出版物原水禁ニュース
2004.02号 

2.今に続く核被害

 ビキニ水爆被災から50周年、マーシャル諸島のヒバクシャは今も現在進行形の核被害に直面している。

□奪われ続ける自分たちの土地

 マーシャル諸島には今も、残留放射能のため、自分の土地が奪われ続けている人々がいる。
 ロンゲラップ環礁民とビキニ環礁民は、「『ポイズン』(放射能)があり、自分の島々に戻ることができない」状況が続いている。ロンゲラップ環礁民はクワジェリン環礁メジャット島などへ、ビキニ環礁民はキリ島やマジュロ環礁エジット島などへ、それぞれ移住生活を余儀なくされている。マーシャル諸島民ならば、マーシャル諸島のどこかに自分の土地を持っており、自分の土地がない人はいない。自分の土地が使用できず、他の土地を借りるというのは、マーシャル諸島の本来の土地制度ではありえない、異常な状態である。
 現在ロンゲラップ環礁では、放射能汚染除去を含めた再定住計画が1998年から進行中である。しかし再定住計画の実施は、ロンゲラップ環礁にある約60の島々のうち、たった一つの本島(ロンゲラップ島)に限られている。そのためこの再定住計画では、環礁全域の生活空間を再生することは不可能であり、人々が一時滞在できても帰島定住できる見通しは立っていない。
 自分の土地を奪われ続けている人々は、中高齢者を中心に帰島への願いを持ち続けている。

□生活環境の激変

ビキニ環礁民の移住先、キリ島。周辺にはラグーンや小さな島々はない。
 自分の土地を奪われ続けている人々、さらに核実験場跡に帰島できたエニウェトク環礁民は、とりわけ核実験によって生活環境が激変させられ、不自由な生活を余儀なくされている。ロンゲラップ環礁民とビキニ環礁民は、移住先で、本来の生存環境と全く異なったもとで、暮らすことを余儀なくされている。あるロンゲラップ環礁民は、「(移住先の)メジャット島からは、自由に航海することができない。魚もそんなにとれない」と嘆く。ビキニ環礁民は、移住先のキリ島を「牢獄の島」と呼ぶ。それは「周囲には、行く島々がない。周囲に穏やかなラグーンはなく、海は荒れていて、外に出られない時もある」からである。

ビキニ環礁民の移住先、キリ島。周辺にはラグーンや小さな島はない。キリ島

 核実験場であったエニウェトク環礁では、放射能汚染除去作業が行われて、1980年から人々が再び暮らし始めている。しかし、生活環境は大きく変えられたままである。あるエニウェトク環礁の帰島者は、「戻れてうれしかったが、そこには以前と違い何もない。ヤシもパンノキも、タコノキも、そして離島も……。エニウェトク環礁は、変わってしまった」という。人々は本来環礁空間全域を使って生活をしてきたが、今もエニウェトク環礁の北半分の島々は、放射能汚染レベルが高いために活用できない。食糧が採れる場所は環礁の南半分に限られている。さらにエニウェトク環礁には、取り除いた放射能汚染物をコンクリートで格納したルニットドームもある。住民の多くは、ルニットドームを恐れている。

□文化の破壊

 核実験は、太平洋の小さな島々で自立的に生き抜く知恵を含んだ、「伝統」的な文化の衰退を招いている。
「伝統」的な文化の衰退はとりわけ長期間自分の土地を切り離され、本来の生活環境とは全く異なったもとで生活を余儀なくされている、ビキニ環礁民・ロンゲラップ環礁民の間で顕著にみられる。
 移住先における人々の食生活は、自分の土地から採れるヤシ、パンの実、タコの実、魚介類などのローカルフード中心から、缶詰や米・小麦などの補償食糧中心へと変わっている。移住先では、本来の生活空間である環礁全域に相当する生活空間が保障されていないために、十分な食糧を自給することができない。
   マーシャルカヌー
マーシャルカヌー

 移住先では、環礁全域を自由に動き回れないために、海洋の足だったマーシャルカヌーの文化が廃れている。最初のカヌーは、ビキニ環礁で作られたという伝説が残るが、「今その子孫である私たちは、カヌーの作り方や、操縦の仕方を知らない」(ビキニ環礁民)という。
 移住先では、「伝統」的な労働の機会も奪われている。離島の主たる現金収入源である(ヤシの実の果肉を干してヤシ油の原料となる)コプラ生産もおこなわず、ヤシやタコノキの葉を使った手工芸も衰退している。これらの主因は、移住先において原料となる資源が限られているからである。これらの生業に変わって、人々は補償金に依存した生活をしている。
 さらに移住生活が常態化するなかで、ロンゲラップ環礁やビキニ環礁民の共同体の弱体化を憂慮する声も聞かれる。あるビキニ環礁民は、「ビキニ環礁民の共同体は、今キリ島と(マジュロ環礁の)エジット島に別れている。キリ島とエジット島の子どもたちは、お互いを知らない。彼らは、同じ共同体同士だとは思わないであろう」と憂慮している。
 ここまで、移住生活を余儀なくされている人々に注目して核被害を見てきた。ここからは、自分の島に住み続けている人々にも目を配って、核被害を見ていきたい。

