条約およびその附属議定書、1968年7月1日の核兵器の不拡散に関する条約、1985年8月6日の南太平洋非核地帯に関するラロトンガ条約およびその議定書、1990年9月12日のドイツに対する最終解決に関する条約)

(b)核兵器の配備(1959年12月1日の南極条約、1967年1月27日の月その他の天体を含む宇宙空間の探査および利用における国家活動を律する原則に関する条約、1967年2月14日のラテン・アメリカにおける核兵器の禁止に関するトラテロルコ条約およびその附属議定書、1971年2月11日の核兵器および他の大量破壊兵器の海底における設置の禁止に関する条約、1985年8月6日の南太平洋非核地帯に関するラロトンガ条約およびその議定書)および

(c)核実験(1959年12月1日の南極条約、1963年8月5日の大気圏内、宇宙空間および水中における核兵器実験を禁止する条約、1967年1月27日の月その他の天体を含む宇宙空間の探査および利用における国家活動を律する原則に関する条約、1967年2月14日のラテン・アメリカにおける核兵器の禁止に関するトラテロルコ条約およびその附属議定書、1985年8月6日の南太平洋非核地帯に関するラロトンガ条約およびその議定書)。

 59.核兵器の使用は、これらの条約のうちの2つの条約において、また、1968年の核兵器の不拡散に関する条約の無期限延長に関連して、直接言及されている。

(a)1967年2月14日のラテン・アメリカにおける核兵器の禁止に関するトラテロルコ条約は、第1条で、締結国による核兵器の使用を禁止している。この条約はさらに、地域外の核保有国に開かれた附属議定書IIを含み、その第3条で以下を規定する。

 「下名の全権委員によって代表される政府は、また、ラテン・アメリカにおける核兵器の禁止に関する条約の締約国に対し、核兵器を使用しないことまたは使用するとの威嚇を行わないことを約束する。」

議定書は、核保有国5ヵ国によって署名され、批准された。その批准に伴ってさまざまな宣言がなされた。たとえば連合王国政府[イギリス]は、「本条約の締約国が、核保有国によって支援されて、いかなる侵略行為をも行う場合」、連合王国政府は「附属議定書IIの規定によって約束したとみなされうるのがどの程度までであるのかを再検討する自由を有する」と述べた。合衆国も同様の声明をした。フランス政府は、「本議定書第3条においてなされた約束が、憲章第51条によって確認された自衛権の全面的な行使を妨げるものではないと解釈する」と述べた。中国は、核兵器を最初には使わないとの約束を再確認した。ソビエト連邦は、特にある国が「核保有国の支援において、またはその国と共同して」攻撃を行った場合には、附属議定書IIによって課せられる義務を「見直す権利」を留保した。これらの声明のいずれについても、トラテロルコ条約の締約国から論評または異議はなかった。

(b)1985年8月6日のラロトンガ条約は、加盟国がいかなる核爆発装置の製造、取得または保有をしないと約束する「南平太洋非核地帯」を設置する(第3条)。トラテロルコ条約と違い、ラロトンガ条約は、かかる兵器の使用を明文では禁止してはいない。しかし、そのような禁止は、締約国にとって、条約が規定するもろもろの禁止条項の必然的帰結である。この条約には、いくつかの議定書がある。議定書2は、核保有国5ヵ国に開かれており、第1条に次の通り規定する。

 「各締約国は、以下に対して、いかなる核爆発装置をも使用しないことまたは使用するとの威嚇を行わないことを約束する。
(a)条約締約国に対して、または
(b)議定書1の締約国になった国が国際的に責任をもっている南太平洋非核地帯内の領域に対して」。

 中国およびロシアは、この議定書の締約国である。署名するにあたって中国とソ連は、この議定書による義務を「再検討する権利」を留保する宣言をそれぞれ行った。ソビエト連邦はまた、これらの義務から解放されると考える一定の状況に言及した。フランス、連合王国および合衆国は、1996年3月25日に議定書2に署名したが、まだ批准していない。署名に際してフランスは、一方で、この議定書には「憲章第51条に定める固有の自衛権の全面的行使を妨げる」規定は一切ないこと、他方で、「この議定書第1条に定める約束は、フランスが核兵器の不拡散に関する条約の締約国である非核保有国に与えた消極的保証に等しく」、「これらの保証は」条約の「締約国ではない国には適用されない」と宣言した。連合王国は、本議定書「第1条の約束に拘束されない」具体的な状況を詳述する宣言を行った。

(c)核兵器の不拡散に関する条約に関して、1968年に署名された当時において、合衆国、連合王国、ソ連は、条約の締約国である非核保有国に対して、さまざまな安全保障上の保証を与えた。安全保障理事会は、決議255(1968年)において、これら3ヵ国が次のような意思を表明したことに満足をもって留意した。

 「核兵器の使用による侵略行為の犠牲またはその威嚇の対象となる核兵器の不拡散に関する条約の締約国である非核保有国に対し、憲章に従って迅速な援助を提供または支援する」こと。

