出版物原水禁ニュース
2003.5 

原因も責任も曖昧なまま終了したJCO刑事裁判

 藤野 聡(原子力資料情報室)

 1999年9月のJCO臨界事故から3年半後の3月3日、水戸地裁で(株)JCOと社員6人に対する判決が言い渡され、01年4月からの裁判が終了しました。JCOと東海事業所長(事故当時)に罰金のほか、各社員に禁錮の執行猶予付有罪判決が下されました。検察は執行猶予付などを不満としつつも控訴しないことを決め、判決が確定しました。
 聞き取りメモなど間接情報ばかりを根拠とした原子力安全委員会の事故調査委員会(99年12月に最終報告)のあと、裁判は当事者が直接証言する重要な機会ともなり得た。しかし真相究明が第一義でなく情状酌量を求める被告側の主張が主となった法廷では、検察も逸脱操業の違法性を繰り返すのみで、原因の核心に迫る検証は行われませんでした。
 ウラン溶液の混合均一化になぜ以前の工程と異なる沈殿槽を使用したのかという事故の直接原因についてすら、整合性のない断片的な情報のまま未解明でした。事故現場である転換試験棟の安全審査担当者(科技庁に出向していた動力炉・核燃料開発事業団職員)の出廷がわずかに、事故調で語られなかった背景要因を示しましたが、臨界管理に反する混合均一化をJCOに要求し続けた動燃の当事者が証言することは遂にありませんでした。
 判決はまずJCO以外に責任を転嫁することはできない(検察的主張)としたあと、起訴された被告のみが事故発生に寄与したのでない(弁護団的主張)として社員らを減刑しました。被告以外に誰がどのように寄与したのかの明示はありませんでした。会社JCOには「およそ法が許す限り最高の刑罰を科すのが相当」としつつ、刑法には法人を対象とする罰則規定がないため、最高の刑罰とは罰金100万円でした。原子炉等規制法違反で50万円、労働安全衛生法違反で50万円です。
 被告以外のJCO関係者はもとより住友金属鉱山、動燃、科技庁、安全委、そして原子力政策などの関与について言及することは充分に可能でしたが、逆に事故が原子力政策に影響を与えたことをもって被告を批判するだけでした。原子力政策の根本に触れないことは裁判所のみならず検察と弁護団を含めた暗黙の前提と思われます。
 結果としてどこにも原因がないまま事故が起きたかのような印象を残して裁判が終了しました。検察、被告、裁判所(そして動燃、国)いずれもの顔を立てて丸くおさめようとした判決なのでしょう。JCO以外の要因を認定すれば検察に控訴の動機を与えるので、それを避けたのかもしれません。
 判決は沈殿槽使用を現場作業員から相談されて安易に承認した主任に比較的重い量刑を科す判断を下していますが、臨界管理に問題のある改造許可をJCOから申請されて安易に承認した安全委の姿も同罪であるはずです。臨界事故は総合的な安全レビューを伴わない場当たり的な状況対処の末に起きたものです。それを裁く裁判自体が同様に体系的な調査活動でなく個々の利害関心の寄せ集めに終わったのは残念です。裁判の終了で真相が永遠に闇に葬られ、事故を招いた構造が温存されることが危惧されます。

 ※裁判の分析を含むJCO臨界事故総合評価会議の報告書へ。