出版物原水禁ニュース
2004.02号 

2004年を北朝鮮核問題解決の年に
〜基本は平和的解決以外にない〜

◇北朝鮮が核問題で大胆譲歩のニュースが

 今年1月6日、AFP通信が「北朝鮮、核危機関連で果敢な譲歩を提案」との見出しで、朝鮮中央通信の論評を流したため、世界はちょっとした騒ぎになった。
 しかしこれは朝鮮中央通信論評の一部分だけを報道したために生じた騒ぎで、論評全体を読めば、北朝鮮がこれまで繰り返し述べてきた内容とさほど変わりはないことが分かる。
 北朝鮮は昨年12月9日に次回の6ヵ国協議での核問題解決への「第1段階の行動措置」として、北朝鮮が核活動を凍結する見返りに(1)米国による「テロ支援国家」指定の解除、(2)政治・経済・軍事的な制裁と封じ込め政策の撤回、(3)米国と周辺国による重油や電力などの支援──を要求(韓国・連合ニュース→毎日新聞)している。また12月15日の北朝鮮・労働新聞も「米国が望む核の完全撤廃に応える準備が整っている」と述べ、1月9日の「核活動の凍結」とは「核兵器をこれ以上製造も実験も移転も行わず、原子力エネルギーまで中断する」「大胆な譲歩だ」と述べている。

◇6者協議へ向けた駆け引き

 一方、日米韓の三国は12月4日に6者協議に向けての共同文書を作成している。その骨子は(1)北朝鮮は完全で検証可能な形で核開発を放棄する用意がある。(2)5ヵ国は多国間の枠組みに基づく声明で安全を保証する用意がある。(3)関係正常化を目指す。(4)6者協議を定例化する。(5)6者協議の継続中に事態を悪化させない(12.9朝日新聞)という内容であった。
 日米韓はこの内容を北朝鮮に打診するよう中国政府に伝えた。しかし中国は共同声明案を修正し、北朝鮮と日米韓に提示した。修正案は、北朝鮮の核開発凍結の見返りとしてのエネルギー支援など、北朝鮮と日米韓が対立している部分は具体的には明記せず、実際の協議で取り上げる課題とする。その上で、北朝鮮の核開発放棄の意思表明と米国の「安全保障」に向けた立場表明を軸に、事態悪化を自制することや、協議定例化への努力など、参加国の歩み寄りが可能な部分だけを盛り込んでいる(12月13日共同通信)。日米韓は基本的に受け入れる方向で調整しているが、北朝鮮の回答はない──これがほぼ昨年末の北朝鮮と6者協議を巡る動きであった。
 結局6者協議は再開されなかったが、今年に入って、米国会議員や核問題の専門家などが北朝鮮を訪れ、寧辺(ヨンピョン)の核施設を訪問するなど、新しい動きが出てきている。寧辺核施設がどのような状態なのかの情報は1月10日現在では届いていない。しかし保管中の8000本の使用済み核燃料を全て再処理し、プルトニウム抽出が完了しているとは考えられない。

◇中国が主役の6者協議、策のない日本政府

 現在6者協議は、完全に中国主導で動いている。中国はいまや米国にとって、北朝鮮の核問題解決にはなくてはならない存在となった。ブッシュ政権の核戦略についての基本戦略は、対中国を意識したものである。とくにミサイル防衛(MD)ではそうである。しかしイラク戦争を遂行する上からも、対中貿易という点からも、中国を無視することは不可能になりつつある。
 中国もまた、北朝鮮の核保有は絶対に認められない。それはアジアの緊張を激化させるだけである。そして何よりも中国は、北朝鮮のエネルギー問題に生殺与奪の力を持っている。
 一方日本政府は、この1年間どのような政策をとってきたのだろうか。拉致問題に振り回され、なんの戦略もないままに日を過ごしたにすぎなかった。北朝鮮とのパイプを持っていた田中均外務審議官を更迭し、北朝鮮に圧力を加えれば相手が軟化するだろうとの甘い観測に酔っていた。日本に帰国した拉致被害者は家族と分断されたまま1年を過ごした。その心中の不安は大変なものだったと思う。「拉致被害者を救う会」は、拉致問題を好機として、日本の各地に好戦的な保守・反動の動きを作っていった。右翼暴力団体「刀剣友の会」の一部もこれにつながっている。
 結局、日本政府の立つべき原点は日朝首脳会談の共同声明であろう。一番の問題は、米国・ブッシュ政権が北朝鮮の現政権は崩壊させるべきだと考えていることにある。たしかに徹底した独裁政治と先軍政治で、人々に民主主義的自由は存在しない。しかし数千万人の国民がいて、日々生活しているということと、この人たちへの人間としての連帯を見失ってはならない。対話による平和的解決以外に道はないことを理解し、2004年を平和的解決の年にしよう。

(W)