 1995年の核兵器の不拡散に関する条約の延長に際して、核保有国5ヵ国は、1995年4月5日および6日の個別の一方的声明によって、同条約の締約国である非核保有国に対して、かかる兵器の使用についての積極的および消極的保証を与えた。核保有国5ヵ国はいずれもまず、核兵器の不拡散に関する条約の締約国である非核保有国に対して、核兵器を使用しないとの保証を与えた。しかし、これらの核保有国は、中国を除き、自国、自国の領域、軍隊または同盟国もしくは安全保障上の特別の義務を負う国に対し、侵略その他のいかなる攻撃をも、核兵器の不拡散に関する条約の締約国である非核保有国により、核保有国との共同または同盟して実行されまたは継続された場合は例外であるとした。さらに、これらの核保有国はそれぞれ、安全保障理事会常任理事国として、非核保有国に対し核兵器による攻撃またはこのような攻撃の威嚇があった場合、直ちに安全保障理事会にそれを諮り、被害国に必要な支援を憲章に従って提供するため迅速な措置をとれるよう、安全保障理事会において行動することを約束した(なされたそれぞれの約束は、文言に多少の違いがある)。安全保障理事会は、1995年4月11日に上記引用の決議984(1995年)を全会一致で採択するにあたり、これらの声明に謝意をもって留意した。安全保障理事会は、さらに

 「安全保障理事会常任理事国である核保有国は、直ちにその事項に対する安全保障理事会の注意を喚起し、被害国に対する必要な支援を憲章に従って提供するため、安全保障理事会の行動を求める」

ことを認識し、また

 「一部の国が、核兵器を使用する侵略行為の被害にあいまたはその威嚇の対象となった核兵器の不拡散に関する条約の締約国である非核保有国に対し、迅速な援助を、憲章に従って、提供ないし支援するとの意志を表明した」

ことを歓迎した。

 60.核兵器の使用を違法と考える国が強調するのは、一定の地域における核兵器の制限または廃棄を定めるさまざまな規則を含む諸条約(南極における核兵器の配備を禁止する1959年の南極条約、ラテン・アメリカにおいて非核地帯を設ける1967年のトラテロルコ条約)、または核兵器の存在に一定の管理および制限の諸措置を適用する条約(1963年の部分的核実験禁止条約または核兵器の不拡散に関する条約)が、いずれも核兵器の使用を制限する、ということである。この見解によれば、これらの条約は、それぞれの仕方で、核兵器のあらゆる使用についての完全な法的禁止規則の出現を証明するものである。

 61.核兵器の使用が一定の状況では合法であるとの立場を擁護する国は、このような結論付けに論理的矛盾を見る。それによれば、核兵器の不拡散に関する条約などの条約も、ならびに、核保有国が非核保有国に対する核攻撃に関して非核保有国に与えた安全保障上の保証に留意する安全保障理事会決議255(1968年)および984((1995年)も、核兵器の使用を禁止していると理解することはできず、そのような主張は、これらの文書の文言そのものに反する。一定の状況における核兵器の使用の合法性を支持する見解にとって、かかる武器の使用に対する絶対的な禁止は存在しない。核兵器の不拡散に関する条約の論理と構成そのものが、これを確認している、と主張する。この見解によると、この条約では、核保有国5ヵ国による核兵器の保有は承認されており、これらの国による使用を禁止する条約と見ることはできないこと、また、これらの国が核兵器を保有している事実を承認することは、かかる兵器が一定の状況において使われることがあることを認めるに等しいこと。さらにこの見解によれば、核保有国が1968年に、また最近では1995年の核兵器の不拡散に関する条約の見直しおよび延長に関する会議に関連して、与えた保証は、核兵器が合法的に使用しうる状況があると想定することなしに、考えられなかった。一定の状況における核兵器の使用が合法であると主張する見解にとって、さまざまな非核保有国がこれらの文書を承認したこと自体が、これらの文書の基盤となる明白な論理を確認し強化するものである。

 62.本裁判所は、核兵器の取得、製造、保有、配備および実験のみを専門に扱う諸条約は、核兵器の威嚇または使用に関して特定して扱っていなくとも、これらの兵器に関する国際社会の関心の高まりを、確かに物語っていると考える。本裁判所は、このことから導びかれる結論として、これらの諸条約はかかる兵器の将来における一般的禁止を予告するものと見ることができようが、それ自体でそのような禁止を形成しているとは考えない。トラテロルコ条約およびラロトンガ条約ならびにその議定書、ならびに核兵器の不拡散に関する条約の無期限延長に関して行われた宣言について言えば、これらの文書から明らかになるのは、以下のことである。

(a)多くの国が、特定の地域で(ラテン・アメリカ、南太平洋)または一定の国に対して(核兵器の不拡散に関する条約の締約国である非核保有国)、核兵器を使用しないことを約束した。

(b)しかしながら、この枠組みの中でも、核保有国は、一定の状況において核兵器を使用する権利を留保した。

(c)これらの権利留保には、トラテロルコ条約またはラロトンガ条約の締約国からも、安全保障理事会からも、異議は表明されなかった。

 63.これらの2つの条約、1995年に核保有国が与えた安全保障上の保証および安全保障理事会がそれらに満足をもって留意した事実は、核兵器の存在に由来する危険から、諸国家による国際社会および国際公民を解放する必要があるとの認識が高まっていることを物語っている。本裁判所はまた、さらに最近において、1995年12月15日にバンコクで東南アジア非核地帯条約が調印されたこと、また1996年4月11日にカイロでアフリカにおける非核地帯の設置に関する条約が調印されたことに、留意する。しかしながら、これらの要素が、これらの兵器そのものの使用または使用の威嚇について、包括的かつ普遍的な条約上の禁止に等しいとは考えない。

