出版物原水禁ニュース
2004.10号 

被爆59周年原水爆禁止世界大会を開催

 被爆59周年原水爆禁止世界大会は、8月1日の東京での国際会議を皮切りに4〜6日には広島大会、7〜9日は長崎大会を開催しました。

 3,500人が参加した8月4日の広島大会・開会総会では岩松繁俊大会実行委員長(原水禁議長)は「日本の戦争被害だけでなく、加害責任にも目を向けて平和運動に取り組みたい」とあいさつしました。広島大会・開会総会

また、来賓の秋葉忠利市長は「来年の被爆60周年を意義あるものとするためこの1年頑張っていきたい。戦争の悲惨さを次の世代につなげ、それをエネルギーに、行動につなげていこう」と呼びかけ、来年5月にニューヨークで開催予定のNPT(核不拡散条約)再検討会議で「2020年を核兵器廃絶の目標年次とし、2010年までに核兵器禁止条約を締結する中間目標を盛り込んだ行動プログラムが採択されるよう平和市長会議を中心に世界の都市、市民、NGOは、志を同じくする国々とともに核兵器廃絶のための緊急行動を展開したい」と提起しました。広島・折り鶴平和行進

また、海外ゲストとして参加したリトアニア・チェルノブイリ運動・議長(原発事故後の放射線汚染物除去作業による被曝者たちが抱える問題を国内外に訴えているチェルノブイリ原発事故被害者)のケディミナス・ヤンチャウスカスさんは、「ヒロシマ・ナガサキ・チェルノブイリは人類の無責任さが犯した罪だ。これらの歴史を忘れずに教訓としていくことが必要だ」と訴えました。


<広島大会分科会>

原子力政策の転換に向けて 翌5日は、「核・原子力問題入門」「エネルギー政策の展開にむけて」「アメリカの核戦略と東北アジアの非核化」「NPT再検討会議に向けた日本の役割」や「原爆訴訟・在外被爆者問題」「イラクの現状と劣化ウラン問題」「原子力政策の転換へ向けて」などをテーマに9つの分科会で熱心な討議が行われました。また、フィールドワークと女性交流など2つのひろばも開催されました。

「NPT再検討会議に向けた日本の役割」をテーマとした第1分科会では、黒沢満・大阪大学教授が「核不拡散あるいは対抗拡散が非常に重視される一方で、核軍縮が軽視または無視されている」との国際情勢の認識を示し、アメリカは大量破壊兵器の存在を理由にイラク戦争を起こし、今年2月の「ブッシュ不拡散7項目」で他国の平和利用をも制限しようとしているが、自国の核軍縮には関心を示していないと指摘しました。そして、日本の役割として、アメリカの同盟国である日本とオーストラリア、カナダの非核兵器3ヵ国で核軍縮推進の一点で共同行動をとることを提起しました。

「来年の再検討会議に向けて何をしていくべきか」との会場からの質問に答えた原水禁の福山事務局長は、平和市長会議が提起するプランの実現に向けて、連合などとも連携した署名活動を展開するとともに、9月の第4回・6ヵ国協議で「東北アジア非核地帯」の設置に道が開かれるよう日本をはじめ関係政府に働きかけていきたいと述べました。

 被爆者援護法をテーマにした第3分科会では、原爆症認定を求め、全国の11地域で被爆者146人が係争中の「被爆者集団訴訟」について、広島の支援団体・代表世話人の田村和之さんは「原告は裁判を通して原爆の残酷さを明らかにしようとしている。核兵器廃絶、核戦争阻止につながる闘いでもある」と述べ、支援を求めました。

 また、4回目となった小中高校生らが平和のメッセージを世界に発信する「メッセージfromヒロシマ」が定着。今年も会場から電子メールで日本政府や核兵器保有国の政府に一斉に送信されました(参照)。

 6日の広島集会・「まとめ集会」には650人が参加し、アメリカの核政策転換や、北朝鮮の核問題の平和的解決、憲法改正反対、被爆者援護の充実を求める「ヒロシマ・アピール」を採択。「核燃料直接処理」試算資料隠しを糾弾し、六ヶ所再処理工場閉鎖とプルサーマル計画中止を求める決議も提案・採択されました。また、集会ではイラク戦争の取材を続けるフォトジャーナリストの豊田直己さんが現地状況を報告し、戦争を支持した日本政府を批判。「これ以上、戦争の犠牲者をつくってはならない」と訴えました。

<長崎大会>

 続いて7日から開かれた長崎大会・開会総会には2,000人が参加。あいさつに立った長崎実行委員会の中崎幸夫委員長は「世界は、核廃絶を訴える被爆者の思いと逆の方向に流れている。被爆国である日本が平和主義の大切さをもっとアピールしなければならない」とよびかけました。そして、「核と人類は共存できないという原点に返るべき」と指摘して福山事務局長が大会基調の提案を行いました。また、全米最大の軍縮・平和運動団体「ピース・アクション」のケビン・マーティン事務局長は、イラク戦争を推し進めたアメリカブッシユ政権を厳しく批判し「イラクへの攻撃は軍事戦略にほかならない」「ブッシュのウソと石油のためにイラクで多くの命が奪われた」と指摘。NPT再検討会議に向け、世界各地の非政府組織(NGO)の協力による反核・平和運動の拡大をよびかけました。

