出版物原水禁ニュース
2003.2号 

アメリカの核戦略・2
緊迫するイラク情勢

◆イラクを知ることも必要

 この正月にイラクに関する本を2冊読みました。1冊は酒井啓子著「イラクとアメリカ」(岩波新書)で、もう1冊はハディル・ハムザ著「私はサダム・フセインの原爆を作っていた」(原題・SADAMAS BOMBMAKER=仙名紀訳、廣済堂出版)です。


 岩波新書では、サダム・フセインがどのようにしてバース党を支配し、軍事的大国になっていったか、その過程でアメリカがどのように手を貸してきたか、さらにイラク・イラン戦争でフセインがクルド人に対して毒ガス攻撃を行った際、欧米がなぜ沈黙したかが分かりやすく書かれています。
 また湾岸危機時のフセインによる「パレスチナ・リンケージ」論が、イラク反体制派とアラブ世論の間にもたらした痛ましくも不幸な誤解、亀裂と対立についても書いています。クルド族や反体制派はアメリカの中途半端な扇動と介入に翻弄されます。湾岸戦争後にイラクではアメリカを頼みとして一斉に反乱が起こりますが、共和国防衛隊に鎮圧されます。アメリカはフセイン亡き後のイラクについて何の構想もないままに、扇動し、途中で手を引くのです。このあたりはハディル・ハムザ氏の本でも紹介されています。
 酒井啓子氏は『アメリカはカウボーイ型の「正義か悪か」の選択をつきつけるが、フセインのやってきたこともまた、同じ「二極対立」構図をそのまま鏡に映したものにすぎない』『欧米の反戦人道主義者たちが、結局フセイン政権の反米プロパガンダに利用されていく』『そういう「アメリカかフセインか」という二極対立構造への単純化がすすむなかで、家族の半分をフセイン政権の弾圧で亡くし、残り半分をアメリカの空爆で亡くしたような一般のイラク人たちの「どちらももうたくさんだ」という声は、どこにも届かない』と書いています。
私はブッシュの武力攻撃に強く反対していますが、ドイツのエンツェンスベルガーがフセインをヒトラーに比べて論じた問題もまた重いといえます()。
 ハムザはアメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)に留学して核物理学を学び、フロリダ州立大学で博士号を取得しました。1970年にフセインに請われてイラクに帰国し、核兵器の開発に取り組み、94年に亡命して、現在はアメリカに暮らしています。
 フセイン自身も含めたその一族による反対派の暗殺、徹底した恐怖政治によるバース党支配の実態が生々しく描かれています。またフセインの核兵器、化学兵器への執念がどれほど強かったかもうかがい知れます。

 この本を読むとフセインの原爆開発は、イスラエルが核兵器を保有しなかったとしても、やはり核開発を進めていただろうと想像できます。さらに核兵器や化学兵器開発に関して、欧米諸国がどのように手を貸してきたかが詳細に述べられています。大量の石油資源を保有しているイラクで原子力発電など全く必要はない。核関連の施設は明らかに核兵器用と分かりながら、ドイツ、フランス、アメリカの企業が機器を売り込む姿を見るにつけ、核兵器廃絶は単に核兵器反対だけを主張しても無意味だと痛感します。
 1985年以来、アメリカ政府は農業や金融関連で何十億ドルにも達する援助をイラクに与えましたが、その一部は生物化学兵器開発に回されます。ワシントン郊外に本拠を置く「アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション」は、84年からイラクに「研究用」としてさまざまな毒素やバクテリアを輸出しています。アメリカがイラクを脅威というとき、それはアメリカ自身の援助で育った脅威といえます。
 ハムザと、やはり湾岸戦争後にヨルダンに亡命したハムザの上司で、サダムの娘婿フセイン・カメルらは、イラクがどのようにして大量破壊兵器を隠し持っているかを、国連の大量破壊兵器査察団(UNSCOM)に証言し、多くの生物化学兵器が廃棄されました(カメルは5ヶ月後イラクに帰国し処刑される)。