□健康状態の悪化

 核実験によってまかれた放射能は、人びとの健康状態の悪化を招いている。とりわけ「死の灰」による被害者からは、「あの爆弾の前には、(あまり)見られなかった新しい病気やいろいろな体の不調が出てきた」と言う話が頻繁に聞かれる。
 ヒバクシャが主張する新しい病気のなかには、甲状腺腫瘍やガンの発症も含まれている。これらの症状は、マーシャル諸島全体的に高い発症率が確認され、医学的見地からも放射線による晩発障害との関連性が疑われている。高橋達也医学博士らは、1993年から97年まで全国規模で甲状腺疾病に関する医学・疫学的調査をおこない、マーシャル諸島住民の甲状腺結節性病変と甲状腺ガンの有病率は高いと結論付けた。N・パラフォックス(Neal A. Palafox)医学博士らは、1998年にマーシャル諸島では、米と比べガンの発生率が高いことを指摘した。
 女性たちからは、医学的には立証されていないが、「クラゲや亀の卵のような赤ん坊が生まれてきた」(アイルック環礁民)など流産や死産をしたり、先天性障害を持った子を産んだりした経験も多く聞かれる。

□放射能に対する不安

 健康被害を発症させる放射能は、ヒバクシャたちに、不安を抱かせている。放射能は、目に見えないし臭いもしないが、人々は核実験によって「ポイズン」がまかれていると考えている。
 今は大丈夫でも、自分の将来あるいは子や孫たちの将来に不安を持っている人も多い。あるウトリック環礁民は、「私たちには、ウトリック環礁しか暮らす場所がないからそこで暮らしている。でも、ポイズンが地表に上ってきていると思う。ポイズンを含んだローカルフードを食べている。だから不安だ」という。ある再定住計画に従事した経験を持つ人からは、「ビキニ環礁では、放射能汚染された水を飲み、ローカルフードも食べた。だから将来、自分の身に何か起こるのではないかとても心配だ」との声が聞かれた。
 体調を崩した時には、(それが核実験との因果関係がないとされているものでも)核実験の記憶が頭をよぎり、体調不良と核実験を結びつけて考える人は多い。

□心の傷

 心の不安と共に、心に傷を抱いて暮らしているヒバクシャもいる。心の傷を持つヒバクシャは、とりわけロンゲラップ環礁民の間で見られる。
 彼らのなかには、他の島出身の人々や、時には親戚などからも、「ポイズン」を持っていると差別された経験を持つ人々がいる。例えば、「ある親たちが子どもたちに、『ポイズン』だから、ロンゲラップ環礁民がいるところには近寄るな、一緒に食べちゃダメ、彼らから何かもらってはダメだなどと言っていたのを聞いた」(ロンゲラップ環礁民)という。
 アメリカに対して、「家畜や動物のように扱われた」、「人体実験だった」と訴える人もいる。例えば、あるロンゲラップ環礁民の女性は、ビキニ水爆被災後「避難させられた時、(個室で水浴びではなく、)遠くからホースをかけられ、一斉に『洗浄』させられた。避難させられた時にも、毎日のように敷居のない海辺で水浴びさせられた。皆で一緒に、しかも男も一緒に水浴びをするなんて、マーシャル諸島の習慣ではありえない」と憤る。
先に述べた死産や流産の体験は、とりわけ話したがらない人も多いと言われている。流産や死産の話を、涙を浮かべながら話す人もいる。ヒバクシャにとって被差別体験や、米から動物扱いされた体験、流産や死産の体験などは、過ぎ去った過去の体験ではなく、心の傷となって今日も刻まれている体験なのである。
 ビキニ水爆被災から50周年、核実験によって放出された放射能は、マーシャル諸島のヒバクシャの日常生活を脅かし続けている。こうした核によって平和が破壊され続ける、マーシャル諸島の今を押さえたうえで、次にそうした視角だけでは十分に捉えきれない、もう一つのマーシャル諸島の今に目をむけていきたい。