出版物原水禁ニュース
2004.10号 

被爆59周年原水爆禁止世界大会・国際会議報告

核問題を中心に東京国際会議、ヒバクシャ補償問題で長崎国際会議

国際会議、朝鮮半島・核問題で討論

被爆59周年原水禁止世界大会は8月1日、東京・YMCAアジア青少年センターの国際会議で幕を開けました。東京国際会議は核問題を中心に論議する場として設定され、約150人が参加しました。

まず福山大会事務局長のキーノートスピーチに続いて、李鐘元さん(リ・ジョンウォン=立教大学)、ハンス・クリステンセンさん(米・自然資源保護協議会・NRDC)、石坂浩一さん(立教大学)ら3人のパネリストによる問題提起のあと、質疑・討論が行われました。なお当初、米国のピースアクション事務局長も参加する予定でしたが、飛行機の都合で参加できず(広島、長崎大会に参加)、事前に準備されていたスピーチ原稿による参加となりました(8頁参照)。詳しい会議の報告については「報告集」をお読み下さい。

朝鮮半島の核・平和問題の現状と展望

 最初に李鐘元さんが、核開発を宣言してきた北朝鮮が、朝鮮半島の非核化に言及するなど、核開発を認めないという線に6ヵ国で意見が一致してきている。完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄の問題や、補償要求についての議論は進んでいないが、変化してきている。北朝鮮は段階的な核凍結と補償を求め、米国も凍結は3ヵ月間で行う必要があると、段階的凍結を容認する動きも出ている。

このような米国の変化は、イラク戦争でネオコンの影響力が低下していること。北朝鮮問題の手詰まり状態に、政府や議会内に話し合いを進めるべきという声が出てきているためではないか。さらにこの間、米国が北朝鮮攻撃の主張に韓国が厳しく反発し、経済制裁についても、中国の協力が得られなければ効果がない。結局、北朝鮮に対して“何もしない”“無視する”以外何もできなかった。その結果、事態が悪化しているのが現実だ。

一方、北朝鮮は核保有の姿勢で、米国から譲歩を得てきたが、それで体制を維持できたとしても、体制を立て直し、経済活動を強めるため、多額の軍事費が重荷になっている。最近の日・韓との関係改善の動きは、政策転換をどこで図るかを模索している動きだ。しかし冷戦崩壊後、世界が北朝鮮孤立化政策を進めてきたことが、北朝鮮に核保有衝動を強めた側面がある。

日中韓の3ヵ国とロシアが協調し、米国がこれ以上の圧力を与えず、北朝鮮に安心感を与えていくことが重要、と今後の六ヵ国協議への課題を提起しました。

米国の韓国から核撤去とその後の核政策

ついでハンス・クリステンセンさんが、韓国へ米国が行った核配備は、67年には1000発が配備されていたが、91年にすべて撤去した。しかし、撤去後に核兵器の近代化や核攻撃を意図した大規模演習が行われた。98年にノースカロライナで、北朝鮮が韓国を侵攻、それを受けて米国がピョンヤンに核攻撃を行うシナリオで演習が行われた。軍幹部は議会で「ゴロツキ国家」への抑止力として核兵器は有効で、「その使用はためらわない」と証言している。

 01年末のNPR(核態勢の見直し)でも、北朝鮮の地下施設の破壊に核兵器使用を考えている。しかし、核兵器が使われれば、地上でも壊滅的な打撃を受けるのは明らかだ。10キロトン級の爆弾を使ったとしても、170kuに死の灰が拡散する。韓国ばかりではなく日本や中国にも核の被害が及ぶことになる。

つまり韓国から核を撤去したといっても、大規模な演習が行われ、核兵器の近代化が進んでいった。その背景には核の傘があるから安全という考えが、日本と韓国にある。日本や韓国がこの考えを引きずって、今まで以上に米国との関係を強めれば、危険な動きに拍車がかかることになる──と訴えました。

日朝国交正常化に向けて

 最後に石坂浩一さんが、北朝鮮への反感が日本以上に強い韓国で、北朝鮮を客観的に考察しようとする動きや、北朝鮮の現実を踏まえた上でリスクを削減する協力策の研究が政府・経済界レベルで始まっている。こうした研究のなかで東国大学の朴淳成氏が「北朝鮮の核開発や軍事的な動きは東アジアの平和を脅かし、軍拡をもたらす。米国の北朝鮮圧迫政策もまた東北アジアの平和を脅かすものである。北朝鮮にとって核兵器は政治・外交的、および軍事的な二重の用途を持つ戦略的手段であり、北朝鮮が核を持たなくても良いと考える状態を生み出すことが中長期的な確実な政策である」という主張を、日本も受け止める必要がある。そして(1)平和な東北アジアの構築。(2)侵略と戦争の歴史の清算。(3)東北アジアの地域的協力の推進──を市民の立場から日朝国交正常化の運動の柱とすること。小泉政権が進めている国交正常化の流れを止めない運動が必要と訴えました。


