資料
( 1964.8.5 )

「原水爆禁止・被爆者救援・核武装阻止・軍備全廃を世界に訴える広島・長崎大会」での基調演説

(広島原水協理事長・森瀧市郎/一九六四年八月五日)


(一)

 はるばる海を越えて、この大会にお出でくださった海外代表のみなさん、日本各界の来賓のみなさん、日本各地、各団体代表のみなさん、みなさんが私たち三つの原水爆被災地からの訴えにこたえ、あらゆる困難をのりこえて、原水爆禁止運動の正常化と発展のための決意に燃えて、今日、ここヒロシマに参集されたことに対し、私は心からの敬意と感謝を表明いたします。
 私はまた、三つの被爆地をつなぐ平和行進によって、この大会の基盤をつくってくださった平和行進団のみなさんに、参加者一同とともに、心からの感謝をささげます。ほんとうにご苦労さまでございました。
 さらに私は、四十カ国、十一国際会議、百二名の海外代表と、九十六名の日本代表とで構成された本大会国際会議がみのり豊かな成果をあげたことを、みなさんとともによろこびたいと存じます。
 また、その海外代表のみなさんが、連日の大奮闘でお疲れのなかにもかかわらず、今晩からは私たちの日本代表を主体とする大会に、オブザーバーとして参加され、激励と助言をいただきますことを、私はみなさんとともに心から感謝したいと思います。


(二)基調報告の文書提出と経過報告

 さて本大会の基調報告は、大会準備委員会の手で、かつてない入念な検討をもって作られたもので、すでにみなさんのお手もとに渡っているはずでございますが、私はいまここにその文書を本大会の基調として正式に提出いたします。
 どうかこれにもとづいて、十分のご討議をいただき、日本の、いな世界の原水爆禁止運動の磐石不動の基盤を作っていただくよう、心から期待しております。
 私はこの機会に、代表のみなさんに、私たちがこの大会を提唱するにいたった経緯を簡単に申し上げたいと思います。
 昨年八月、私たちは、ここ広島で第九回原水爆禁止世界大会を開催するため、世界各国の代表、日本各地の代表のみなさんをお迎えいたしました。
 しかしご承知のとおり、あの大会は、結果的には、特定政党支持者の圧倒的に多い一方集会となったため、十年におよぶ日本の原水爆禁止運動の正統的原則も否定され、また広島原水協の責任において、私が原爆慰霊碑の前で行った基調報告も、基本的に重要な点で骨ぬきとなりました。ついにこの大会を契機として、日本の運動には、いっそう深い亀裂が生じました。
 このことは、被爆地にとってはたえがたい苦痛であり、その時いらい、広島県原水協では、第九回大会をめぐる諸問題に、克明な反省と検討を加え、その結果、本年三月一日、いわゆる「三・一広島アピール」を発表し、今後の運動正常化と発展のために、運動の当然の前提である「どこの国のどんな核実験や核武装にも反対する」立場にたち、部分的核停条約を第一歩として、全面核停条約の締結、さらに原水爆の完全禁止を含む軍備全廃・平和共存の達成に努力すること、国民運動としての主体性を確立し、市民的、国民的願望と感情に密着した運動を展開することなどを明らかにしました。
 しかし一方、本年のビキニ被災十周年記念行事の前後に、運動の分裂はさらに深刻なものとなりました。この現状を座視するにしのびず、同じ運命を体験し、同じ使命感にたつ広島・長崎・静岡の被災三県の代表は、三月二十七日、広島にあい会し「三・一広島アピール」の精神を支持し、これを運動展開の基調として確認し、それに立脚しながら、あいたずさえて日本の原水禁運動の正常化、伝統の継承と発展のために努力することを誓いあい、ここに「原水爆被災三県連絡会議」が生まれたのであります。そして連絡会議は、間近にせまった八月六日、八月九日の原水禁大会の基調構想について、次のような一致に達したのであります。
 すなわち、私たちの基調にもとづき、今年の広島・長崎大会を一貫したものとして、三県が協力して成功させること、二つの大会は、被爆の原体験に根をおろした伝統的大会として、市民感情の尊重のうえに挙行されること、これらの大会は、私たちの基調に賛同される内外の友に、ひろく門戸を開くこと、というのであります。
 私たちは、この基調と構想をもって、四月七日「原水禁運動正常化のための広島・長崎・静岡三県連連絡会議の訴え」を発表しましたところ、全国各地原水禁組織や、中央の民主的諸団体および各界知名の人びとからきゅう然として共鳴と支持の声がわき起こりました。そこで四月二十四日、広島に「原水禁全国代表者会議」を招請し、ここに被災三県連連絡会議が主催し、全国支持実行委員会が協力する「原水爆禁止・被爆者救援・核武装阻止・軍備全廃を世界に訴える広島・長崎大会」の基盤がすえられたのであります。
 これまでの経過にのべましたように、私たちがこの大会を提唱した目的は、十年にわたる原水禁運動の伝統を継承し、その正統的な原則と基調を擁護し、ふたたび国民運動としての結集、発展を実現させることであります。私たちの提唱する機長は、広島での第一回原水禁世界大会いらい、日本国民と世界の友人のみなさんの協力のなかで生みだされた、原水禁運動の正統的基調にほかなりません。この基調に立脚し、誠実に運動にとりくむ以外、日本の運動の正常化と発展の道はないと確信しています。
 私たちは、被爆者としてまた被爆地原水協として、率先してこの責務に貢献しようとして立ち上がったのでありますが、今日ここに多くの海外代表、日本代表のみなさんを迎え、本大会を開会することができるにいたったことにつき、みなさんのご支持とご協力に深い感謝の念を禁じえません。


