出版物原水禁ニュース
2004.01号 

書評・「高校生1万人署名活動」

長崎新聞新書

「高校生1万人署名活動」長崎新聞新書 被爆者である祖母の体験を、高校生の石司真由美さんが直接聞いたのは、2度目の「高校生平和大使」(6頁の「長崎発・高校生の平和活動」参照)に応募で選ばれた後だった。初めて聞く祖母のヒバク体験に彼女は大きなショックを受けた。話の最後に祖母はぽつりと「この55年間、じいちゃんにも子どもにも孫にも話してこんかったよ」と言った。
 平和大使として国連ヨーロッパ本部を訪ねたとき、あるNGOの女性から「核兵器廃絶を訴えるあなたたちにお会いできてうれしく思います。でも日本政府は米本土大陸間弾道弾を支持していますよね?米国の核の傘にも入ってもいますし……」と言われ、なにも言いかえせず悔しい思いをする。
 しかし彼女はオランダのアンネ・フランクの家やポーランドのアウシュビッツ強制収容所を訪ねるなかで、高校生のみんなが出来ることがないかと考え始めていた。石司さんは友人やこれまでに平和大使に参加した人たちに声をかけ、「わたしたちは戦争も核兵器もない平和な世界の実現を求めます」という「高校生1万人署名活動」がスタートした。2001年1月のことである。
 だがこの署名活動の特徴は、すべて高校生の自主性と創意によって進められていることにある。言い出しっぺの石司さんも署名活動実行委員会の1メンバーにすぎなかった。署名活動実行委員会には代表はいないし、やりたい人が自由に参加し、発言し、行動する。毎年「高校生平和大使」に同行する被爆二世で教師の平野伸人さんも裏方として支える一人でしかない。これが毎年続けられていることにつながっていると思う。
 こうしていま高校生署名活動は日本の各地に広がり始めているだけでなく、世界にまで広がろうとしている。署名がどれほどの力を持つのかとの問いを自問しつつ、署名活動に参加する高校生たちの数は増え続けている。そしてこの活動に参加した高校生たちも、大学生や社会人として独自のネットワークをつくり、後輩たちの活動と連帯し始めている。
 「高校生1万人署名活動─高校生パワーが世界を変える」(長崎新聞社発行)は、署名活動に参加した高校生(そして中学生)たち69人が、さまざまな問題に直面しながら、どう変わっていったかのドキュメントでもある。未来への希望を抱かせる本だ。(和田長久)


【原水禁短信】

□珠洲原発断念 電力は余っている

 12月5日、関西電力、中部電力、北陸電力3社社長は、珠洲市役所に貝藏市長を訪ね、珠洲原発建設の断念を表明した。
 珠洲原発は1975年、能登半島の突端の珠洲市の高屋町と三崎町寺家を候補地に出力135万KWという巨大原発2基を建設するという構想で、関電、中電、北陸電3社が「珠洲電源開発協議会」を設立し、計画を進めてきた。
 断念最大の理由は、電力需要の低迷である。電力3社は需要予測の下方修正をここ数年続けている。2007年には家庭用も含めた電力の全面自由化の検討が始まろうとしている。現在でも電力の供給過剰になやむ電力各社は、建設費4000億円以上もする原発の建設は大きな負担となる。こうして珠洲原発の建設は断念された。
 しかし計画から28年、予定地の珠洲市の高屋・寺家両地区では反対、賛成で分断され、その傷はあまりにも大きい。

□エノラ・ゲイ号展示に原水禁から抗議に出発

 ニュース12月号でも紹介したように、広島に原爆を投下したB29爆撃機エノラ・ゲイ号が、スミソニアン宇宙航空博物館新館で12月15日から展示されるに際し、博物館は、広島の死者の数など被害の実相をいっさい説明しようとしていないため、原水禁では米国の平和団体と連絡をとり、広島原水禁常任理事の坪井直さん(日本被団協代表委員=写真)、被爆二世の角田拓さん、通訳でヒバクシャの小倉桂子さんら3人が、原水禁、広島市長、広島平和記念資料館館長らの要請文を持って、12月11日〜18日の日程で訪米した。しかし3人の訪米が報道されると、さっそくアメリカから広島平和会館に原爆投下を正当化するメールが送られてきていた。3人は15日、被団協の4人と現地の活動家らともにエノラ・ゲイ号前で抗議行動を行った。(参考


【編集後記】

●12月7日、アフガンでタリバン幹部を狙った米軍の攻撃で、遊んでいた子ども9人が殺され、翌日6人が殺されました。これはテロ撲滅という名のテロでないでしょうか。
●「広島・長崎から58年」が3回の連載をようやく終えました。読みにくいと思いますが、内容はすぐれたものです。ぜひ通して読んでください。
●12月6〜7日、敦賀で「もんじゅ」運転再開反対の集会と交流集会が開催されました。詳細は次号で。
●原水禁ニュースの編集を手伝ってあっという間の1年でした。皆さんよい新年を迎えてください。(W)