出版物原水禁ニュース
2003.2号 

郭貴勲さん裁判の上告断念をステップに、
すべての在外被爆者に
日本の被爆者と同等の援護を!

韓国の原爆被害者を救援する市民の会・市場淳子

 昨年12月18日、坂口厚生労働大臣は、在韓被爆者・郭貴勲(カク・キフン)さんの「日本で被爆者援護法に基づいて取得した被爆者健康手帳および被爆者手当受給権は、韓国帰国後も有効であり、韓国帰国後も手当を支払え」という訴えを全面的に認めた大阪高裁判決を受け入れ、上告を断念しました。そして、「(1)今後、日本において手帳を取得し、手当の支給認定を受けた場合には、出国した後も、手当の支給を行う。そのため、所要の政省令の改正や通知の見直しを行う。(2)過去に、いったん手当の支給認定を受けていて、国外に出国することにより手当が支給されなくなった者については、公法上の時効(5年)を考慮しつつ、支給認定期間の未支給期間分について、遡及して、手当を支給する」ことを決めました。
 この勝利の背景には、韓国・ アメリカ・ブラジルの被爆者の国境を越えた闘いがあったことはもとより、一昨年に原水禁国民会議の皆様からも多く寄せられた「坂口大臣に在外被爆者への援護法適用を求める署名221,947筆」に現れた日本の市民の力がありました。また、超党派の議員50数名からなる「在外被爆者に援護法適用を実現させる議員懇談会」の国会内外における尽力もありました。こうした力が坂口大臣に、「上告をしない理由」の一つとして、「在外被爆者の問題に対する関心も高まりつつある中で、国際化も進んでいる」ことを挙げさせたのです。
 だが、この上告断念で在外被爆者問題が解決したわけではない。被爆57年が過ぎてやっとこれだけかと、在外被爆者の方々に申し訳ないほどの援護策に道が開かれただけです。
 つまり、現時点の厚生労働省の方針では、在外被爆者も被爆者援護法による手当を受給するためには、日本で被爆者健康手帳を取得し、手当支給認定を受けなければならず、そうした人だけが帰国後も手当を受給でき、5年とかの期限付きの手当認定の場合は、期限がくればまた日本に行って再申請しなければならないのです。
しかし、今最も援護を必要としているのは病床で苦しむ被爆者であり、その人たちが日本に行くことができないのは自明です。日本政府はその事実から目を背けたのです。また、国外に住む被爆者の医療費については、被爆者援護法の適用により日本政府が支払うこと考えてはいません。その一方で、来日旅費を援助すると言って、来年度予算に在外被爆者対策費として15億円を計上したのです。
今後、年を追うごとに日本に行かれない被爆者の数は増加する。大阪高裁判決が言ったように「被爆者はどこにいても被爆者である事実を直視せざるを得ない」のです。日本政府は在外被爆者が日本に行かなくても、日本の被爆者と同等に医療費と手当の支給が受けられるようにすべきです。
2003年は、郭貴勲さんの輝かしい勝利をステップに、すべての在外被爆者の援護実現を目指して、日本政府に対するなお一層の要求運動を押し進めていきましょう!