出版物原水禁ニュース
2004.11号 

イラン核開発と絡んでしまった韓国問題
韓国の核物質生産の謎

70年代の核計画とつながった実験か?

韓国で、ウラン転換・濃縮とプルトニウム分離実験をおこなっていたことが明らかになり、国際社会で大きな問題となっています。

 プルトニウム抽出は1982年4月〜5月にかけて、研究用原子炉で数ミリグラムの抽出実験を行っていました。ウラン転換も80年代に、IAEA(国際原子力機関)に未申告の三つの施設で実施し、金属ウラン約150キログラムが生産されたと伝えられています。

IAEAがとくに調査したのは、70年代に朴正熙大統領の指示で韓国政府がひそかに核兵器開発を進めていて(米国の圧力で中止)、この計画と80年代の実験が関連しているのかという点です。1974年5月にインドが核実験を行ったのち、カナダの働きかけで原子力関連機器を供給する国々が集まって、核兵器開発に関連する物資や技術を適切な保障措置がない限り、輸出を規制すべきだということを決めました。当時、フランスは韓国、台湾、イラク、パキスタンなどと再処理施設の輸出契約を結んでおり、西ドイツもブラジルとウラン濃縮、再処理施設の輸出契約を結んでいたのです。

米国は76年から77年にかけて、フォード大統領からカーター大統領に替わっていくなかで、再処理についてとくに強い危惧を抱き、各国に圧力をかけました。このため韓国はフランスとの契約を破棄し、台湾は建設中の施設を取り壊しました。韓国政府のひそかな核兵器開発計画は、この時期だったわけです。

量ではなく、目的に疑問

ウラン転換は、日本では気体状の六フッ化ウランに変える工程のことをいいますが、韓国の場合は二酸化ウランを金属に変える作業のことです。どちらも濃縮前の工程ですが、金属ウランはレーザー濃縮に必要な工程です。

 韓国が2000年に行ったウラン濃縮は、この金属球ウランをレーザー濃縮しているわけで、この20年はどうつながっているのか、まだ秘密の計画が存続しているのではないかという疑いが存在しているのです。

 量としてはごく僅かです。金属ウラン150キロといっても、核兵器に使用できるウラン235は0.7%しか含まれていませんから、150キロ全量を濃縮しても、1キロ少しの量で、核分裂爆弾に使える量ではありません。 

 しかし70年代の核兵器開発計画、80年代のウラン転換、プルトニウム抽出、2000年のウラン濃縮と続いてくると、やはり秘密計画は存続してきたのではとの疑いが出てきます。しかも実験を韓国科学技術省が管轄する韓国原子力研究所が行っているのに、韓国政府は知らなかったと説明していて、かえって疑惑を深めています。日本でいえば、東海村の原研がこのような実験をやっていて、それを科学技術庁(現・文部科学省)が20年も知らなかったというのと同じことです。

厳しいNPTの保障措置

1970年に発効したNPT条約の第3条で、「条約を締結した非核兵器国は、原子力が平和利用から核兵器その他の核爆発装置への転用を防止するため、IAEA憲章およびIAEAの保障措置制度にしたが、IAEAと交渉し、保障措置受諾を約束」させられます。さらに「核関連物質がどのような核施設か、また場所がどこかを問わず、すべての活動について適用される」とあります。

IAEAは国連の機関ではありませんが、国連決議によって設置された経過から、国連総会や安保理へ年次報告を提出するなど、密接な関係にあります。

11月のIAEA理事会では、韓国の未申告問題が報告され、新たな未申告が存在していないか、70年の秘密計画との関連などが論議されると考えます。9月10日のワシントン・ポストは、韓国側がIAEAの査察妨害の行為があったと報じています。韓国政府はその報道を強く否定し、IAEAに全面的な協力を行ったと語っていますが、韓国の現在、そして今後の透明性が大きな焦点となります。11月の理事会を経ないと、6者協議も前に進まないでしょう。

とくにIAEAは、9月の理事会でイラン非難決議を採択し、いっさいの核関連施設の活動停止を求めたばかりです。イランがIAEAの決定に従わなければ、11月の理事会で、国連安保理へ付託され、経済制裁などの措置がとられる可能性があります。

英国やEU主要国は9月の理事会で、韓国を保障措置協定違反で国連安保理に付託すべきだと主張していると伝えられていますが、韓国問題はイラン問題とも関連しているからです。

イランは9月25日の国営テレビでNPT離脱を示唆しました。いまイランがNPTを脱退すれば、NPT体制は崩壊しかねません。イランは大産油国としての立場も利用して、NPT体制をゆさぶり、これに韓国の核問題も絡んでしまったのです。

(W)