出版物原水禁ニュース
2005.1号 

黄昏のイギリスの原発

 ──再処理工場を訪ねて──その2

小林 晃 

イギリスの原子力利用の減速をさらに進めるエネルギー法(Energy act 2004)が、去年7月正式に成立しました。

  1. 自由化の拡大、電力取引市場の広域化、風力発電の海の沖合への開発。
  2. 現在3%の再生可能エネルギーを2010年までに総電力量の10%、2020年までに20%に拡大する。
  3. 原子力廃止措置機関(NDA)を設置し、英国原子力公社(UKAEA)と英核燃料会社(BFNL)から発生する約10兆円にのぼる後処理対策などの債務を引き受ける、などの内容です。

 このように、イギリスの新エネルギー法は、原発利用の後始末である、後処理対策を徹底する一方、自由化と再生可能エネルギー利用の拡大施策を盛り込んでいます。こうした、一種の脱原発法が成立する背景の一つには、1952年から始まった再処理工場操業開始時から 日常、事故を問わず排気、排水された膨大な放射能によるすざまじい環境汚染の実態があります。なかでも、1グラムで数万人の致死量ともいわれる半減期2.4万年のプルトニウムは200キロから500キロもアイリッシュ海に流された(COREの推定)とされており、海全体が汚染されてしまいました。これは有名な話ですが、1983年テレビのドキュメンタリー番組が、工場からおよそ3キロにあるシースケール村の子どもたちの間で、白血病が全国平均の10倍も多発していると報じました。1984年には、英国政府の諮問委員会がその数字を確認しました。私は、今回マーティン.フォアウッドさんと、レーベングラスに近い美しいニュービギンの入り江にいきました。入り江の堆積土の上から10センチほどの下側にガイガーカウンターをあてると、針はみるみる上がりほぼ220カウントになりました。

カウンターの目盛り平常の場所は大体5〜7ですから、その40倍前後の高い汚染です。カウントされていませんが、この周辺には確実にプルトニウムがあります。マーティンさんは、履いていたゴム長靴の泥を水溜りで丁寧に落としていました。車や家にプルトニウムを持ち込みたくないからです。彼は私に、「再処理工場は、操業以来40年来大量の放射能を海にたれ流してきた。そのため、この入り江は、セシウム、プルトニウム、そしてアメリシウムなどで汚染されている。このあたりの土の放射線レベルは高く、イギリスの法律にしたがえば専門の施設で保管されなければならないほどだ。しかし、立ち入りを禁止する看板もない。子ども達や犬や馬を連れてやってくる人もいれば、自転車にのってやってくる人もいる。魚釣りもする。アイリッシュ海の沿岸は大同小異汚染されている。私たちをはじめ、環境保護団体はそういう危険を人々に訴え続けるために、活動を続けている」と静かに語っていました。この話の間、ガイガーカウンターのキリキリする音が美しい入り江に響いていたのが印象的でした。マーティンさんは入り江をさらに奥へ進むと、500カウントぐらいになると指をさしました。

また、北東大西洋の汚染を防ぐためのオスロ.パリ条約(OSPAR条約)委員会の最新の2003年報告書は、北東大西洋を汚染させた放射能のおよそ80%は、セラフィールドとフランスのラ.アーグにある再処理工場によるものであるとしています。再処理工場が地球規模の放射能汚染を引き起こす元凶であることは紛れもない事実です。
さる11月、原子力委員会の長期計画策定会議は、5ヵ月かけた議論の結果として、ひとまず「核燃料サイクル路線を維持する」としました。残念なことです。六ヶ所再処理工場が地球規模の放射能汚染主体ではないかという面から、徹底した議論が必要です。