出版物原水禁ニュース
2004.07号 

日本の核武装論を検証するIII

外務省はフリーハンドを、防衛庁は保持しない

外務省の「核武装フリーハンド」保持

 先月号で紹介した、外務省が「核兵器製造の能力を保持し、周囲からの干渉は受けない」とした秘密文書は、1969年に作成されたものですが、公になったのは、1994年8月1日、毎日新聞のスクープによってです。
 このニュースは、日本国内よりも海外──とくにアジア諸国から強い反発の声が上がり、河野外相は8月3日、緊急記者会見し、文書の存在は認めたものの、内容についてのコメントを避け、「日本は今後とも唯一の被爆国として非核三原則を堅持し、NPTの義務を遵守していく」と、日本に核武装の意思がないことを強調しました。
その前年の68年1月に、佐藤首相の施政演説で核兵器を「作らず」「持たず」「持ち込ませず」の非核三原則を述べた後に、外務省は首相が述べた方針を否定する秘密の研究会を持ったのですが、そこには外務省だけではなく、核のフリーハンドを保持しておきたいという政治勢力が存在していたのではないでしょうか。 
日本はその後NPT条約に批准・加盟したのですが、95年のNPT無期限延長にも外務省は難色を示したと伝えられています。しかし、なぜ反対なのかについての説明は、外務省はいっさい国民にしていません。

防衛庁、核保有について研究

 一方、防衛庁でも1995年に日本の核武装の是非について検討し、報告書を作っていたことが2003年2月に明らかになりました。畠山蕃事務次官(当時)の指示で、防衛研究所、統幕、内局の何人かによって検討され、「大量破壊兵器の拡散問題について」という30頁の報告書にまとめられました。
前年の94年には北朝鮮の核開発疑惑が起こる一方、95年5月にはNPTの無期限延長が決まるという情勢の中での検討です。

報告書は、冷戦後の核戦略の変容をさまざまな観点から分析するとともに、日本にとって核武装は意義ある選択なのか、などについて検討しています。

そして「確証破壊」(核攻撃は相互にはかりしれない被害を与える)という冷戦時の核抑止戦略によって、核兵器を保持することは、国土狭隘、人口周密、都市集中など極めて脆弱な地理的特性を有する日本では、否定的にならざるを得ない、と述べています。

また日本が核保有国に踏み切ることは、現在の不拡散体制の破壊をリードすることになるだけでなく、米国から、日米安保条約に対する不信の表明と理解され、周辺諸国からも日本が日米安保条約の枠組みから離脱すると見られる。対外的にも国内的にも政治的混乱を作り出すとしています。

最悪のケースとして、日米同盟の破綻、核不拡散レジームの崩壊、各国が核武装へ傾斜、という状況が生じても、国際社会の安定に依存する通商国家が、自国の核兵器により、自らの生存を確保し、その権益を擁護することにどれほどの意義があるかは、疑問といわざるをえない。日本の核に対する地政学上の脆弱性が克服され、相手国との被害の交換をしても、問題にならないまでに窮乏化が進んでいる、という条件が満たされれば、核のオプションもあり得ようが、そんなことは、検討に値しない──とし、(1)核保有国が非核兵器国に対して、核攻撃しないという「消極的安全保障」の制度化、(2)非核兵器国が核脅威や、核攻撃を受けた場合に国連安保理を介して、救済措置を採るという「積極的安全保障」を追求すべきで、現在NPT体制上、閉鎖的な核保有クラブとなっている安保理常任理事国のメンバーシップを、何らかの形で拡大する趣旨で国連改革を検討していくことが必要としています。
米国の核抑止力に頼ることが最良の選択としている点は、私たちの立場とは異なりますが、日本の地理的条件、人口周密度、日本が国際社会の安定に依存する通商国家であることから、核武装を否定する内容は、私たちと共通の認識とする部分が多いといえます。

報告書は最後に、核に対する無知が、核問題を厄介なものとしていると認識していくことにより、わが国の核に対する政策を発展させることが期待できる、と述べています。

日本で行われた2度の公式な検討・研究会の結論が、ともに日本の核武装を否定していることに、一応私たちは安心します。
しかし、ますます米国への傾斜を深めていく日本、さらにときとして、日本の核武装への懸念とは別に、日本の核武装を勧める意見が、米国内からも出ているのをみるとき、私たちは警戒を緩めてはならないと思います。
私たちもまた、核兵器についての知識──被害についてはもちろん、どのようにして核兵器が製造可能かなどの知識を持つことが、これからの反核運動に求められているといえます。

(W)