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 本裁判所はここで、国際慣習法の検討に移り、核兵器の威嚇または使用の禁止がこの法源から導き出されるかどうかを判断する。本裁判所がすでに述べたように、この法の実質は「主に、諸国家の現実における慣行と法的意見(opinio juris)に求め」なければならない(「大陸棚」(リビア対マルタ)判決。Continental Shelf(Libyan Arab Jamahiriya / Malta),Judgment,I.C.J. Reports 1985,p. 29,para.27)。

 65.核兵器の使用は違法であるという見解をもつ国は、この使用を禁止する慣習規則の存在を例証しようとした。彼等は、国家が1945年以来一貫して核兵器不使用の慣行を続けていることに言及し、この慣行の中に、かかる兵器を保有する側の opinio Juris の表明を見るのであった。

 66.他の一部の国は、一定の状況における核兵器の威嚇または使用が合法であると主張し、その議論を支持するために、抑止の理論と慣行を持ち出した。彼等が注意を喚起するのは、自らの死活的な安全保障上の利益を脅かす武力攻撃に対して、自衛権を行使する際に、核兵器を使用する権利を、他の一定の国と協力して、常に留保してきたことである。その考えによれば、核兵器が1945年以来使用されていないのは、すでに存在しあるいは形成中の慣習のゆえではなく、単に、それらの使用を正当化するかもしれぬ状況が、幸いにして、出現しなかったからにすぎない。

 67.本裁判所はここで、「抑止政策」として知られている慣行に関し判断を下すつもりはない。本裁判所は、多くの国が、冷戦時代の大半の時期に、この慣行を支持し、今なお支持している事実があることに留意する。さらに、過去50年にわたる核兵器の不使用が opinio juris の表明にあたるかどうかについて、国際社会の構成員には深刻な見方の対立がある。かかる状況のもとにおいて、本裁判所は、かかる opinio juris の存在を見出すことができるとは考えない。

 68.一部の国によると、1961年11月24日の決議1653をはじめとする、核兵器に関する一連の重要な総会決議が、一貫した規則性をもって核兵器の違法性を確認していることは、これらの兵器の使用を禁じる国際慣習法の規則が存在することを意味する。しかしながら、他の国によると、一連の当該決議は、それだけでは拘束力をもたず、核兵器を禁止する慣習法的規則を宣言するものではない。これらの国の一部はまた、この一連の決議が、すべての核保有国だけでなく、他の国の多くからも、賛同を得られなかったことを指摘した。

 69.核兵器の使用を違法と考える国は、これらの決議は新たな規則を創るものではなく、戦争行為において許容され得る範囲を、その使用によって、超える戦争の手段または方法の禁止に関する慣習法の確認に限られていると指摘した。その考えによると、一連の当該決議は、武力紛争に適用されるすでに存在する国際法の規則を核兵器にあてはめたにすぎず、これらは、国際法のすでに存在している一定の慣習規則を入れた「封筒」または「器」(instrumentum)にすぎない。したがって、これらの国にとって、instrumentum が時には反対票を得たことは、ほとんど重要性をもちえない。このような反対票は、条約法によって確認されてきた慣習的規則を無効にする効果をもちえないからである。

 70.本裁判所は、総会決議が、拘束力はなくとも、時に規範的価値をもつことに留意する。総会決議は、一定の状況において、規則の存在や opinio juris の誕生を立証する重要な証拠を提供することがある。これが特定の総会決議にあてはまるかどうかを確証するには、その内容と採択における事情とを検討する必要がある。また、その規範的性格に関して、 opinio juris が存在するかどうかを検討することも必要である。さらに、新しい規則の確立のために必要とされる opinio juris が徐々に形成されて行く様子を、一連の決議が示すこともあろう。

 71.本裁判所に提示されたこの一連の総会決議は、全体として検討すると、核兵器の使用が「国連憲章の直接の違反」にあたると宣言し、一部には、かかる使用が「禁止されるべきである」という表現をとっている。これらの決議の焦点は、時に、さまざまな関連事項にあてられてきた。しかしながら、本件で検討するこれらの決議のうちのいくつかは、採択の際に、かなりの数の反対と棄権があった。したがって、これらの決議は、核兵器の問題の関して深い関心があることを明確に示してはいるが、かかる兵器の使用に関して opinio juris の存在を確立するまでには至っていない。

 72.本裁判所がさらに留意するのは、核兵器の使用の違法性を明確に宣言した最初の総会決議、すなわち1961年11月24日の決議1653(VVI)(以後の決議でも言及されている)が、1868年のセント・ペテルスブルグ宣言から1925年のジュネーブ議定書に至るまでのいくつかの国際宣言や拘束力を有する合意に言及したあとで、核兵器の法的性格を規定し、その効果を定め、国際慣習法の一般規則を特に核兵器に適用したことである。総会がこのように慣習法の一般規則を核兵器という特定の事例に適用したことは、その見解においても、核兵器の使用を禁止する慣習法の特定の規則がないことを示している。もしそのような規則が存在していれば、総会は単にそれに言及することができ、このような法定性格の規定を行う必要はなかったはずである。

 73.さりながら、本裁判所は、総会が決議1653(VVI)の内容を想起し、あらゆる状況における核兵器の使用を禁止する条約の締結を加盟国に求める決議を、毎年、過半数を大きく超える多数をもって採択していることで、国際社会のきわめて多くの部分が、核兵器の使用の個別的かつ明文の禁止、すなわち、完全核軍縮に至る道における重要な一歩を望んでいることが分ることを指摘しておく。核兵器の使用そのものを個別的に禁止する慣習的規則の lex lata(潜在的法律)としての出現は、生まれつつある opinio juris と抑止の慣行への依然強力な固執との間に続く緊張により、妨げられている。

