出版物原水禁ニュース
2004.11号 

深く静かにすすむ新たな核拡散
戦術核兵器にシフトする核保有国の危険(1)

冷戦後も少なくならない核兵器

 現在、偶発的な核戦争を除いては、戦略ミサイルを使う戦争の危険性はほとんどなくなったといえます。それでも米ロ戦略核の大幅削減はなかなか進みません。2002年5月に米ロ首脳が調印した「戦略攻撃兵器削減条約」(モスクワ条約)で、2012年までに戦略核兵器を1,700発〜2,200発に削減すると決め、その条約に基づいて、今年6月3日に米国が発表した2012年の核弾頭保有数は、配備数こそ2,200個まで削減する計画ですが、オーバーホールの弾頭・240個、in active(イナクティブ)と呼ばれる予備の弾頭・2,575個を加えると、5,015個にもなります。

さらに非戦略核といわれる核爆弾を含めると、合計数は6,025個の計算になります。04年6月1日現在の核弾頭数合計が、戦略核・8,630個、非戦略核・2,010個、合計1万640個から比べると大幅な削減にも見えますが、現在の核弾頭が多すぎるわけですからほとんど削減とはいえません。

新たな戦術核・小型核の拡散が始まっている

このような状況のなかで現在世界的に進んでいるのが、戦術核の増強です。これはロシア、フランス、イギリス、イスラエル、インド、パキスタンと、現在の核保有国すべてに特徴的な現象です。小型核兵器の開発・配備を通して、いま世界は新たな核軍拡時代に入っているといえます。

ロシアはソ連邦が解体した(91年12月)後、核兵器をすべて引き継ぎましたが、早くも94年4月の国家安全保障会議で採択した「核兵器体系の発展と非戦略核兵器の発展と使用」のなかで、戦術核の見直しを大きな柱の一つにしました。

旧ソ連の戦術核兵器は、ソ連解体前の91年9月に米ソ首脳による宣言という形で、すべて廃棄されました。ただ宣言であるため法的な制約はなかったので、再配備するとしたのです。
90年代の終わり頃、当時のミハイロフ・ロシア原子力相は「容量が小さく、爆発力の小さい核兵器は、どんな紛争でも使用できる」と新型戦術核の見直し・開発を主張していました。(*)

ロシアでは1999年末から2000年にかけて、エリツィン大統領からプーチン大統領へと移行しますが、2000年1月に「新国家安全保障概念」4月に「新軍事ドクトリン」を決定します。

この「新軍事戦略」では核の「先制使用する権利がある」と明記し、さらに「どのような状況下であろうと、あらゆる侵略者に対し、損害を与えることのできる核兵器を所持する」、「ロシアの安全に重大な危機をもたらす通常兵器をともなった侵略に対し、核兵を使用する権利をもつ」と具体的にのべ、通常兵器の紛争・戦争でも、核兵器を使用する方針を明らかにしました。(**)

より柔軟に核使用を考える

プーチン大統領は2001年3月、戦略ミサイル重視といわれていたセルゲーエフ国防省を更迭。腹心のイワノフ安全保障会議事務局長を国防相に任命し、軍組織も大幅に改編しました。これはより柔軟な核戦略(戦術核使用を含む)への転換の布石だったのです。

2003年10月2日、イワノフ国防相はロシア軍司令官会議を開催し、「ロシア軍近代化の指針」を発表し、地域紛争や国際テロに小型核兵器を使用することを示唆しました。

指針は「ロシアとその同盟国への軍事的圧力、攻撃を許さない」ために、ロシア軍は「国家軍事戦略の一環として、戦略抑止力の限定的使用」を検討するとしています(03.10.3共同=福井新聞)。

ロシアの核実験場は、現在ではノバヤゼムリャ島だけとなっていますが、ロシアは維持する方針をとり続けています。米国が万一核実験を再開すれば、ロシアも再開することは疑いありません。

ロシアはまた、米国のミサイル防衛(MD)システムに対抗する、新しい弾道ミサイルの開発も進めています。2004年2月10日〜18日にかけて、冷戦後最大といわれる軍事演習「安全保障2004」を実施しましたが、そこでは大気圏再突入直前にコースを変更する新型核ミサイルの打ち上げ実験を行っています。

〈*,**〉「世界」02年9月号、石郷岡建著、「戦略核から戦術核へ?ロシアの選択」

(W)