(三)

 さて私たちが、広島と長崎で言語に絶する悲惨な体験をし−私自身もその生き残りの一人ですが−あれからすでに十九年たちました。
 この間、十九年を十九世紀といいかえてもよいほどに急速度に、原水爆の破壊力は巨大化しました。またその運搬手段であるロケットは、月を射あてるほどに発達しました。このようにして、いまや誰しも人類破滅の脅威を感じるようになりました。かくて世界史は、人類そのものが生死の運命をともにする「一つの運命共同体」となってしまったことが実感される時代に突入してしまいました。
 このような時代においては、私たちの原水禁運動は思想・信条・党派・社会体制の相違をこえて、人類そのものの生存と幸福を守るという、崇高なヒューマニズムにたつ全国民的運動・全人類的運動として、いっさいの核兵器の製造・貯蔵・実験・使用・拡散をすべて断固否定する立場をとらざるをえないのであります。
 このような立場にたって、おしすすめた私たちの禁止運動の、最初の成果としてかちとった部分的核停条約を第一歩とし、すみやかに地下実験をも禁止し、全面的な核停条約を実現し、原水爆の完全禁止を含む全面完全軍縮をかちとり、人類の平和的共存と偉大な未来の可能性を確保することが、今の人類すべての最高課題であると私はかたく信じております。
 だからこそ、被爆国日本だけでなく、原水爆禁止運動は全世界各国民の間で、各種各様のかたちでくりひろげられているのであります。
 私たちは、これらの運動を推進している諸組織、諸団体に対し、すなわち世界平和評議会をはじめ、パグウオッシュ会議、アクラ会議、英国のラッセル卿の運動、百人委員会、CND、米国のSANEや「平和のための婦人ストライキ」等々の、数多くの運動や諸組織に対して、またアジア、アフリカ、ラテン・アメリカにおいて、民族自決と平和のために努力している諸国民に対して、堅い連帯のあいさつをおくります。


(四)