 * *

 74.核兵器の威嚇または使用そのものを特定して禁止する一般的な適用範囲をもつ条約上の規則も慣習規則も見出さなかったので、本裁判所はここで、武力紛争に適用される国際人道法および中立法の原則と規則に照して、核兵器の使用が違法と判断せざるを得ないかどうかの問題を扱う。

 75.多数の慣習規則が、国家の慣行によって発達し、提起された問題に関連する国際法の不可分の部分となっている。「戦争の法規と慣習」・・と伝統的に呼ばれるが・・はハーグで行われた法典化の努力の対象であり(1899年と1907年の条約を含む)、部分的に、1868年のセント・ペテルスブルグ宣言および1874年のブリュッセル会議の結果に基づくものである。この「ハーグ法規」、すなわち、より具体的には「陸戦の法規慣例に関する規則」が、作戦遂行における交戦国の権利と義務を定め、国際的武力抗争において敵に損傷を与える方法と手段の選択を制限した。これにさらに加えるべきなのが、戦争の犠牲者を保護し、傷病戦闘員および交戦に参加しない者に保護を提供しようとする「ジュネーブ法規」(1864年、1906年、1929年、1949年の諸条約)である。武力紛争に適用されるこれら2つの分野の法規は、相互に緊密に関連するようになり、今日、国際人道法の名で知られる一つの複合的体系を徐々に形成するようになっていったと考えられている。1977年の追加議定書の諸規定は、この法規の一体性と複合性を表現し、これを証明している。

 76.今世紀に入って以来、新しい戦闘手段が出現し・・国際法の永年にわたる原則と規則を問うことなく・・、400グラム未満の爆総性発射体、ダムダム弾、窒息性ガスなど、一定の兵器の使用を特定して禁止する措置を必要とした。化学兵器と細菌兵器は、その後、1925年のジュネーブ議定書によって禁止された。さらに最近では、1980年10月10日の「過度に傷害を与えまたは無差別に効果を及ぼすことがあると認められる通常兵器の禁止または制限に関する条約」によって、「検出不可能な破片」をつくり出す兵器、その他の種類の「地雷、ブービートラップ、他の装置」および「焼夷兵器」の使用が、それぞれ場合によって、禁止または制限された。この条約の「地雷、ブービートラップおよび他の装置」に関する規定は、1996年5月3日に修正されたばかりであり、たとえば、対人地雷の使用をより詳細に規制するようになっている。

 77.このすべてが示しているのは、軍事作戦の行動が一連の法規によって律されているということである。それは、1907年の陸戦の法規慣例に関するハーグ規則第22条が述べているように、「交戦者は、害敵手段の選択に付き、無制限の権利を有するものではない」。セント・ペテルスブルグ宣言は、すでに、「傷病者の苦痛を無益に増大しまたはその死を不可避ならしめる」兵器の使用を非難していた。1907年の第4ハーグ条約に附属する前述の陸戦法規は、「不必要の苦痛を与へるべき兵器、投射物または物質」の使用を禁止している(第23条)。

 78.人道法の枠組みを形作るこれらの文書に含まれる基本原則は、以下のとおりである。その第1は、文民と民生防設の保護を目的とし、戦闘員と非戦闘員の区別を確立している。国家は、文民を決して攻撃対象としてはならず、したがって、民生の標的と軍事標的を区別できない兵器は決して使ってはならない。第2の原則によると、戦闘員に不必要な苦痛を与えてはならない。したがって、そのような害を与えまたは苦痛を不必要に増大させる兵器の使用は禁止される。この第2の原則の適用において、国家は使用する兵器に関し選択の自由を無制限に有するものではない。

 これらの原則に関し、本裁判所は同様に、マルテンス条項に言及するものである。これは最初、1899年の「陸戦の法規慣例に関する第2ハーグ条約」に含まれたもので、軍事技術の急速な発展に対応する効果的な手段となっている。この条項の現代版は1977年の追加議定書I第1条第2項にある。それによると

 「この議定書または他の国際協定に含まれない場合においても、文民および戦闘員は、依然として、確立した慣習、人道の原則および公共良心の命令から生ずる国際法の諸原則の保護および支配の下に置かれる」。

前述する原則に従い、人道法は、戦闘員と文民に対する無差別の効果を理由とし、あるいは戦闘員に与えられる不必要な苦痛、つまり正当な軍事目標に達するために避け得ない以上の害を理由にして、きわめて早い段階で、一定の種類の兵器を禁止していた。もし想定された兵器の使用が人道法の要件を満たさない場合には、かかる兵器を使用するとの威嚇も、この法に反することになる。

 79.おそらく、武力紛争に適用される人道法の多くの規則が、人間の尊重に関しきわめて基本的であって、コルフ海峡の事例に関し1949年4月9日の判決(Corfu Channel,I.C.J. Reports 1949,p.22)で本裁判所が判示したように、「人道の基本的な要件」であるがゆえに、ハーグ条約およびジュネーブ条約は多くの加盟国を得た。さらに、これらの基本的な規則は、これを含む条約の批准の有無にかかわらず、すべての国によって遵守されるべきである。というのは、それらが国際慣習法の侵すことのできない原則を形成するからである。

