出版物原水禁ニュース
2005.9号 

60年目のヒバクシャの思い

ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ国際市民会議

ヒバクの普遍化をどう実現するかが課題

広島、長崎のヒバクが原点

 7月29日から31日にかけて東京・日本青年館で、被爆60年を記念して「ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ国際市民会議」(原水禁も参加する同集会実行委員会主催)が開催されました。テーマは多彩で、(1) 「広島・長崎の原爆被害の実相解明」、(2) 「核兵器の犯罪性」、(3) 「被爆者の要求と権利」、(4) 「ヒロシマ・ナガサキの継承」の4つのテーマで分科会がもたれました。日本被団協は現在、原爆症認定をめぐって集団訴訟を全国で展開中ということもあり、テーマ(1) と(2) に最も多くの時間が割かれました。

 この会議で語られる広島、長崎のヒバクシャ一人一人の発言は、60年を経た現在も生々しく、聞くものに大きな感銘を与えました。あらためて原爆によって自ら傷ついただけでなく、肉親を失い、生活を破壊されたヒバクシャの心に、いまもなお深い傷が残されていることを痛感させられました。

 その意味で広島、長崎のヒバクシャは、ヒバクについて考えるに当たっての原点といえます。

 被爆60年の今年、広島、長崎のヒバクシャの平均年齢は70歳を越えました。そしてヒバク体験は戦争体験とともに、風化し続けているなかで、今回の会議は、広島、長崎のヒバク体験をどのように継承していくのか、普遍化していくのかが問われる重要な会議だったといえます。

ヒバクの普遍化のために

 このような視点から「ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ国際市民会議」を見てみると、いくつかの問題点も明らかとなりました。

 第1に、広島、長崎のヒバクが原子爆弾によるものであるため(総エネルギーの内15%が放射線、50%が熱線、35%が爆風)、街も人も熱線に焼かれ、強烈な爆風にさらされたことから、核兵器によるヒバクと、他の原子力開発によるヒバクは別だとの意識が強く存在し続けていると感じたことです。

この認識はある意味では正しく、しかし一方では広島、長崎の被爆体験を普遍化するという点で、妨げにもなっていると考えます。

体験的には、広島、長崎のヒバクとチェルノブィリのヒバクは異なるとしても、ヒバクによる被害は同じなのです。広島、長崎のヒバクシャがチェルノブィリのヒバクや、劣化ウラン弾によるヒバクを同じ原子力によるヒバクと理解し、連帯することがないと、広島、長崎のヒバクは過去のヒバクではなく、現在も存在するヒバクとして引き継がれないと考えるのです。

六ヶ所村再処理工場が万一運転されるとしたら、どれほどの放射能汚染が、未来の世代を傷つけることになるのか、そのことに配慮することなく、ただヒバクの継承を訴えても意味がないでしょう。

韓国・アジアへの加害とどう向き合うのか

第2の問題点は、在外ヒバクシャと日本に生活しているヒバクシャとの間に存在している大きな差異です。それは日本政府によってもたらされた差別であるとしても、日本のヒバクシャ運動の中心課題になってこなかったとことも事実です。

会議に参加した在韓ヒバクシャや在ブラジルヒバクシャは、日本在住ヒバクシャが、原爆投下当時のそれぞれの悲惨な状況や、その後の放射線による苦しみを語ったのとは対照的に(被爆当時の状況について、いっさい語ることなしに)、日本在住ヒバクシャと同じ権利を得るために、どれほど辛く、苦しい闘いや運動を続けてきたかの話に終始しました。それは聞くものに、辛く悲しい思いを与えるとともに、日本在住ヒバクシャとの落差にあらためて衝撃を受けました。

在韓ヒバクシャは、多くの裁判を日本で起こし、一つ一つ勝利することによってしか、日本在住ヒバクシャと同じ状態に近づくことができなかったのです。しかもまだ完全に同等ではなく、裁判は現在も続いています。そしてその裁判は「韓国人被爆者を救援する市民の会」という市民団体によって支援されているのが実情です。

これは「核兵器の犯罪性」の全体分科会で、韓国の権赫泰(コン・ヒョッテ=韓国・聖公会大学教授)さんが、「核兵器に反対する韓国の反核活動家の多くは、日本への原爆投下は、日本の植民地支配から脱するために必要だったと考えている」との発言に、私たちがどう応えるかの問題にも通じるものです。

ヒバクの普遍性・国際性を語るとき、日本の韓国に対する植民地支配、アジア・太平洋の人たちへの日本の加害に、どう向き合うかが迫られるのです。

集会宣言には、在外ヒバクシャとの差別解消が述べられていますが、宣言だけに終わってはならないのです。

被爆二世・三世運動のもつ未来への希望

一方、被爆二世・三世の運動は、ヒバクシャ運動の未来に新しい希望も与えるものでした。地域によっては、行政による健康診断や医療への援助など、進んだ対応が紹介され、それはその地域のヒバクシャ運動の努力によるものといえます。しかし「全国被爆二世団体連絡協議会」の運動は、二世・三世みずからが、広島、長崎のヒバク体験を継承し、自分たちの生活を保障するために運動を始めたという点で、画期的です。しかも、その運動は韓国在住ヒバクシャの二世・三世との連帯に進み始めています。

そこには放射線ヒバクに対する理解が存在しているだけでなく、ヒバクの普遍性、国際性に大きな未来を切り開くものといえます。

【宣 言】(要旨)

 世界各国から東京の「ノーモア ヒロシマ・ナガサキ国際市民会議」に集った私たちは、宣言する。

 広島、長崎に原爆が投下されてから60年を迎える。瞬時に消し去られた街、熱線により蒸発し、全身を焼かれ、皮膚をぼろ布のように垂らし、飛び出した眼球をぶら下げた人々。失われた数十万の命と数十万の人々の苦しみ。被爆者達は「この世の地獄」と呼ぶ。

 生き延びた人々、そして救援に赴いた人をもその後襲い続ける放射能の恐怖と遅れた原爆死。その度によみがえる地獄の体験。内部被曝の長期的影響。広島、長崎の被害と苦痛は、人類史上空前かつ比類なきものであった。

 核兵器の使用は全面的に国際法上違法であり、いくつもの国際法の基本原則に明白に反する。それは犯罪であり、人道に対する罪を構成する。しかし、核保有国をはじめ世界各国政府は、この違法性と犯罪性をいまだに認めていない。米国政府は、なお原爆投下が誤りであったと認めず、原爆投下が多くの人命を救い戦争の終結を早めたとする主張をなお、流布している。

 核兵器開発のプロセスは世界各地に多くのヒバクシャを生み出し、3万発の核兵器が一瞬の休みもなく人類の文明と生存を脅かしている。そして今、核兵器の先制使用すら唱える国もあり、人類史上かつてない危機に直面している。

 ヒロシマ、ナガサキの被爆者は、世界のヒバクシャとそして世界の平和を愛する人々と連帯しながら、「ノー・モア・ヒバクシャ」と訴え続けてきた。

被爆から60年、被爆者に残された時間は長くない。核兵器の残虐性が人間の記憶から消え、痛みが忘れ去られるとき、ヒロシマ・ナガサキはくりかえされる。

 世界のすべての政府が核兵器の違法性と犯罪性を認めるまで、世界中で核兵器の犯罪性を主張し続けなければならない。これこそ、本国際市民会議の訴えるメッセージである。