出版物原水禁ニュース
2003.11号 

ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ
国際市民会議
その期待と限界

□被爆60周年に向けて実行委員会がスタート

 9月20日、被爆60周年に向けた「ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ国際市民会議」の第一回実行委員会が開催され、実質的な活動がスタートしました。
 開催の日時、場所、さらにどのような内容で開催するのかはこれからの討議にゆだねられますが、広島、長崎に原子爆弾が投下されてから60年の歳月が流れようとしていて、節目の年としてヒバクシャの方々を含めたこのような国際会議の開催は、最後ではないのかと思います。
 人類が初めて経験した原爆被害が、ヒバクシャを始め日本人にどのような影響を与えたのかを60年後に問い直すということだけでも、この国際会議は大きな意味があります。私たちはこの国際会議成功ために積極的に関わっていきたいと考えます。

□日本反核運動の問題も露呈

 しかしこの国際会議が準備されるなかで、日本の反核運動の抱えている問題も明らかになりました。
 朝日新聞は9月15日に本田雅和記者の記事として、原水禁運動の分裂を批判しつつ、国際市民会議に原水禁、原水協が参加することから、統一への新しい動きへの期待を掲載しました。本田記者が描く原水禁運動の歴史はきわめて表層的で、オピニオンの頁に掲載されること自体、朝日新聞の衰退を感じさせるものです。
 国際市民会議実行委員会が発足するまでの経過を述べるなかで、問題点を明らかにしたいと考えます。
 当初この国際市民会議は日本原爆被害者団体協議会(日本被団協)が「ノーモア・ヒバクシャ国際市民会議」という名称で開催したいと、原水禁、原水協、日本青年団協議会(日青協)、日本生活協同組合連合会(生協連)や個人などに呼びかけ、そのための「意見を聞く会」がスタートしました(個人は、2000年に長崎市で開催された「核廃絶ー地球市民会議ナガサキ」に参加した人たちを中心に呼びかけられました)。
 原水禁はここ数年、広島、長崎の被害者、核実験、原発の被害者に、すべてカタカナの「ヒバクシャ」という表記を使っています。それは原子爆弾によるものであれ、核実験、原子力発電発事故によるものであれ、放射線による被害ーーヒバクという点では区別できないという理由によります。
 さらにこれまで原水禁は、1987年にニューヨークで開催された第1回核被害者世界大会、92年ベルリン開催の第2回核被害者世界大会に積極的に関わってきた経過があります。これら2回の核被害者世界大会には、広島、長崎のヒバクシャ、ウラン採掘から核兵器開発、核実験、原発のヒバクシャなど、核の軍事利用、平和利用を問わず、すべてのヒバクシャが関わり、参加しました。したがって「ヒバクシャ国際会議」である以上、原発によるヒバクシャも含まれるのは当然と原水禁は考えました。

□なぜ原発ヒバクシャを切り捨てようとするのか

 しかし日本被団協には、原発のヒバクシャは当初から念頭になかったのです。被団協は、会議の柱に核兵器廃絶をおいており、そのために核開発・実験などのヒバクシャに限定すると主張しました。
 核開発の歴史は核の軍事利用、平和利用の区別があり得ないことを示しています。ですから核兵器廃絶のためにも、核の平和利用問題を避けて通ることはできないのです。そのためにも原発によるヒバクシャも含める必要があるのです。
 こうした原水禁の主張に、日本被団協はまったく異議や反論を行うことなく、名称を「ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ国際市民会議」とすることを再提案しました。この席には原水協、日青協、生協連の代表や、何人かの個人が参加していましたが、これらの参加者からは原水禁の意見に、反対や、賛成の意見を述べることはいっさいありませんでした。
 つまり日本被団協やその他の団体(そして個人)には、原発のヒバクシャにどう対応していいのか、判断できないのです。今日、原水禁がヒバクシャというとき、そこには当然のこととして原発ヒバクシャも含まれるのです。それはこれまでの「原水禁」の運動がもたらした共通の認識なのです。これが運動の歴史というものだと考えます。
 また今日、核兵器廃絶を考えるとき、平和利用問題は避けて通れません。この問題を一切無視して、核兵器廃絶が可能と考えているなら、それは楽観的すぎるといわねばなりません。「核廃絶」は今日的課題としてますます重要になってきているのです。