 80.ニュルンベルク国際軍事裁判所は、すでに1945年に、1907年の第4ハーグ条約に附属する規則に含まれる人道的な規則が「すべての文明国家が承認し、戦争の法規および慣習を宣言するものとみなされていた」と判示した(国際軍事裁判所、主要戦犯の裁判、1945年11月14日−1946年10月1日、ニュルンベルク、1947年、第1巻254頁。International Military Tribunal, Trial of the Major War Criminals, 14 November 1945 - October 1946,Nuremberg, 1947,Vol. 1,p. 254)。

 81.安全保障理事会決議808(1993)第2項に基づく事務総長報告は、それによって事務総長が「1991年以降における旧ユーゴスラビアの領域において国際人道法の重大な侵害について責任を負う者の訴追に関する国際裁判所の規程」を導入し、安全保障理事会が全会一致で承認したものであるが、以下のように述べている。

 「事務総長の考えでは、『法規なければ、犯罪なし』(nullum crimen sine lege)の原則の適用によって、国際法廷は、慣習法の一部であることは疑いをいれない国際人道法の規則を適用しなければならない……。

 「明らかに国際慣習法の一部となった条約上の国際人道法は、次にかかげる条約に体現された武力紛争に適用される法である。すなわち、1949年8月12日の戦争犠牲者の保護に関するジュネーブ諸条約、1907年10月18日の陸戦の法規慣例に関する第4ハーグ条約およびその附属規則、1948年12月9日の集団殺害罪の防止および処罰に関する条約、1945年8月8日の国際軍事裁判所憲章」。

 82.人道法の広範な法典化、およびそうして成立した条約へ広範な加盟、ならびに法典化の文書の中にあった廃棄条項が一度も使われていないという事実のゆえに、国際社会に新たに与えられた条約法規の体系は、その大半がすでに慣習となっており、しかも、最も普遍的に認められる人道の原則を反映したものである。これらの規則は、国家に期待される基準に合致した行動と態度を示すものである。

 83.本手続きにおいて、これらの人道法の原則と規則は、1969年5月23日の条約法に関するウイーン条約第53条に定める「強行規範」(jus cogens)の一部であるとの議論がなされた。ある規範が jus congens の一部かどうかという問題は、その規範の法的性格にかかわる。本裁判所に対する総会の要請は、核兵器の使用の事例に人道法の原則および規則が適用できるか否かという問題を提起している。しかし、核兵器の使用に適用されるであろう人道法がいかなる性格をもつものかという問題は、提起していない。したがって、本裁判所は、この問題に関し判断する必要がない。

 84.本裁判所はまた、1977年の追加議定書Iが核兵器に適用できるか否かの問題について、詳論する必要はない。1974−1977年の外交会議において、核兵器に関して実質的な討議は行われず、この問題に関する特定の解決策は提案されなかったのであり、ここでは、追加議定書Iが、核兵器を含むあらゆる戦闘手段および方法に適用される一般慣習規則に取って代るものではないと述べるだけで十分である。特に、本裁判所は、すべての国が追加議定書Iの規則に拘束されることに注意を喚起する。これらの規則は、採択された時において、議定書I第1条において再確認されたマルテンス条項のような、すでに存在する慣習法を表現したものにすぎなかった。一定の種類の兵器が、1974−77年の会議において個別的には扱われなかった事実があるゆえに、そのような兵器から生ずるであろう実質的な争点に関して、いかなる法的結論を引き出すことも許されない。

 85.ここで、人道法の原則および規則が核兵器の威嚇または使用に適用されるかどうかの問題に移る。この点に関して、これらの原則と規則が核兵器が発明される前に発達したものであるとの理由により、また、1949年の4つのジュネーブ条約とその2つの追加議定書をそれぞれ採択した1949年と1974−77年のジュネーブ会議が、核兵器を特定して扱っていないとの理由により、疑問が時々表明されたことに、本裁判所は留意する。しかしながら、このような見解をとるのは、ごく一部の国でしかない。大多数の国家および学者の見解によれば、人道法を核兵器に適用できることは、疑いをいれない。

 86.本裁判所もこの見解をとる。確かに、核兵器が発明されたのは、武力紛争に適用される人道法の原則と規則の大半がすでに出現したあとであった。1949年および1974−77年の会議は、これらの兵器を脇に置き、しかも、核兵器とあらゆる通常兵器との間には質的にも量的にも違いがある。しかしながら、このことから、武力紛争に適用される確立した人道法の原則および規則が、核兵器には適用されないと結論づけることはできない。このような結論は、ここで問題とされている法原則の本質的に人道的な性格と両立しえないものであって、この法原則は、武力紛争に関する法規全体に浸透し、過去、現在および未来のあらゆる形態の戦争、あらゆる種類の兵器に適用されるものである。この点において、人道法の規則は、新しい兵器には、その新しさゆえに、適用されないという主張が、本手続きにおいてなされなかったことは、意義深いものがあるように思われる。むしろ核兵器の新しさは、国際人道法の適用に反対する議論として、明確に排除されてきた。

 「一般的に、国際人道法は、他の兵器の威嚇や使用についてと同様に、核兵器の威嚇または使用にも関係してくる。
 「国際人道法は、現代の状況に対応するように、変遷をとげてきたものであり、その適用は、前の時代の兵器のみに限られるものではない。この法規の基本原則は永続的である。すなわち、人道的理由により戦争の残虐さを軽減し制限することである」(ニュージーランド陳述書。New Zealand, Written Statement,p. 15,paras. 63-64)

