出版物原水禁ニュース
2003.1号 

「もんじゅ」裁判、高裁 控訴審判決(1)
17年に及ぶ「もんじゅ」裁判

★もんじゅ廃炉要求全国集会に700人

 2002年12月7日、敦賀市で「02もんじゅを廃炉へ!全国集会in TSURUGA」が開催され、約約700人が参加しました。主催は原発反対福井県民会議、原水禁などが呼びかけ団体となって作られた同集会実行委員会です。
 白木海岸での現地集会のあと、プラザ万象で屋内集会を開催し、集会後JR敦賀駅前までデモ行進を行いました。屋内集会では京大原子炉実験所の小出裕章さんともんじゅ訴訟弁護団の吉村悟さんが講演しました。
 高速増殖炉「もんじゅ」が1995年12月8日にナトリウム漏れ火災事故を起こしてから7年が経過していますが、03年1月27日には名古屋高裁金沢支部で争われている「国の設置許可取り消しを求める訴訟」と、「核燃料サイクル機構に運転差し止めを求める訴訟」のうち、国に対する訴訟の高裁判決が出ます。
クリックで拡大 12月7日の集会で講演した吉村弁護士は、「控訴審最大の争点は、ナトリウム漏れ・火災事故を契機に明らかとなった『2次冷却材ナトリウム漏えい事故対策』の誤りの問題であった」「一審(福井地裁)判決は動燃(核燃サイクル機構)が事故のあと発表した『安全改善対策』が実施されれば安全の確認は可能だから、基本設計を是正する必要はなく、設置許可処分は有効であり、違法はないと述べている」「しかしその対策には基本設計では安全はもはや維持できないという内容を含んでいる」「したがって控訴審判決は住民側の完全勝訴は間違いない」と語りました。

★「もんじゅ裁判」始まる

 2000年3月22日、福井地裁であった第一審判決の論理的なデタラメさについては、高裁判決を受けて書いていきたいが、その前に「もんじゅ」裁判の経過と「もんじゅ」のどこが危険かを明らかにします。
日本のプルトニウム時代は1980年に入ってからです。科学技術庁(科技庁・現文部科学省)は81年中に「もんじゅ」の安全審査を終了し、82年3月27日に福井県に敦賀市白木地区に高速増殖炉「もんじゅ」の建設を正式に申し入れました。
「もんじゅ」の第一次公開ヒアリングは82年7月2日に敦賀市で開催されましたが、全国から8000人が抗議行動に集まりました。それまでの福井県で開催された「高浜原発ヒアリング」抗議行動には、2000人の結集であったことを考えるといよいよプルトニウム時代が始まることへの国民の不安感が結集した行動であったといえます。
 しかし「もんじゅ」の建設は進んでいった。こうしたなかで『国に対する「もんじゅ」の設置許可無効確認』と『動力炉・核燃料開発事業団(動燃=現核燃サイクル機構)に対する建設差し止め』を求める併合訴訟として、85年9月26日に福井地裁に提訴されました。
 原告には敦賀市在住の磯辺甚三さんを団長に福井県に住む39人が参加。弁護団は福井県の福井泰郎を団長に福井県から5人、富山から松波淳一、関東から福武公子、海渡雄一の各氏で構成されました。

★原告不適格の門前払い・最高裁で原告適格認める

 公判は86年4月25日から始まったが、福井地裁・横山裁判長は87年2月20日、「行政訴訟を分離し審理を終結する」と言い渡し、それ以降は動燃を相手とする民事訴訟のみとする一方、同年12月25日、行政訴訟の原告適格を認めず門前払いとしてしまいました。
 原告側は控訴し、名古屋高裁金沢支部は89年7月19日に、20キロ圏以内の住民は適格とする判決を下しました。この判決に原告、国とも上告、最高裁第三小法廷は92年9月22日に、39人全員に原告適格を認める判決を言い渡しました。これ以降裁判は、再び国と動燃に対する併合訴訟となり、98年末までに51回の公判が開かれ、99年4月に結審し、2000年3月22日福井地裁は民事、行政とも原告が全面敗訴の判決を下しましたが、判決内容はひど過ぎるの一言につきるものでした。

★ナトリウム漏れ・火災事故発生

 この間、「もんじゅ」建設は完成し試験運転が始まったが、95年12月8日、出力40%の性能試験の最中に、ナトリウム漏れ、火災事故が発生しました。

もんじゅの構造

 世界で建設されていた高速増殖炉は、現在ほとんど撤退していますが、その最大の問題は冷却材にナトリウムを使うことによる事故を解決できないからでした。フランス政府が威信をかけて建設した「スーパー・フェニックス」も85年の運転以来事故を繰り返し、送電したのはわずか174日にしか過ぎず、90年に一次冷却系でナトリウム大規模汚染事故を起こし、ようやく94年8月に運転再開しましたが、増殖炉ではなく、他の原発から出る放射性廃棄物を燃焼させる「実験炉」としてでした。それも現在は廃炉の途中です。

★ナトリウムしかない高速増殖炉の冷却剤と問題点

 なぜ高速増殖炉にナトリウムを冷却剤として使うのか。それは中性子を減速させずに核分裂を起こせる冷却材はナトリウムしかないからです。ほかの原発ではわずか3%しかないウラン235(他は核分裂しないウラン239、このウランは中性子によってプルトニウム239に変わる)を分裂させるために、中性子の早さを減速するが、高速増殖炉ではプルトニウムを作るのが目的だから中性子を普通の早さにしておく必要があります。
 また核燃料から大量に発生する熱をどんどん奪って冷却するには、液体である必要があります。ナトリウムは98度以上で液体になる(沸点は833度)が、「もんじゅ」では運転中は529度にもなり、停止中も固まらないように200度に保たれています。
 ナトリウムの最大の問題は、水に触れると爆発的な反応を起こすことです。爆発の衝撃によって、機器や配管を損傷させ、危険な水素ガスと金属を腐食させる苛性ソーダや酸化ナトリウムなどを発生させます。
 水素ガスは空気と混ざると爆発するし、苛性ソーダや酸化ナトリウムは周囲の金属を急速に腐食させ、穴をあけたり、ぼろぼろに破損させたりします。
 95年12月の事故では、約3トンものナトリウムが漏れ、「もんじゅ」の床ライナーの一部を溶かしました。その後、動燃は「事故再現実験」を行いましたが、そこでも床ライナーの貫通現象が起きたのです。基本設計に根本的な欠陥があったことは明らかです。

(W)