出版物原水禁ニュース
2004.09号 

日韓被爆二世シンポジウムを開催

全国被爆二世団体連絡協議会(略称二世協)は、1988年の結成以来、被爆二世問題の解決のために活動を続けてきました。原水禁としても、その活動を積極的に支援・協力をしてきました。

 これまで主な活動として被爆者援護法の被爆二世への適用を求め厚生労働省交渉を毎年行い、1989年以来、韓国との被爆二世との交流も続けてきました。その中で、第1回の日韓被爆二世シンポジウムが広島と長崎で開催されました。11年後の2000年には韓国・ソウルにおいて第2回のシンポジウムが開催され、2003年には、韓国・釜山でも開催してきました。

 今年は日韓被爆二世の課題を中心に広範囲な被爆者課題の解決のために、東京においてシンポジウムや分科会を開催しました。あわせて被爆二世の課題解決に向けた政府・厚生労働省への要請を行いました。

 広島・長崎の原爆投下から59年・60年(来年)が経過しようとする中で、被爆二世の課題も重要な時期を迎えています。被爆60周年とその後のヒロシマ・ナガサキの運動を被爆二世としてどう継承・展開していくべきかが問われる重要な取り組みです。また、来年の被爆60周年にも、広島において第5回目のシンポジウムを考えています。今月号で全体会と二つの分科会の概要を紹介します。

1989年以来、第4回目になる日韓被爆二世シンポジウムが、今回初めて東京で開催されました。主催者挨拶の中で、全国被爆二世連絡協議会の平野伸人会長は、「戦後59年間『援護なき差別』の状況で放置されてきた被爆二世問題を、広島・長崎だけでなく国民的な課題とするために、東京での開催は意義深い」と述べ、韓国被爆二世の会の李承徳会長は「日韓被爆二世の出会いから15年を経過した今回のシンポジウムを、被爆者問題の延長線上としてではなく、二世問題を正面から考える契機にしたい」と語りました。

 全体会では、原水禁の福山事務局長をコーディネーターに、日韓5人がパネルディスカッションを行いました。広島の中谷悦子さんは、相談窓口に寄せられた被爆者や二世の思いと自らの思いを語り、被爆二世は差別と偏見におびえるのではなく、それを打ち破る援護策を求めて立ち上がる時だと訴えました。

長崎の崎山昇さんは、被爆二世に法的な定義がないのは法的施策がとられていないためだと指摘、二世対策の現状と問題点に言及しました。

韓国の李太宰(イ・テジェ)さんは、日本の侵略の結果として被爆させられた親から生まれた韓国の二世の置かれている、日本とはまた違った厳しい状況を指摘しながら、日韓の二世が連帯して全世界に向けて核被害者が出ないように運動することが重要だと述べました。

続いて姜成浩(カン・ソンホ)さんは、まず日韓が歴史確認を共有し過去の清算をすることが必要とし、日韓の被爆二世が健康不安・社会的差別・親の体験の継承など共通の課題を持って連帯することが重要だと提起しました。

最後に、広島の角田拓さんは、アメリカ・スミソニアン博物館でのエノラゲイ展示に抗議する行動に参加した際、被爆者から受け継がなければならないものがあると同時に、被爆二世として伝えなければならないものがあるのだという思いに至ったと述べました。
 日本国内の被爆二世は30万とも50万とも言われますが、実態はいまだ明らかではありません。被爆60年を前に、被爆二世の実態を明らかにし、被爆者援護に二・三世対策や在外被爆者対策等、国家補償に基づく被爆者援護の充実を求めていくことなど、課題は山積しているといえます。

午後の分科会をはさみ、最後に日韓被爆二世共同宣言を採択し、日韓の被爆二世がより連帯を深め、核も戦争もない平和な世界を実現に向けて運動していくことなどを誓って閉会しました。

(長崎県被爆二世教職員の会 柿本実千子)