出版物原水禁ニュース
2004.02号 

珠洲原発断念―ついに国策離れが始まった!

〈珠洲原発をめぐる動き〉
9.24 県議会で知事が「電力会社が早晩、判断」と答弁
9.25 「珠洲原発断念へ」と1面トップで地元紙報道
10.3 「1号機止まっていても電力余剰」と地元紙報道
10.21 「北電社長が8月中に県へ根回し」と地元紙報道
12.2 中部電力臨時取締り役会が断念決定
12.4 関電、北電取締役会も断念決定。表現は「凍結」
12.5 3電力社長が現地訪問。市長と知事に陳謝・説明
12.24 最高裁判決うけ東北電力が巻原発を白紙撤回
76年1月 珠洲原発、3社共同開発構想を発表
89年5月 関電が高屋で立地調査を開始
  6月 現地、市役所の座りこみで地調査を中断
91年4月 北野進氏が県議に初当選<定数2>
93年4月 市長選、樫田氏が惜敗。不正選挙発覚
93年6月 国の要対策重要電源に指定(珠洲1,2号)
95年12月 名古屋高裁金沢支部が市長選無効判決
96年5月 最高裁が上告棄却、林市長失職。
7月 やり直し市長選、樫田氏が貝蔵氏に惜敗
03年4月 北野進氏が県議選で議席失う〈定数1〉

 12月5日、珠洲原発計画が断念に追い込まれた。既に破綻している原発増設の「国策」から、電力会社が離脱し始めたことを示す画期的なものである。反対派は市長選や定数減(1)の県議選では勝てなかったが、14年間も調査を阻止して計画を凍結させてきた。これ以上の「凍結」は茶番である。推進派も断念を前提に動いている。

◆なぜ北陸電力が前面に?

 だが、この間の動きは誰が見ても奇妙なものであった。珠洲原発は、形式上は3電力で構成する「珠洲電源開発協議会」が開発主体だが、関電と中部電力が建設するもの。当然、両社が責任を持って説明しなければならない。だが、地元での連絡調整役にすぎない北電が、幕引き役を果たしてきた。関電、中電両社長は12月5日、最後のセレモニーを演じただけである。
「8月初旬、人目をしのんで石川県庁に入る新木社長の姿があった。この日になって県庁側に連絡が入ったという突然の訪問で、社長が向かった先は知事室だった。同じ時期に、新木社長は政界、地元など複数の関係先に自ら足を運んでいる」(10.21北国新聞) 
28年間も珠洲市民を苦しめてきたのに、無責任極まる幕引きのシナリオができたのは、遅くとも6月初めだったと推測される。6月末の株主総会で、2号機が全く余剰電力だと追及された新木社長は「関電と中電に90万kWを引き受けてもらう」(但し5年間。以後は60万kW)と釈明しているからである。
 これまで関電は、中電の最大のお得意先・トヨタ自動車を狙って激しい企業戦争を仕掛けただけでなく、志賀2号機の受電を少しでも減らそうと、もめてきた。それが一転した裏には、北電がしんどい根回し役を引き受ける代わりに、両社に2号機の電力を買ってもらう取引があったと見て良い。

11月20日北陸中日新聞より

◆敦賀3,4号増設も止めよ

 しかし、電力自由化の中で約束がいつまで守られるか保証はない。守られても運転再開5年後には60万Kwに減らされる。135・8万kW―60万kW=75.8万kWもの余剰電力を北電は抱えてしまう。右のグラフを見ても03年現在、3電力の需給予測は関電が4百万kW、中電が3百万kW、北電が40万kWも下回っているのである。
 さらに、3社が触れていない問題がある。敦賀3、4号の増設に伴う余剰電力だ。135万kW×2基=270万kWは3社が受電しなければならない。福井県知事と敦賀市長は地元同意をしたが、日本原電は未だに安全審査を申請していない。3社が引受けを渋っているからだ。
国の基本計画に入っていた巻原発も白紙撤回された。国は無謀極まる増設計画を直ちに中止すべきだ。そして福島県が提言しているように核燃料サイクル計画の凍結・見直しを始めるべきである

 (石川・多名賀哲也)。