出版物原水禁ニュース
2004.01号 

長崎発・高校生の平和活動

「長崎平和大集会」実行委員会
共同代表:平野伸人

長崎では高校生が元気

毎年の原水禁長崎大会では欠かせない存在になった高校生たち。彼らのパワフルな活動ぶりに、勇気と元気をもらった人も多いのではないでしょうか。実際、長崎においては「高校生平和大使」や「高校生1万人署名活動」の影響力は大きいものがあります。長崎ではほとんどの平和運動にかかわる団体が参加して「ながさき平和大集会」が15年間続けられています。しかしこの平和大集会も、被爆者の高年齢化などにより参加者が少なくなる傾向が続き、集会そのものの意義が問われるようになっていました。
そのなかで、高校生の自主的な平和活動が生まれ大きな広がりを見せています。被爆60年を間近に控えた今日、活発な高校生の平和活動は,長崎の平和運動のみならず、全国に勇気を与えています。

高校生平和大使と1万人署名活動のはじまり

 インド・パキスタンの核実験を契機にして、ながさき平和大集会実行委員会では、長崎の声を世界に伝えるために「高校生平和大使」を国連に派遣することにしました。
 1998年10月に第1回の「高校生平和大使」が派遣され、2人の平和大使が国連に行きダナパラ軍縮担当事務次長に「被爆地の願い」を伝えました。2人の真剣な言動は共感を呼び、大きな成果を得ることができました。
さらに第3回目の「平和大使」からは,行き先を国連ジュネーブ本部とする一方、アウシュビッツ収容所、アンネ・フランクの家、ベルリンの壁などの見学を行いました。そのうち2人は帰国後、自分たちだけの活動にしないために「核兵器の廃絶と世界の平和の実現を求める高校生1万人署名活動」を始めました。高校生1万人の署名を高校生平和大使に託し国連欧州本部へ届けようという計画です。実行委員会の活動は平坦な道のりではありませんでした。実行委員は自分の高校で署名に取り組む一方、街頭での署名活動にも取り組みました。そして予想をはるかに上回る署名を得ることができました。高校生で18,000人近く、一般が1万人余り、運動は大いに盛り上がりました。活動には約20校50人以上の高校生が参加しました。そして県内外に大きな反響を呼び、署名は高校生平和大使に託されて国連に提出されました。

原水禁大会高校生アピール
原水禁大会でアピール

全国の反応と活動の広がり


最初の頃は、被爆者の方から「原爆も戦争も体験していない高校生に何がわかるか」とか、校内での署名に難色を示されるなど、さまざまな苦労がありました。しかし6年間の高校生平和大使の取り組みや、1万人署名活動の地道な取り組みは、やがて市民の共感を呼ぶようになり、署名活動中には多くの知らない人から、「暑いだろう、これを飲んでがんばって!」と、飲料水の差し入れがあったりするようにもなりました。
 しかし、高校生の活動にもかかわらず,世界は平和な方向には向いていません。高校生は「私たちのこれまでの活動は何だったのか」といった無力感もありましたが、「核兵器の廃絶だけではない、戦争をなくすという運動にもつなげよう」と考え、『ミサイルよりも鉛筆を』を合い言葉に学用品を集めて、アジアの子どもたちに贈る活動を行いました。鉛筆35,000本、学用品3,000点が寄せられました。平和大使の活動も進展し、今年までに計6回13人の平和大使はローマ法王に謁見したり、世界各国を巡り交流を深めています。
 さらに高校生1万人署名はオランダや韓国,アメリカ、カナダ、フィリピンなどでも取り組まれるようになってきています。その中、署名活動を経験した大学生などは「21世紀平和ネット」というOB・OGの会を結成し、イラク戦争前のアメリカヘ行き、イラク反戦を訴えました。
このように長崎の高校生の平和活動は着実に広がりと深まりを見せてきました。2004年の原水禁長崎大会での活動報告でまた、成長した姿を見せることができるでしょう。