出版物原水禁ニュース
2004.11号 

東京電力を告発する
長尾原発裁判に注目、支援を

全造船 神奈川地域分会 川本 浩之

 2004年10月、福島第一原子力発電所などで働き被曝して、「多発性骨髄腫」になった長尾光明さん(大阪市在住、79歳)が、東京電力を相手取り損害賠償請求裁判を東京地方裁判所に提訴します。原発内被ばく労働で労災認定された労働者が、会社を相手取り裁判を提訴するのは初めてのことです。

わずか4年余りの被曝が原因で職業病に

 長尾さんは、若い頃から配管工として腕を磨きました。72年に「石川島プラント建設」に入社し、全国各地の化学プラントや発電所などで、現場監督を務めました。77年から82年まで、主に東京電力福島第一発電所で配管作業の監督に携わりました。88年に定年退職、町内会で会計を担当するなど、のんびりと老後を過ごしていました。

 ところが94年ごろから、首が痛み始め、治療を受けましたが、効果がありませんでした。98年には、「頚椎病的骨折」になりました。病的骨折というのは、外的な力が加わっていないのに骨が折れるというものです。詳しい検査の結果、「多発性骨髄腫」という白血病に似た血液のガンであると診断されました。原発内被曝労働が原因だと考えました長尾さんは、労働基準監督署やいわゆる民主団体にも相談しましたが、要領を得ませんでした。

「多発性骨髄腫」初の労災認定

 2002年10月、長尾さんが働いていた当時の福島第一原発で、プルトニウム汚染があったことが内部告発によって明らかにされ、東京電力も事実を認めました。下請け労働者は、何も知らされずに働いていたのです。長尾さんは、内部告発を受けた市民団体や関西労働者安全センターに相談。ただちに労災請求の手続きを進めることになりました。

 長尾さんは放射線管理手帳を持っていました。その値は70ミリシーベルトに達していました。原発労働者の年間平均被曝線量よりもはるかに大きく、白血病の労災認定基準の3倍に上っています。しかし、被曝労働が原因の白血病で労災認定された人はこれまでにわずか6人。「多発性骨髄腫」では、請求事例すらありません。

 厚生労働省は、専門家を集めて検討会を開催することになりました。こういうものが開かれると、時間がかかることが少なくありません。関西労働者安全センターや反原発団体が協力して、長尾さんの労災認定を勝ち取る支援組織を立ち上げて、署名運動にも取り組みました。こうした動きも追い風になったのでしょう。04年1月、予想よりも早く、富岡労働基準監督署が業務上労災の認定をしました。

会社の不誠実な対応

 労災請求当時から、石川島プラント建設や工事の元請であった東芝の協力、具体的な資料提供が、ぜひ必要だと考えました。長尾さんは全造船神奈川地域分会(よこはまシティユニオン)に加入して、団体交渉を申し入れました。ところが、石川島プラント建設は、「退職したら」、東芝は「直接雇用していない」という理由で、話し合いを拒否。こうした2社の団交拒否の姿勢は労災認定後も変わりません。

労災認定されたので、治療は無料になるし、休業補償も支給されますが、それは100%の賠償ではありません。例えば慰謝料は全くのゼロです。ちなみに原発で起きた労災職業病については、「原子力損害の賠償に関する法律」によって、電力会社が全て賠償することになっています。そこで、東京電力に対しても、団体交渉を要求しましたが、やはり拒否回答。抗議の申し入れ書すら受け付けませんでした。

裁判の意義

 長尾さんの提訴がNHKで報道されると、東京電力は「労災認定は労働者救済的な性質のものであり、因果関係を示すものではない」とコメントしています。しかし、現実には労災認定基準は、極めて厳しく、過労死裁判などで強く批判されてきました。その厚生労働省の認定すら受け容れない東京電力は、あまりに傲慢です。ぜひ多くの皆さんの注目とご支援で、東京電力の姿勢を正したいと思います。それが、闇から闇に葬られてきた原発による労災職業病を社会的に明らかにすることにつながるはずです。