出版物原水禁ニュース
2003.10号 

被爆58周年原水禁世界大会を開催

 被爆58周年原水爆禁止世界大会は8月2日の横浜での国際会議を皮切りに、4〜6日まで広島大会が、7〜9日にかけて長崎大会がそれぞれ開催されました。

 広島大会4日の開会総会には、全国から4,500名が参加しました。岩松繁俊大会実行委員長は、「世界は重大な危機に直面している。武器ではなく話し合いによる解決を」とあいさつしました。また、来賓として出席した秋葉忠利広島市長は新型の核開発計画を進める米国の政策を厳しく批判  し、「被爆者は原爆投下による報復ではなく、和解の道を選んで暴力の連鎖を断ち切ろうとした」と述べ、国連中心の平和構築の実現に向けた行動を呼び掛け  ました。福山真劫大会事務局長からは(1)平和・核軍縮(2)脱原発(3)ヒバクシャ援護と連帯を柱とした大会基調が提案されました。

 翌5日、市内を中心に「北東アジアの非核化をめざして」など七つのテ−マで分科会が開かれました。この中で、イラク戦争をテ−マにした分科会では、イラクで医療支援活動をしている日本国際ボランティアセンタ−の清水俊弘事務局長が「イラクの市民は今も米英軍の攻撃におびえている」と報告し、支援の必要性を強調しました。イラク戦争中に「人間の盾」として現地入りしたフリ−カメラマン、杉本祐一さんは、攻撃で死亡した多くの民間人が路上に放置され、米英軍を恐れて遺体の収容ができなかった家族の様子などを生々しく語りました。また、今年で3回目となった子どもたちが手作りで準備をすすめてきた「メッセ−ジfromヒロシマ2003」や「原子力から自然エネルギ−へ〜世界から学ぶ脱原発の道すじ〜」とした国際会議も開催されました。

 6日のまとめ集会には、約800名が参加しました。神奈川平和運動センタ−の加藤泉事務局長から米軍横須賀基地原子力空母の母港化問題についての特別報告などに続いて、新たな核兵器開発をすすめようとする米核戦略の転換、北朝鮮の核開発問題の平和的解決に向けた行動を呼び掛け、日本政府には非核三原則の法制化や自衛隊のイラク派遣中止などを柱とした「ヒロシマ・アピ−ル」を採択しました。

 7日から開幕した長崎大会には、全国から2,500名が参加。冒頭、長崎実行委員会の中崎幸夫委員長は「アメリカは暴走し、日本は憲法を忘れたかのような行動をしている。しかし、悲観しているわけにはいかない。若い世代の運動は広がり、イラク攻撃反対の運動は一過性の動きではない。若者のために平和のメッセ−ジを発信していかなければならない」と訴え、海外代表としてあいさつした英国会議員のジョ−ジ・ギャロウェイ氏と韓国原爆被害者協会会長の李廣善氏は、イラク占領に日本が加担しないことや、核廃絶のため  に被爆者が一丸となることを呼び掛けました。特に、李さんは「今、最も核の脅威にさらされているのが韓国。脅し合いをこれ以上放置してはならない」と強調し、核保有国政府に問題解決への努力を働きかけるため、市民の積極的な反核運動の必要性を訴えました。

 8日には、市内で7つの分科会が開催され、女性・子ども被爆者との交流や行われました。在外被爆者問題を取り上げた分科会では、政府が海外の被爆者への手当支給に踏み切るきっかけとなった訴訟で、原告だった韓国の郭貴勲さん(79)が発言し、「強制連行された韓国の被爆者に対して、日本政府は補償する責任がある」などと健康管理手当の支給手続きを早めるよう求めました。

 最終日、9日の閉会総会は冒頭、市川定夫・大会実行副委員長のあいさつに続き、米国のネバダ核実験場の風下の町に住み、米政府を相手に損害賠償請求訴訟を起こしたヴェラ・ブロックさんが海外代表としてスピ−チし、放牧していた羊が死んでいった状況を説明し、「人間に影響が出てもおかしくない。被害を知って  いるからこそ核実験・大量破壊兵器は廃絶しなければと思う」と話しました。

 そして、2000年の核拡散防止(NPT)条約再検討会議で合意された「核兵器廃絶の明確な約束」の実行や、日朝国交正常化のほか、広島・長崎の被爆体験を風化させず、高校生や若い世代による運動を世界に広げることなどを趣旨とした大会宣言を全体で採択しました。参加者は、閉会総会終了後、爆心地公園まで非核平和行進ののち、原爆が長崎の地に投下された午前11時2分に公園内で黙とうし、大会の全日程を終了しました。

 世界大会成功のための呼びかけに対して、賛同およびカンパをいただいた全国の皆さんに改めて心より御礼を申し上げます。