出版物原水禁ニュース
2004.08号 

ブッシュ政権の核戦略(3)

戦術核撤去の91年宣言を反故に

「核態勢の見直し」で新型核の開発と実験をしめす

ブッシュ政権が発表した「核態勢の見直し」は、冷戦時代は、米国および同盟国にどのような脅威が存在するかを考え、それに対応する戦略を考える「脅威ベース」だったが、これからは敵に対してどのような対応をとればよいかを考える「能力ベース」へ転換したこと、そのためにこれまでの「核戦略3本柱」に代わって、「新3本柱」を設定したと、書いてきました。
この3番目の柱が、防衛インフラの再活性です。
「核態勢の見直し」は、「米国が急激に変化する状況に適応できるように、国防省と国家安全保障管理局の技術的基盤および生産即応インフラを近代化しなければならない。」「核弾頭インフラ、とくに生産複合体に対する投資不足が続いたために、備蓄に重大な問題が発見された場合に、既存の設計を一新したり、交換したりする将来の選択肢が限られたものになっているという、リスクが増大している。」
「例えば今後10年の後半になれば、暫定的なピットの生産能力が確立する予定とはいえ、プルトニウム・ピット(水爆の起爆装置の核分裂爆弾となる)、2次爆発装置(水爆の核融合部分)のいくつかの構成部品、あるいは完成弾頭を組み立てるための能力は現在存在していない。」「指示があれば、新たな国家的要求に対応するために、新弾頭を設計、開発し、生産、認証したり、必要なときに地下核実験を再開する準備態勢を維持したりすることができるような、核兵器複合体を復活させる必要がある。」と述べています。

91年に戦術核兵器を約束

ところで1987年から93年にかけての6年間は、もっとも米ソの核軍縮が進んだ時期でした。
87年には、INF全廃条約(中距離及び準中距離ミサイル廃棄に関する米ソ条約)が調印され(発効は88年)、91年7月に、米ソ両首脳はSTARTI(戦略兵器削減および制限に関する米ソ条約)に署名しました。さらに9月には米国のブッシュ・米大統領(パパブッシュ)が、地上発射戦術核兵器、巡航ミサイルを含む水上艦艇と攻撃型原潜の戦術核兵器を、平時には撤去し、一部を本国で保管すると発表しました(但しヨーロッパ配備航空機搭載の戦術核兵器を除く)。これを受けて10月、ゴルバチョフ・ソ連書記長も核砲弾、核地雷、戦術核ミサイルの弾頭を破壊し、水上艦艇、原潜、地上配備の海軍航空機の核弾頭を撤去すると発表しました。
91年12月にソ連は解体するのですが、ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンなどに配備されていた戦略核兵器、戦術核兵器はロシアへ移転・解体されました(ウクライナだけ自国で戦略核兵器を廃棄)。
その後米ロ間では93年にSTARTII(第2次戦略兵器削減条約)が調印(米96年批准、ロシア2000年批准)され、02年には米ロ戦略的攻撃能力削減に関する条約(モスクワ条約)が調印されるのですが、この条約については改めて書きたいと思います。
問題は米ソ(ロ)で核兵器の解体が進行した結果、米国では軍需産業が深刻な不況に陥り、また核兵器製造のインフラストラクチャーが不安定になったということです。状況はロシアも同じといえます。

91年戦術核撤去宣言を破棄してしまった米ロ

1999年4月29日、ロシア安全保障会議は軍事ドクトリン「非戦略核兵器(作戦・戦術核兵器)の充実と使用構想」を採択しました。このなかには地上戦用のミサイル、火砲(射程40キロメートル以内)の核弾頭が含まれていました。さらに昨年・03年10月には「核兵器の限定使用も検討する」との新軍事ドクトリンを発表しました。
つまり、ゴルバチョフ大統領によって撤去された戦術核兵器を復活させる方針を確認したのです。
米国も息子のブッシュ大統領が03年11月、これまで禁止されていた5キロトン以下の小型核兵器研究を認める04年度国防予算案に署名しましたが、この予算案には強力地中貫通核爆弾の研究、最新式のプルトニウム・ピット(水爆の起爆部分)製造施設の設計、核実験再開期間の短縮研究などが盛り込まれています。
もともと戦術核兵器の撤去は宣言ですから、法的な拘束力はありません。また前方展開の戦術核の撤去ということでしたから、厳密な意味では宣言無視とはいえません。
しかし、戦術核撤去の背景には、通常兵器と戦術核との敷居がなくなり、安易に戦術核が使われる危険が存在していた、それをなくそうという意識が存在していたことを考えれば、米ロとも91年の戦術核兵器撤去宣言を、ほぼ反故にしたというのが実情です。とくに米国は「核態勢の見直し」という形で、戦術核兵器の新たな開発、配備を合法化したといえます。

(W)