資料
( 1963.8.5 )

第九回原水爆禁止世界大会での基調報告

(広島原水協理事長・森瀧市郎/一九六三年八月五日)


・分裂大会となった第九回原水爆禁止世界大会で広島県原水協理事長として行った「広島県原水協の提案による基調報告」

 いくたの困難を乗り越えて遂にここ広島の原爆慰霊碑の前に集まり、第九回原水爆禁止世界大会を開き得るに至ったことを、皆さんと共にまことに感無量に存ずるものであります。
 私は皆さんと共に、広島・長崎三十数万人の原爆死没者のみたまに限りない哀悼の心を捧げ、その御冥福を祈り、「過ちは繰り返しません」という人類共通のちかいをここに更めて堅くちかい、原水爆のない世界をめざして、平和のためのたたかいに立ち上がることを決意して、みたまよ安らかに眠って下さいとお祈りする次第であります。
 同時に原爆で生き残られた多くの被爆者の方々が十八年たった今日も尚、或は病苦に、或は孤独苦に苦しみなやんで居られるのに対して、私たちの救援の努力があまりにも不足であったことを深く反省しまことに慙愧にたえぬものであります。
 私たちはこの大会で被爆者の方々の生の声に接して、その切なるねがいと要求とに心より耳を傾け、どうしたならば少しでも被爆者の方々が立ち上がれる為に協力し得るかを誠意を尽くして考え合おうではありませんか。

 第一回世界大会ではじめて被爆者の痛切な叫びが国の内外に聞こえ、きゅうぜんとして起こった世論の高まりの中で原爆医療法が制定され、やっと医療面では一道の光明を見出だすようになりましたけれども、生活困窮の被爆者に特別手当を与えよとの要求も、原爆障害者に障害年金をという叫びも、原爆死没者の遺族に弔慰金をという要求も、何一つ実現されては居りません。こられ凡てのの要求をくみとって、被爆者のために完全な「援護法」を制定せよという被爆者の度重なる懸命な国会請願も未だ何等功を奏して居りません。私たちはこんどの世界大会で、被爆者の完全な援護法をかちとる為の猛運動を国民的連帯と国際的連帯の下に展開し、被爆者の当然の権利と生活を守ろうではありませんか。

 さて十八年前、人類史上最初の核兵器使用で起こった広島・長崎の言語を絶する恐るべき惨禍は、おのづから広島・長崎を絶対に繰り返してはならぬという叫びとなり、やがてそれはノー・モア・ヒロシマという表現となって、またたくまに人類の合言葉となり、いろいろの形の原爆反対の行動となりました。たとえば占領下の広島では、文学者たちが弾圧に屈せず詩や作品で原爆の惨禍を伝えたり、良心的で勇気ある市民が集会して原爆反対の意志をかためたりしていました。
 しかしそれが本当に全国民的全人類的運動として飛躍的にもりあがったのは、言うまでもなくビキニ水爆実験による「死の灰」の恐ろしさからでした。死の灰の恐怖と共に私たちは熱核兵器の恐るべき発達により人類そのものの生存がおびやかされて来るようになったことを、おののくばかりに実感しはじめました。この頃からノー・モア・ヒロシマの叫びは核実験反対の運動と核戦争準備反対の運動として急速に高まってきました。
 くりかえし競って行われる核実験はとめどもない核兵器の発達を痛感させ、あれほどの惨禍をもたらした広島の原爆も「赤ちゃん原爆」と呼ばれるに至る程に超大型の原水爆が製造され実験されるようになりますと、誰しも人類破滅の脅威を感ずるようになりました。人類そのものが生死の運命を共にする一つの運命共同体となってしまうことが実感される時代に突入してしまいました。
 このような危機的状況の中で人々は、特に広島・長崎・ビキニの被爆体験をもつ日本国民は”原爆はもうごめんだ”という怒りと憂いとから、どこの国のどんな核実験にも核武装にも絶対に反対だと叫ばないでは居られなかったのであります。かくして日本のみならず全世界に地下水のようにびまんする原水爆反対の叫びが全国民的・全人類的運動の基盤になって、広く深く原水爆禁止運動がつづけられ、何としても核武装を拒み核戦争を防ごうとする諸行動が展開されて来たのであります。
 同時に私たちは左様な核実験や核武装を押し進める国々のそれぞれの政治的軍事的な背景や目的について冷静で鋭い眼を向け、国民大衆と共に真実を深く究明し、核戦争の危険の根源をみきわめる理性的眼をも開いて行ったのであります。  このように私たちの運動の謂わば感情的要素と理性的要素とは両々相まって進められ、しかもうまず屈せず進められた結果は遂に部分的にとは言え、最近米英ソ三国の核実験停止条約の成立となって現われはじめたのであります。私たちの願いと運動とは決して無駄ではなかったのであります。

