出版物原水禁ニュース
2004.06号 

日本の核武装論を検証する 2

国際的な孤立と引き替えの日本核武装

原水禁ニュース5月号で、日本が核武装しようと決意したならすぐにでも可能だということを説明しました。しかし、そのためには越えなければならないいくつかのハードルが存在します。
国内的には、まず「憲法第9条」があり、「原子力基本法」があります。原子力基本法第2条(基本方針)には「原子力の研究、開発及び利用は、平和目的に限り…」と書かれています。さらに日本政府が国会で再々にわたって表明してきた「非核三原則」の壁も存在します。日本政府はこれらの改正、変更のために国民の同意を得なければなりません。
さらにNPT(核拡散防止条約)、CTBT(包括的核実験禁止条約)、IAEA(国際原子力機関)から脱退するために国会で脱退を決議しなければなりません。
こうした問題をすべてクリアした上で、初めて日本は核武装が可能となります。しかしこのような日本は、国際的に完全に孤立した存在となるでしょう。資源や食料を海外に依存し、貿易によって国の経済が成り立っている日本に、そのような選択が可能でしょうか。日本国民はそのような選択を断固拒否するでしょう。

国家プロジェクトとしてのみ核武装が可能

仮に日本が核爆弾を保有するとした場合、運搬手段などを考えるとプルトニウム爆弾ということになりますが、プルトニウム爆弾の製造は、それほど簡単ではありません。設計図の概要は分かっていても、詳細な図はテストを繰り返しながら作っていく必要があります。プルトニウムの爆縮とは(原水禁ニュース5月号の「核問題入門」を参照)、例えば野球ボール大のプルトニウムを、均等な圧力でピンポン球程度に圧縮するのですが、それは百万分の一秒という時間内に圧縮しなければなりません。
高性能爆薬の技術や機械工学の技術など、さまざまな分野の科学者、技術者の協力が必要になります。つまり日本が核武装をするには、国家プロジェクトが不可欠なのです。秘密裏に製造することは技術的に無理だということを理解する必要があります。
また核兵器は、秘密裏に保有しておく兵器ではありません。核兵器の保有を公表することによって、相手側に攻撃をためらわせる=戦争抑止力としての効果を求める兵器なのです。したがって日本が核兵器を保持した場合、それを国際的に公表しなければ意味がないのです。しかし、日本でこれまで出ている核武装論には、このような問題が一切捨象されて論じられています。
さらに日本が一旦核武装に踏み切った場合、中国との軍事的対立を覚悟しなければなりません。国土の大きさの違い、ミサイル発射から到達までの時間が10分もかからないという問題など、日本が核武装することによって安全が保障されるどころか、むしろ不安定になることを覚悟することが必要なのです。

日本政府による核武装是非の研究

1968年7月1日に、NPT(核拡散防止条約)が米英ソ三国で調印されるのですが、日本ではその前後に、日本の独自核武装の是非についての秘密研究会が、日本政府と外務省によって行われていました。
佐藤内閣による秘密研究会は、67年から2年半にわたって、蝋(ろう)山道雄・国際文化会館調査室長(当時)を中心に、著名な国際政治学者や、科学者ら十数人が参加して行われ、68年と70年の2回に分けて「日本の核政策に関する基礎的研究」と題する報告書を作成しました(朝日新聞1994.11.13)。
朝日新聞は、この報告書は(1)プルトニウム原爆の少量開発は可能、(2)だが、核武装すれば周辺諸国の疑いを招き、外交的孤立は必至、(3)わずかな核兵器で抑止力を維持するのは困難、(4)財政負担も巨額、(5)国民の支持が得にくい、などとして「核戦力は持てない」と明確に結論づけている、と報道しています。
68年1月の施政演説で佐藤首相は、核兵器を「作らず」「持たず」「持ち込ませず」という、その後国是となった「非核三原則」を明らかにしましたが、この研究会の議論が影響していることは、十分考えられます。

外務省が「核カード」保持の方針

一方外務省は、68年に「外交政策委員会」という非公式な研究会を発足させました。メンバーには外務審議官を委員長に、各局の次長、審議官ら20数人が参加したといいます。
この研究は「わが国の外交政策大綱」という文書にまとめられるのですが、その表紙には「極秘」の印が押されています。また内容も、1月に佐藤首相が非核三原則を国会で表明したにもかかわらず、「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持する」とともに、これに対する制約は受けないようにする、と書かれてあります(続く)。

(W)