長崎国際会議、ヒバクシャの補償問題を中心に

 ──2005年に全ての核被害についての国際会議──

 8月9日、長崎ブリックホールで「ヒバクシャ国際会議──ヒバクシャの権利と補償のためのシンポジウム」が、豊崎博光さん(フォトジャーナリスト)をコーディネーターに開催され、実情報告や問題提起が行われました。

まず、チェルノブイリ原発事故被害者で、「リトアニア・チェルノブイリ運動」議長のゲディミナス・ヤンチャウスカスさんが、リトアニアのチェルノブイリ事故処理作業従事者の現状について、オーストラリア先住民のスピーディ・マックギネスさん、ケビン・バスコットさんから、ウラン採掘による被害が先住民に深刻な影響を与えているとの報告が行われました。

次いで長崎県被爆連事務局長の奥村英二さんが、「被爆者援護法」が制定されるまでの経過を話し、なぜヒバクシャは国家補償を求め続けるのか?
とくに外国人ヒバクシャに対して援護法の全面適用を実現することの重要性について、また原爆症認定を求めて行われている集団訴訟の意味について訴えました。

元第五福竜丸乗組員でビキニ水爆実験ヒバクシャの大石又七さんは、米国は原子力技術を外交カードとして西側諸国を勢力下におこうとし、日本政府はそれを受け入れるために、ビキニ核実験被害の補償を急ぎ、わずかな見舞金で決着してしまった。乗組員が次々に発病していったが、ヒバク後46年目に、ようやく厚生省(現・厚生労働省)は、ヒバクと一部の疾病についての因果関係を認め、船員保険法を適用したが、仲間たちは次々と亡くなっていき悔しい思いをした。乗組員23人のうち、すでにガンや肝機能障害などの共通した病気で12人が亡くなっていると報告しました。

阪南中央病院医師の村田三郎さんは、これまでの広島・長崎ヒバクシャ治療や、原発労働者のヒバク問題などに取り組んできた経験から、原爆による被害、原発によるヒバクの実情について語り、核・原子力による被害者は、放射線(能)による共通の被害者で、救済の遅れによって、二重の被害・差別を受けている。国策としての戦争遂行、原子力政策推進の結果として生じた、加害とヒバクを強要した構造も共通しており、科学者の放射線の影響・危険性の過小評価もこれに荷担している。いまこそヒバクの根源に迫り、「こころ・くらし・からだ」の補償を実現する運動が必要と訴えました。最後に豊崎さんが、米国のウラン採掘と核兵器開発、とりわけネバダやマーシャル諸島で行われた核実験被害の実情と米政府による補償の実態について報告が行われた後、パネラーと参加者を含めた討論が行われました。

また、最後に原水禁国民会議より、被爆60周年の2005年にすべての核被害者を対象とする国際会議開催の提案がありました。

とくにオーストラリアのウラン採掘による先住民への被害の実情については原水禁ニュース・04年3月号および、原水禁ホームページで読めます。
ここではヤンチャウスカスさんの、リトアニアのチェルノブイリ原発事故の処理・除染作業に参加した人たちの実情報告を簡単に紹介します。

ヤンチャウスカスさん自身、旧ソ連軍によって緊急招集され、チェルノブイリ原発事故で漏れ出た放射能の除去作業に9ヵ月働かされました。リトアニアから何人が派遣されたのか? 03年2月段階で、住所・氏名の確認可能な人5800人、死亡者600人、出国者300〜400人、特定不可能者100〜200人という数字が存在しています。

チェルノブイリの事故処理作業に従事した人たちの3分の2はなんらかの疾病に罹っていて、経済的な問題も深刻な状況にあります。一般の失業率7%に対して、処理作業従事者の失業率は30%にも達しています。病気への不安や、精神的な問題もあります。また、作業従事者の子どもたちにもさまざまな疾患が現れています(「リトアニア・チェルノブイリ運動」は、原発処理作業者への医療や補償を求めて、1990年3月10日に結成され、会員2000人)。