本裁判所に対する陳述の中で、人道的制約を無視して、自由に核兵器を使用できるとの説を唱えるものはなかった。むしろまったく逆であって、次のように明言するものもあった。

 「戦争の手段と方法に関し武力紛争に適用される規則が定めた制約は、明確に、核兵器にも適用されるものである」(ロシア連邦。Russian Federation,CR 95/29,p. 52)

 「戦争慣習法に関する限り、連合王国は以前より、核兵器の使用は jus in bello[ユス・イン・ベロ「戦争を構成する具体的行為に関する正義」の意味で、人道法を含む。]の一般原則の適用を受けるとの考えを認めてきた」(連合王国。United Kingdom,CR 95/34,p. 45)

 「合衆国は、武力紛争の法規が、通常兵器の使用を律するのと同様に、核兵器の使用をも律するとの考えに、以前からくみするものである」(アメリカ合衆国。United States of America,CR 95/34,p.85)

 87.最後に、本裁判所は、今なお存在し適用され得ることは疑いを入れないマルテンス条項が、人道法の原則と規則が核兵器に適用されることを確認するものであることを指摘するものである。

 88.本裁判所はここで、いくつかの国が提起した、中立の原則の問題に移る。武力紛争における国家による核兵器の使用の合法性についての世界保健機構(WHO)が裁判所に求めた勧告的手続きの文脈において、ある国は以下の立場を表明した。

 「中立の原則が、その古典的な意味において、目的とするのは、交戦国軍隊が中立国の領域に侵入し、または中立国の人もしくは艦船を攻撃することを防ぐことであった。したがって“中立国の領土は不可侵”(1907年10月18日に締結された「陸戦の場合における中立国および中立人の権利義務に関するハーグ条約V」第1条)であり、“交戦者は、中立国の主権を尊重する義務があり……”(1907年10月18日に締結された「海戦の場合における中立国および中立人の権利義務に関するハーグ条約VIII」第1条)、“中立国は、自らの権利を交戦者に尊重させる同等の利害をもつ……”(1928年2月20日に締結された「海洋の中立に関する条約」の前文)。しかしながら、中立の原則が、軍隊の越境侵入にも、また、交戦国内での兵器の使用により中立国に生じた越境被害にも、同等の効力をもって適用されるのは明白である」。(『武力紛争における国家による核兵器の使用の合法性』、ナウル陳述書。Legality of the Use by a State of Nuclear Weapons in Armed Conflict,Nauru,written Statement(I),p.35,IV E)

 このように限定された原則が、国際慣習法の確立した部分として提示された。

 89.本裁判所は、武力紛争に適用される人道法の原則の場合と同じく、中立の原則が、その内容がどのようであれ、人道的な原則および規則に類似の基本的性格をもち、使用される兵器の種類にかかわらず、国際的な武力紛争に(国連憲章の該当規定に従って)適用されるという点に関し、国際法は疑いの余地を残していないと考える。

 *

 90.人道法の原則および規則ならびに中立の原則が核兵器に適用されることはほとんど議論の余地がないけれども、この適用可能性ということから導かれるべき結論に関して、議論の余地がある。

 91.ひとつの見方によれば、核兵器の使用が武力紛争の法に服し、それによって規制されるという事実は、必ずしもこのような使用そのものが禁止されることを意味しない。ある国は本裁判所に対し次のように述べた。

 「ある国家による核兵器の使用が自衛の要件を満たすと仮定すれば、次に、それが戦争行為を規制する、武力紛争の法規の基本的な原則に合致するかどうかを検討しなくてはならない」(連合王国陳述書。United Kingdam,Written statement,p.40,para.3.44)。

 「したがって、核兵器の使用の合法性は、他の戦争の方法および手段の場合と同様、武力の行使および戦争行為に関する適用可能な国際法の諸原則に照して評価しなくてはならない」(連合王国陳述書。United Kingdom,written Statement p.75,para.4.2(3))。
さらに

「現実には……、核兵器が、予想される文民の死傷者に関してきわめて異なる結果を伴う多様な状況において、使用されるかもしれない。ある場合には、公海における軍艦に対しまたは人口過疎地帯における部隊に対し、低威力の核兵器の使用など、文民の死傷者が比較的少ない核攻撃を想定することができる。軍事目標に対する核兵器の使用はいずれも、必ず、きわめて多くの文民の死傷者が付随的に生じるわけでは決してない」(連合王国陳述書。また、アメリカ合衆国の口頭陳述参照。United Kingdom,Written Statement,p.53,para.3.70; See also United States of America, Oral statement,CR 95/34,pp.89-90)。

 92.もうひとつの見方によれば、核兵器の使用は、人道法の原則および規則と両立しうることは決してなく、したがって、禁止されている。使用されれば、核兵器はいかなる状況においても、文民と戦闘員との区別、または民生施設と軍事目標との区別はいささかもできず、その効果は、多くは抑制のきかぬものであって、時間的にも空間的にも、合法的な軍事目標に限定することができないであろう。かかる兵器は、核爆発によって引き起こされる爆風、熱線および放射能ならびにそれから生じる効果のゆえに、必ず無差別に、殺害と破壊をもたらす。そして、発生する死傷者の数は、膨大なものとなろう。したがって、核兵器の使用は、条約による明文による禁止はないにしても、いかなる状況においても禁止される。まさにこの考え方に基づいて、一部の国は、核兵器は、その性質のゆえに、人道の基本原則により、国際慣習法の下において違法であると本裁判所において主張した。

