出版物原水禁ニュース
2004.02号 

【短信】

◆ITERの日本誘致に反対しよう

 国際熱核融合実験炉(ITER=イーター)の建設地を決める関係国・地域の閣僚級会議が、米国バージニア州で開催されましたが、フランス南部のカダラッシュを推すEUと六ヶ所村を推す日本が譲らず、結論は2月のウィーンでの会議に先送りされました。
 ITERというのは、核融合反応を持続させるための研究で、日本でいえば高速増殖炉の「常陽」よりまだ前の実験施設なのです。だから未来の「夢のエネルギー」なんて話からはほど遠い研究を、金がかかりすぎるから、これまでは各国で進めていた研究を1ヵ所にしようという施設なのです。総費用は1兆3千億円もかかると想定されていて、その6割は誘致した国が負担しなければなりません。費用はおそらくもっともっと増えるでしょう。
 その上ITERでは大量のトリチウム(三重水素)を使います。トリチウムから出る中性子によって、施設は放射能を帯び、さらにトリチウムが漏れ出ると水と一緒になって生物の体内に入り込み、遺伝子に影響を与えます。なんでこんなものを日本政府も、六ヶ所村も誘致に必死になるのでしょう。ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんも反対しています。「百害あって一利なし」の見本みたいなものです。ITER建設に強く反対しましょう。

◆新潟・巻原発建設ついに断念

 東北電力が新潟県巻町に計画していた巻原発の計画は、昨年12月19日、ついに断念が表明されました。
 原発の炉心部とされている町有地を、笹口孝明・巻町長が反対派住民23人に売却し、所有権移転登記をしたのは違法として、推進派の町議らが町長と土地購入の住民らに所有権移転登記の抹消などを求めた裁判で、一審、二審で売却は適法との判断が出され、推進派が上告受理申立書を提出していましたが、昨年12月18日に最高裁は上告を受理しない決定を出しました。電力会社が炉心を動かそうにも、炉心近くの土地は反対派住民が共有地として保有していて、建設はほとんど不可能なのです。巻原発は1980年に国の「電源開発基本計画」に組み込まれましたが、炉心近くの土地が買収できず、安全審査が出来ない状態が続いていました。しかし東北電力が町民の切り崩しを強引に行い、これまで凍結の姿勢を示していた町長が推進に態度を変更、町有地の売却寸前までいったのを住民が座り込みやハンストで阻止、95年の統一地方選で反対派が過半数を確保し、さらに町長リコールを経て、反対派の笹口町長が実現。笹口町長によって原発建設の是非を問う住民投票が行われ、建設反対が過半数を占めました。
 巻原発の計画が発表されてから30年余。長い運動の末の住民の勝利に心からの祝福と敬意を表します。

■被災50周年3・1ビキニ全国集会

と き:3月1日(月)18:00〜20:00
ところ:静岡県女性総合センター「あざれあ」
主 催:原水禁、原水禁東海ブロック、静岡原水禁
内 容:講演・豊崎博光(フォト・ジャーナリスト)
「ビキニ事件の今日的意義と課題」
    証言・大石又七(元第五福竜丸乗組員)

■久保山愛吉さん墓前祭

と き:3月2日(火)13:00〜13:30
ところ:焼津市・弘徳院
主 催:ビキニ全国集会と同じ

■ビキニ50周年水爆被災市民のつどいin三浦

と き:2月29日(日)13:00〜16:00
ところ:三浦市・漁協センター内「うらり」
主 催:原水禁、神奈川平和運動センター、三浦半島地区労、横須賀原水禁
内 容:講演・前田哲男、証言、アピール

■被災50周年3・1ビキニデーキャラバン

日 程:2月28日(土)10:00〜3月1日(月)12:00
コース:東京・夢の島「第五福竜丸展示館」前出発〜品川区〜大田区〜(2/29)川崎市〜横浜市〜横須賀市〜三浦市〜(3/1)静岡市


【編集後記】

●アフガニスタンのロヤ・ジルガ(国民大会議)が1月4日、憲法を採択しました。男女平等の権利は国連や米国の努力によってかろうじて入りましたが、当初の草案にあった女性の権利の多くは、イスラム原理主義者のムジャヒディーンの反対にあって、ほとんど骨抜きにされました。アフガン女性の生活は、タリバンの時代も、タリバン以後もほとんど改善されていません。
●イラクでも米英占領下で、白昼に女性への迫害、暴力が日常的に行われています。解放者で、民主主義を実現すると公言していた米英軍は、ゲリラを恐れて基地から出ようとしないと伝えられています。米軍の死者の増加もさることながら、負傷者もものすごい数です。昨年11月現在で7500人と伝えられています。そのほとんどは志願した黒人や移民などの貧しい人たちです。しかしイラク人一般市民の死者は5万人ともいわれています。こういう状況のイラクに自衛隊が出ていこうとしているのです。
●今月号は竹峰さんの特別寄稿によって16ページとなりました。ビキニから50年も経っているのに、核被害は増える一方です。被害は軍事利用から商業利用へと広がっています。2004年、私たちは希望を失ってはなりません。どんな年になるのか、それは私たちの活動次第なのです。
●誌面に対するご意見・ご要望等ありましたら、お寄せください。