◆劣化ウラン弾の被害か、化学兵器の被害か

 ところでハムザは、湾岸戦争に際してイラク南部のバスラやナシリヤなど、多国籍軍の侵攻予想ルートに生物化学兵器を埋めるように、サダムが命令したと書いています。いまイラクやアメリカで、湾岸戦争で使用された劣化ウラン弾の被害が問題になっていますが、ハムザはイラクや米兵に出ている症状は、生物化学兵器の結果で、アメリカ政府もその事実を隠していると書いています。
 実は劣化ウラン弾の被害については、原水禁世界大会にも参加したアメリカの物理学者フォン・ヒッペル博士が、劣化ウラン弾の放射能被害説に、それほど影響が現れるはずがないと、強い疑問を出しています。同じ議論は日本の原子炉物理学会でも存在していて、ここの議論では、放射能の影響は少ないかもしれないが、まだ解明されていない影響があるのではないか、との説が出ています。フォン・ヒッペルは被害者の尿検査をいまからでもやるべきだと主張しています。イラクや湾岸戦争に参加した米兵の間に、被害が出ているのは事実で、きちんした検査が必要だし、また核化学者の発言が求められます。
 劣化ウラン弾は、ウラン濃縮の過程でできる使い道もなく、捨て場にも困る劣化ウランを兵器に使っていることがまず問題です。ウランは比重が高く、堅いものや高層ビル、地中深く攻撃するのに適している。兵器として使うことによって、大量に捨てることができるわけです。日本でも六ヶ所村のウラン濃縮などで劣化ウランが出ています。劣化ウラン弾は核兵器ではないので、日本も作り出すかもしれません。

◆アメリカの攻撃は一時延期されただけ

 2003年2月上旬にもアメリカのイラク攻撃が始まるかと思われましたが、どうもブッシュ政権の思うようにはいかなくなりつつあるようです。
 まずブッシュ政権内部が中道派のパウエルとラムズフェルド国防長官と新保守主義のウォルフォウィッツ国防副長官らのタカ派に分裂していること。フランス、ドイツなどの同盟国が反対している上に、イギリス政府も慎重論を述べ始めたこと。さらに大きく影響しているのが、イラクの大量破壊兵器開発疑惑を調べているUNMOVIC(国連監視検証査察委員会)が、1月9日の国連安保理事会中間報告で、「化学兵器などの疑問は残るものの、大量破壊兵器開発の計画の決定的証拠は、現在はない」としていることです。
 IAEA(国際原子力機関)のエルバラダイ事務局長は、1月13日発売の米・タイムとのインタビューで「イラクは現時点で独自の核兵器製造能力を保持していない」と語っています。
 しかしブッシュ政権はイラク攻撃をあきらめてはいません。イラク攻撃に向けて着々と軍事力を強化させていて、1月末には10万人、最終的には25万人体制を取ろうとしています。アメリカのイラク攻撃の理由は、イラク政府が昨年12月7日に国連安保理に提出した「大量破壊兵器の開発計画」に偽りがあることを根拠にしています。
 すでに報告書にはイラクが大量に持っていたポツリヌス菌や炭疽菌などについて、申告漏れがあると指摘されています。しかし問題があればそれを指摘し、大量破壊兵器を廃棄させればいいわけで、それが攻撃の理由にはなりません。

◆武力攻撃では何も解決しない

 暴力には暴力でという、ブッシュのカウボーイ的善悪論では問題は解決しません。このような論理を認めるなら、アラブやアフリカの多くの独裁国は武力攻撃の対象になってしまう。事実、アメリカのタカ派はイラクを皮切りにイラン、サウジアラビア、シリアなど「イスラム原理主義」の傾向がある中東の国々を次々と攻撃し、イスラム社会を「民主化」すると主張しています。これはまさに文明の衝突をもたらすだけです。
 そしてニューヨークに本部を置く国際的人権監視団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は1月14日、アメリカ政府は「テロとの戦い」を口実に、人権問題を軽視している。その結果人権軽視・侵害は各国で進んでいると批判しています。アメリカが人権問題に関与し、発言する影響は大きいのです。
 ブッシュのイラク攻撃まで残された時間は少なく、日本を含む世界の反戦運動とその意をくんだ各国政府の対応が成否を決めます。そして私たちはイラク問題とともに、パレスチナ問題でももっと声を上げなければなりません。

◆なぜ日本はブッシュの戦争に協力するのか

 日本政府の無策ぶりは目を覆うばかりです。アメリカ議会予算局のイラク戦費は、9ヶ月で収束するとして400億ドル、その後1年駐留するとして300億ドル。そのうち8割は同盟国負担で、2割が日本といわれ、日本円で1兆8000億円ほどといわれています。
 日本は中東に石油の88%を依存しているという事実があります。昨年11月27日に衆院外務委員会で自民党・河野太郎議員が「(イラク戦争で)後方支援するなら、新法を作れ、その方向を国民に明確に国民に示せない外務大臣は辞任せよ」という趣旨の発言をしました。新法を作れば協力していいという論理ではないと思いますが、もっと国会での積極的な論議か求められます。

(注)エンツェンスベルガーに対して、シリアの左翼系前衛詩人アドニスは「ヒットラーは邪なるもの全ての化身だが、サダムは月並みな暴君にすぎない」と述べ、擁護した。

【この原稿は、アメリカの核戦略について書く予定で連載を始めたものです。しかしアメリカのイラク攻撃が緊迫していることから、イラク問題へ中心が移ってしまいました。さまざまな問題を取り上げながら、連載していきたいと思います。次号ではアメリカの核戦略に焦点を合わせて書きます。】

(W)