 93.同様の考えが、中立の原則の効果に関しても表明された。したがって、人道法の原則および規則と同様、中立の原則も、その影響を交戦国の領域内に留めることのできない兵器の使用を禁止している、と一部の国は考えた。

 94.本裁判所は、より小さい、低威力の、戦術核兵器のいわゆる「汚染のない」使用も含めて、一定の状況において核兵器の使用が合法であると主張する国の中で、かかる限定的使用が実行可能と仮定したうえで、かかる使用を正当化せしめる正確な状況は何かということを、また、かかる限定的使用が、高威力の核兵器の全面的使用に禁大しがちではないか否かということを示す国がなかったことを認めるものである。したがって、本裁判所は、この見解の妥当性を判断するに足る十分な根拠があるとは考えない。

 95.本裁判所はまた、核兵器の使用が武力紛争に適用される法規と本来的にまったく両立しえないものであるがゆえに、いかなる状況においても違法であるという見解の妥当性についても、判断することはできない。確かに、本裁判所がすでに示したとおり、武力紛争に適用される法の原則および規則・・その核心にあるのは、人道の優先的な配慮である・・により、武力による敵対行為は、数個の厳格な要件に服するものである。したがって、文民の目標と軍事目標との区別をいっさいを排除し、または不必要な苦痛を戦闘員に与える、戦争の方法および手段は、禁止される。本裁判所が上述した核兵器の独自の特性を考えれば、かかる兵器の使用とかかる要件の充足とは、実際、ほとんど両立できないように思われる。それにかかわらず、本裁判所は、核兵器の使用が、武力紛争に適用される法規の原則および規則に、必ず、いかなる印況においても矛盾することになるという結論に確実に至るには、十分な要素を持ち合せていないと考える。

 96.さらに本裁判所は、それぞれの国家の存立という基本的な権利を度外視することはできないのであって、したがって、国の存亡にかかわる場合、憲章第51条に従って、自衛に訴える権利を度外視することはできない。

 また、国際社会のかなりの部分が、長年にわたって、依拠してきた「抑止政策」といわれる慣行も、無視することはできない。本裁判所はまた、一部の核保有国が、特にトラテロルコ条約およびラロトンガ条約の議定書において、または核兵器の不拡散に関する条約の延長に関連して行った宣言において、かかる兵器を使用しないとの約束に対して、留保条項を付加していることにも留意する。

 97.したがって、本裁判所が以上で検討したように、国際法の現状を全体として見て、かつ、本裁判所のもとにある事実の諸資料を見て、本裁判所は、国の存亡にかかわる、自衛の極限的な状況において、国家が核兵器を使用することの合法性または違法性について、確定的な結論に達することはできないと述べざるを得ない。

 *
* *

 98.武力の行使に関する法規、特に武力紛争に適用される法規を、核兵器に適用するにあたって生じる優れて困難な争点があることから、本裁判所はここで、要請された問題のもうひとつの側面を、より広い文脈において見て、検討する必要があると考える。

 長期的には、核兵器ほどの破壊的な兵器の法的地位に関して意見の対立が続けば、国際法が、そしてそれと共に、それが律するべき国際秩序の安定性が、悪影響を被ることになるのは必至である。したがって、現状に終止符を打つことが重要である。すなわち、以前から約束されている完全な核軍縮は、そういった結果を得る最も適切な手段と思われる。
 99.このような状況の下において、本裁判所は、核兵器の不拡散に関する条約第6条において、核軍縮を誠意をもって交渉する義務を認めていることが完全に重要であると評価する。この規定は次のように表現されている。

 「各締約国は、核軍備競争の早期の停止および核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、ならびに厳重かつ効果的な国債管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠意をもって交渉を行うことを約束する。」

この義務の法的意味は、単なる行動の義務を超える。ここに含まれる義務は、特定の行動の進路、すなわち、この事項について誠意ある交渉を進めることによって、明確な結果・・すべての側面における核軍縮・・を達成することである。

 100.交渉を進め、かつ、これを完結させるという、この二重の義務は、核兵器の不拡散に関する条約の加盟182国に正式に関わり、換言すれば、国際社会の大多数に関わるものである。

 実際にも、核軍縮に関する国連総会決議は全会一致で繰り返し採択され、国際社会のほど全体が関与したかのようである。確かに、全面的かつ完全な軍縮、とりわけ核軍縮について、現実味を帯びた模索となると、すべての国の協力が必要となる。

 101.ロンドンにおける会期で1946年1月24日に全会一致で採択された最初の総会決議でさえ、「原子力兵器およびその他の大量破壊に使うことのできる主要兵器を禁止し、それらの兵器を国家軍備から排譲すること」など、個別的な提案をすることを任務とした委員会を設置した。これに続く数多く決議において、総会は、核軍縮の必要を再確認した。こうして、これも全会一致で採択された1954年11月4日の決議808A(IV)は、つぎのような結論に至った。

 「包括的かつ調整ずみの提案について合意するようさらに努力しなければならずし、それを国際軍縮条約の創案に盛り込み、以下の事項を定めるべきである。……(b)核兵器およびあらゆる種類の大量破壊兵器の使用および製造を完全に禁止すること、および、すでに貯蔵されている核兵器の平和目的に転換すること」。