 さてこのような諸国民の平和への努力と世界人類のねがいにもかかわらず、アメリカはいぜんとして地下実験を続けるばかりか、一部には部分的核停条約さえもくつがえそうとするいんぜんたる勢力があります。フランスは太平洋で水爆実験を実施しようとしていると伝えられ、中国や西ドイツの核武装準備の意向ももらされております。また米国が不当にも武力介入しているラオス・ベトナムでは、核兵器を使用せよとの危険きわまる主張も伝えられ、核戦争への不安はますます増大しております。
 また日本そのものも、アメリカの核戦略体制の一環にくみこまれ、日本本土ときりはなされた沖縄は、アジア最大の米軍原水爆基地と化し、首都東京周辺には、米軍の水爆搭載機F105D戦闘爆撃機が配置され、各地の港には、米軍原子力潜水艦の寄港が要求されています。さらに日本自衛隊の海外派兵、核武装の問題も現実的な危険となろうとしてます。
 「原爆の被害国日本は、決して加害国になってはならない」という言葉は、原水禁運動のなかから結晶した日本国民の誓いであります。しかし、現実の事態は、この誓いが無惨にふみにじられる危険をはらみながら進展しています。
 原水爆禁止運動の責任と役割が、今日ほど重大なときはありません。原水爆禁止運動の基本的なありかたを明確にし、国内的、国際的に運動の大同団結を達成することは、焦眉の急務として私たちに課せられております。
 私はまたこの機会に、みなさんがお集まりになる、このヒロシマとナガサキで、人類史上、最初の原爆投下で悲惨きわまる死をとげた三十数万のみたまに対して、みなさんとともに、このあやまちをけっしてくりかえすまいと、おごそかに誓いたいと思います。  同時に、いまなお原爆症にその生命をおびやかされ、生活苦、孤独苦、住宅難、結婚難などになやむ被爆生存者たちのナマの声に接して、原爆被害の実相にふれ、その救済策に十分の検討を加えていただきたいと思います。
 私はまたこの機会に、日本本土からきりはなされている沖縄に、なんら救済の手の原爆被爆者が八十名ばかり在住している事実に、みなさんのご注意を十分にかん起したいと存じます。
 この目的にそって、各国代表のみなさんがそれぞれの地域、それぞれの立場での運動の経験を交流し、また運動の原則や課題について意見を交換し、大きな国民的および国際的連帯の樹立のために資していただくことを、私は心から期待いたします。
 国民的運動としての主体性を確立し、市民的・国民的願望と感情に密着した運動を展開することなどを明らかにしました。


(五)むすび(最重要点の強調)

 私たちのこの大会は、このような現実の要請にこたえ、これに貢献しなければなりません。この大会の目的はまさにこのことにあります。
 文書で提出した基調は、実にゆたかにもりだくさんな提案がなされていますが、私はこの基調にそって、最小限、次のことは、どうしてもみのることを期待しております。

  1. 私たちの原水爆禁止運動の基調と原則はこの大会でぜひ定着させ、正しい運動の不動の基礎を確立いたしましょう。
  2. 来年は被爆二十周年ですから、それまでに国際的には、全面核停条約がぜひ実現され、国内的には、被爆者のための完全な援護法が制定されるよう全世界的に全国民的に大運動が展開されること。少なくともそれだけの成果に立って、被爆二十周年の広島・長崎大会を開き得るよう、いまから準備いたしましょう。
  3. 当面緊急の課題として、米国原子力潜水艦の寄港や、F105D戦闘爆撃機の配置を阻止し、日本の核武装をくいとめましょう。
  4. アメリカがベトナムやラオスなどの戦線で、核兵器を使用したいというような危険な考え方は、ただちに思いとどまらせましょう。フランスが太平洋で水爆実験をしたいという考え方もぜひくいとめましょう。中国、西独、印度などが核武装準備するという意向もぜひ思いとどまらせましょう。
  5. 本大会に集まった各階層のみなさんが、明日からどう運動にとりくむか、具体的な方法はぜひ話しあって別れましょう。

 欲を申せば限りがありませんが、最小限これだけのことができたら、本大会は、原水爆禁止運動の大きな転機となり、人類の運命に大きな貢献をなし得るでありましょう。
 切にみなさんのご健闘を祈ってやみません。
 ご静聴、感謝申し上げます。

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