 今回の核停条約の成立は少なくとも「死の灰」による大気と地球の汚染を著しく減少詩得るに至ったという点では十分高く評価されなければなりません。しかしこの部分的核停条約によって地下実験を残したままの段階に止まるならば、核兵器の強力化を阻止することは出来ません。
 私たちは、この部分的核停条約を一つの突破口として更に全面的な実験禁止条約を凡ての核保有国の間で締結させるよう一層運動を強めなければなりません。
 私たちの禁止運動の立場から見ればこの度の核停条約は運動の一つの成果として十分に評価すべきだと思います。何となれば世界民衆が手をつなぎ声を合わせて、平和への要求を高くかかげて国際世論をたゆみなく起こして行けば、国際政治をも平和への方向に向け得るものだという貴重な人類的経験をもつことが出来たからです。
 私たちはこの経験によって、私が思想・信条・党派・社会体制の相違を超えて、人類の生命と幸福を守るという崇高なヒューマニズムに立つ、全国民的運動・全人類的運動として、一切の核兵器の製造・貯蔵・実験・使用・拡散を凡て否定する立場をとり、原水爆なき世界をめざして進めて来た原水爆禁止運動が人類の運命に大きな貢献をなし得るものであることを更めて確信し得るに至ったのです。
 私たちはこの確信に立って、今後どのように私たちの運動を展開すべきでありましょうか。
 先にも言った如く部分的にとはいえ核実験停止条約の獲得は運動に一つのエポックを劃するものであります。私たちは運動のこの新段階に立って、部分的核停条約成立を第一歩として、すみやかに全面的な核停条約をかちとり、国際緊張の緩和と平和共存への志向の下に、国際的世論を劃期的に高めて、原水爆やその運搬手段の全面的な禁止を含む全面完全軍縮の達成に向かって、世界民衆の国際的連帯の下に全人類的運動を展開しなければなりません。

 さて米英ソ三国の部分的核停条約が成立って一応は国際緊張もやや緩和し平和への道が開かれたように見えますけれども、私たちは決して油断することは出来ません。少なくとも極東の緊張は却って増大しつつあるといっても過言ではないでありましょう。私たちの足下では原子力潜水艦寄港の問題が起こったり、F105D水爆搭載機の配置が行われたりして、極東最大の核戦争基地である沖縄ばかりでなく、日本の本土そのものが今や核戦争基地化しつつあるという当面緊急の問題が私たちの上にのしかかって来ていあるのがその何よりの証拠であります。アメリカ政府はその多角的核戦略体制とポラリス潜水艦の配置による移動核ミサイル基地を強化する政策を全世界に押し進めていますが、今やわれわれ日本の核武装化がそれの一環として押し進められているのであります。その一つの眼に見える現象が原子力潜水艦の寄港とかF105D水爆搭載機の配置とかいうことに外なりません。しかもまた沖縄の核戦争基地の強化や日本本土の核武装化は中国封じ込め政策の一環であり、アジアの緊張は一層激化の趨勢にあります。
 かつて長崎の原爆乙女が「原爆の被害国から加害国になってはならぬ」と警告しましたが、今やこの警告は原子力潜水艦寄港やF105Dの配置による日本核武装化の現実となって迫って来ているのであります。それ故に私たちは今こそ全力を挙げて原子力潜水艦の寄港とF105Dの配置とに反対し、何としてもこれを阻止する為の大行動を起こさなければなりません。
 今年イギリスではオルダーマストン行進は三日間で一万名から一〇万名に膨れ上がり、ポラリス潜水艦基地ホリーロッホでは一〇万人の民衆の抗議集会が開かれました。デンマークでは著名な物理学者故ニールスポアー博士を委員長とした原子力委員会の反対にしたがって原子力潜水艦の寄港を拒否することが出来ました。あの平穏なギリシャでさえ先程マラトンからアテネに向かって平和行進を起こしました。アメリカの婦人ストライキはその後益々活発に動いております。アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国でも民族独立闘争を軸に各種の平和運動がさかんに興っておりますが、昨年ガーナのアクラで開かれた「原水爆なき世界の為のアクラ会議」の如きはその象徴的な一例であります。私たちが原潜寄港反対やF105D配置反対の為に起こしている諸行動も、これらの世界で起こっている諸運動との国際的連帯によって進められる必要があると思います。

 今全世界の人々が共通に願っていることは核戦争で人類が滅亡してはならない、ということであります。アメリカの著名な心理学者エーリッヒ・フロムは最近「MAY MANPREVAIL?」(人類は生き残れるか)という題目の書物を出していますが、私たちは強い決意と確信をもって「人類は生き残らねばならない」と答えます。これは人類の至上命法であります。この至上命法の下では、全人類が、あらゆる立場の相違を超えて統一し団結して闘うことが出来ます。
 ことに、私たちの原水禁運動は、今ほど統一と団結を必要とするときはありません。日本政府与党、ならびにアメリカ政府は、原潜寄港問題の処理に関して、この大会の成否を見守っています。大会が混乱と分裂を招いたならば誰が喜ぶでありましょうか。
 率直に申して、過去一年間、とりわけこの数ヶ月間、私たちは日本の原水禁運動の統一と団結の上で、幾多の混乱と苦悩とに苦しんで参りました。第九回世界大会の開催さえ危ぶまれる数十日が続きました。しかし、八ヶ年にわたる永い団結の伝統に確信をもって外国の友人たちは、はるばるここ広島に参集されました。日本国内でも、全ての国民が未だかつてない深い関心をこの大会に寄せ、大会が団結と統一とを強化して成功することを願っています。

 私たちは、混迷と苦悩の試練を経て開かれるこの大会が、真に全国民を挙げての一大国民運動として躍進的に発展する契機を十分孕んでおり、それが、今日から三日間にわたる大会の中で必ず実現されることを確信して止まないものであります。
 こんどの大会の眼目のひとつは、統一と団結の恢復であります。統一と団結こそが平和への勝利への唯一の鍵であります。平和が勝利し人類が核戦争の脅威から解放される時、そこにはどんな偉大な人類の未来が開かれることでありましょうか。

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