 同じ確信が、国連の枠組み外においても、さまざまな文書において表明されている。

 102.核兵器の不拡散に関する条約第6条に表現された義務には、誠実の基本原則に従った履行が含まれる。この基本原則は、憲章第2条第2項に定められている。これは、諸国家間の友好関係の宣言(1970年10月24日の決議2625(XXV))および1975年のヘルシンキ会議最終文書に反映されている。また、1969年5月23日の条約法に関するウイーン条約第26条にも含まれており、これによると「効力を有するすべての条約は、当事国を拘束し、当事国は、これらの条約を誠実に履行しなければならない」。

 本裁判所も、次のように、これに対する注意を怠ってきたわけではない。

 「法的義務の源が何であれ、法的義務の成立と履行を律する基本原則の一つは、誠実の原則である。信託と信頼は、国際協力に内在するものであって、とりわけ、この協力が多くの分野においてますます欠かせなくなってきている時代においては特にそうである」(核実験(オーストラリア対フランス)、1974年12月20日の判決。Nuclear Test(Australia v. France),Judgment of 20 December 1974, I.C.J Reports 1974, p. 268,para. 46)。

 103.1995年4月11日の決議984(1995)において、安全保障理事会はわざわざ、「核兵器の不拡散に関する条約のすべての締約国が、そのすべての義務を全面的に履行する必要」を再確認し、次のように呼びかけた。

 「すべての国は、核兵器の不拡散に関する条約第6条に定めるとおり、核軍備の縮小に関する効果的な措置について、また、依然として普遍的な目標である、厳格かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うこと」。

 核兵器の不拡散に関する条約第6条に表現された義務を履行することの重要性は、1995年4月17日から5月12日にかけて行われた核兵器の不拡散に関する条約の締約国の見直しおよび延長に関する会議の最終文書においても、再確認されている。

 本裁判所の考えでは、これが今日も依然として、国際社会全体にとって死活的な重要性をもつ目標であることは疑いをいれない。

 *
* *

 104.この勧告的意見の最後に、本裁判所が強調しておきたいのは、総会によって提起された問題に対する回答は、本裁判所が上に述べた法的根拠(パラグラフ20〜103)全体によるものであり、その各段落は全体に照して読まれなくてはならない、ということである。これらの根拠の一部は、勧告的意見の最終段落における正式な結論を導き出すためのものではない。それでも、本裁判所の見解によれば、それぞれの重要性が失われるわけではないと考える。

 *
* *

 105.これらの理由により、

本裁判所は、

1)13対1の票決によって

 勧告的意見に答えることを決定した。

賛成:長官ベジャウィ、次長シュウエーベル、裁判官ギヨーム、シャハブデェーン、ウィラマントリー、ランジェヴァ、ヘルツェ、シ、フライシュハウアー、コロマ、ヴェレシェチン、フェッラーリ・ブラヴォ、ヒギンス
反対:小田

2)総会によって提起された質問に対して次のように回答する

 A.全員一致

 国際慣習法にも国際条約法にも、核兵器の威嚇または使用を特定して許可したものはない。

 B.11対3

 国際慣習法にも国際条約法にも、核兵器そのものの威嚇または使用についての包括的かつ普遍的な禁止はない。

賛成:長官ベジャウィ、次長シュウエーベル、裁判官小田、ギヨーム、ランジェヴァ、ヘルツェ、シ、フライシュハウアー、ヴェレシェチン、フェッラーリ・ブラヴォ、ヒギンス
反対:裁判官シャハブデェーン、ウィラマントリー、コロマ

 C.全員一致

 国際連合憲章第2条第4項に反し、かつ、第51条のすべての要件を満たさない核兵器を用いての武力による威嚇または武力の行使は、違法である。

 D.全員一致

 核兵器の威嚇または使用はまた、武力紛争に適用される国際法とりわけ国際人道法の原則および規則の要件、ならびに、核兵器について明文で扱っている条約その他の取り決めの下における特定の義務に、両立するものでなければならない。

 E.7対7

 以下に述べた要件から、核兵器の威嚇または使用は、一般的に、武力紛争に適用される国際法、とりわけ人道法の原則および規則に反することになる。
 しかしながら、本裁判所は、国際法の現状および利用しうる事実の証拠に立って考えると、国家の存亡が危険にさらされている自衛の極端な状況において、核兵器の威嚇または使用が合法であるか、違法であるかについて、確定的に結論を下すことができない。

賛成:長官ベジャウィ、裁判官ランジェヴァ、ヘルツェ、シ、フライシュハウアー、ヴェレシェチン、フェッラーリ・ブラヴォ
反対:次長シュウエーベル、裁判官小田、ギヨーム、シャハブデェーン、ウィラマントリー、コロマ、ヒギンス

 F.全員一致

 厳密かつ効果的な国際管理の下における、あらゆる点での核軍縮に導かれる交渉を誠実に遂行し、完結させる義務がある。

(正文の表記は省略。署名は省略)

長官ベジャウィ、裁判官ヘルツェ、シ、ヴェレシェチンおよびフェッラーリ・ブラヴォは、本裁判所の勧告的意見に宣言を付加した。
裁判官ギヨーム、ランジェヴァおよびフライシュハウアーは、本裁判所の勧告的意見に個別意見を付加した。
次長シュウエーベル、裁判官小田、シャハブデェーン、ウィラマントリー、コロマおよびヒギンスは、本裁判所の勧告的意見に反対意見を付加した。

(署名は省略)

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