 長崎からのアピールでは、高校生平和大使OBの草野史興さん(19)が「平和活動・署名活動は無力じゃない。若者が自分たちの世界をより良くするために行動を」と力強く訴えました。高校生が活躍

 翌8日は7つの分科会と5つのひろば・フィールドワーク、「ヒバクシャ国際会議」(5ページに掲載)に別れて活発に議論や活動交流が行われました。

 東北アジアの核問題を取り上げた第1分科会ではピースボートスタッフの川崎哲さんは北朝鮮の核開発問題解決に不可欠なポイントとして、(1)武力によらない解決ができるかどうか(2)北朝鮮の核開発計画の完全放棄の達成(3)国際条約の信頼回復(4)強制連行や従軍「慰安婦」など日朝間の歴史問題・拉致問題の解決──をあげました。そして、「第二の朝鮮戦争」を起こさないことが最も核心的な問題だとして、そのためにはアメリカによる法的拘束力を含めた北朝鮮への「安全の保障」が必要だと指摘しました。

「被爆の実相を引き継ぐために」として、被爆者二世・三世問題の解決をめざして、をテーマとした分科会では、全国被爆二世団体連絡協議会の平野伸人会長が「リスクを持った人には援護が必要だ。二世問題を国民的課題とし、差別なき援護を勝ちとりたい」と被爆二世運動の現状について報告があり、原水禁の市川副議長からは、放射線の遺伝的影響について説明があり、微量放射線でも影響があることや、放射線誘発突然変異は影響が大きく元に復帰する可能性が極めて低く、被爆二世に続き三世の健康調査が必要であることが指摘されました。

 9日の閉会総会には2,500人が参加。市川定夫・副実行委員長(原水禁副議長)の開会あいさつ、原水禁平和行進の長崎から沖縄へのタスキリレーに続いて、海外代表のスピーチとしてオーストラリアの先住民で国内のウラン鉱山のヒバクの現状や補償問題に取り組んでいるスピーディ・マックギネスさんから訴えがありました。

福山事務局長の大会のまとめ、「米原子力空母(ジョン・C・ステニス)の佐世保寄港に反対する特別決議」の提案・採択に続き、「対話と共存を基本とした平和な世界を実現しよう」を旨とした大会宣言を採択。爆心地公園まで厳しい暑さの中「非核・平和行進」を行い、原爆投下された11時02分には全員で黙とう。その後、原爆資料館見学を経て、大会の全日程を終了しました。


今年も盛り上がった子どものひろば

平和を考えるお友だちがいっぱい──「メッセージfromヒロシマ」に300人が参加

高校生や若者たちによる企画運営で開催された「メッセージfromヒロシマ2004」も、今年で4回目を迎えました。8月5日例年にない暑さの中、朝8時30分からの子ども慰霊祭〜フィールドワークに参加の子どもたちは、最初ちょっと疲れ気味の合流だったかもしれません。しかし、平和の思いをメッセージカードに思い思いに書くコーナーでは、一生懸命で時間が足らないほどでした。

また、アメリカや全国のお友達からのメッセージに続く踊りコーナーも結構乗り乗り。カウントダウンでみんなの平和への思いをアメリカなど核保有国にメール発信しました。そして、最後にみんなで作った平和のメッセージが大きなハート型のモニュメントとなって発表されました。少々ヒートアップした中、習い覚えた「花祭り」を踊りながらのフィナーレとなりました。

今年は、海外ゲストとしてアメリカから参加してくれた大学生が、この後長崎の子どもの広場にも参加しました。また、広島で作ったハートマークも長崎に引き継がれ、長崎でもメッセージが書き込まれて完成というように、広島と長崎をつなげることができました。


フィナーレはみんなで「花祭り」を踊りました。

長崎では「ピースブリッジ2004」をはじめて開催

長崎の子どものひろばは、学習が中心の低学年向けと高校生によるシンポジウムとに分かれて開催していましたが、今年はじめて高校生と若者が企画した低学年から高校生まで参加する1部と、それぞれ分かれて参加する2部、学習フィールドワークと日米若者シンポジウムが8月9日開催され、楽しくかつ真剣な意見交換が行われました。

被爆59周年原水爆禁止世界大会
【報告集】
9月下旬発行予定!定価1,500円
 東京での国際会議キーノートスピーチ、「朝鮮半島をめぐる核問題」、長崎での国際会議「ヒバクシャ補償問題」、大会宣言、メッセージfromヒロシマなどを掲載。盛り沢山の内容です。
A4判84ページ