出版物原水禁ニュース
2005.10号 

被爆60周年原水禁世界大会を開催

 被爆60周年原水禁世界大会が、8月4日〜6日の広島大会開会を皮切りに、7〜9日は長崎大会を開催しました。

折り鶴平和行進

 4日に開かれた「被爆60年核兵器廃絶2005平和ヒロシマ大会」は8,600名が参加して、連合・原水禁・核禁会議の3団体共催で開催されました。

 3団体は、この1年間、核兵器廃絶に向けた850万人分の署名提出、5月のNPT再検討会議に合わせたニューヨーク行動、国際自由労連と連帯した核兵器廃絶の取り組みなどを実施してきました。連合の笹森会長は、3団体の連帯行動の成果を評価した上で、「いろいろな今までの歴史がある。そしていろいろな理念があり、それぞれの思想的な違いはある。しかし平和に対する願いは、誰でも変わらない」と訴え、世界に平和が訪れるまで「戦争体験と原爆被害者の思いを風化させてはならない。いつまでも平和が訪れる世界になるまで、日本がそのことを発言し続けていかないとならない」と述べました。

 秋葉忠利・広島市長は、第6回平和市長会義の会場から駆けつけ、「加盟都市とともに、核兵器を廃絶するための国際世論を一層高め、2020年までに核兵器廃絶を実現する道筋を考えている」とアピールしました。

D.ナイト(CND副議長)

 また、「被爆者からの訴え」として坪井直・広島県被団協理事長は病気を押して「死者に対する責務を感じているので、核兵器廃絶、恒久平和実現のためには、体のことを考えるどころではない」「被爆者は毎日が8月6日だ」と訴え。参加者の胸を打ちました。

 2日目は15名の海外ゲストも交えて8つの分科会や、ひろば・フィールドワークで、核廃絶、被爆者の権利拡大、脱原発に向けて議論が交わされました。3日目の6日は「まとめ集会」を開き1000名が参加しました。

 世界はブッシュ政権の単独行動主義で核軍縮に逆行していますが、核廃絶の方針を確認しあったNPT2000年合意は生きていることを確認し、核廃絶へのさらなる奮闘を誓いあいました。

 7日から開かれた長崎大会・開会総会には5,500名が参加。笹森連合会長のあいさつに続いて、下平作江・長崎県原爆遺族会会長から被爆体験の訴えがありました。まさに、この世の地獄を生々し話されたあと、「自分の命を大切にすると同時に他の命も大切にする社会にしていきたい」と核の廃絶に取り組む思いを参加者に訴えました。さらに高校生による平和大使の報告と決意がありました。そして、構成詩「親子で綴る平和の願い」が60年前の情景をよみがえらせます。会場の外では、高校生が玉の汗を流しながら「高校生1万人署名」を呼びかけています。

 被爆者の高齢化が進む中、「被爆体験の継承」が大きな課題になっています。思い出したくない忌まわしい過去を、自らの使命として語る被爆者。それを真剣に受け止め、世界に発信しようとする高校生。核を巡る世界情勢は厳しくとも、核廃絶への希望を確信させられた長崎大会でした。

長崎・閉会総会

 8日は8つの分科会にひろば、被爆者との交流、佐世保基地めぐりのバスツアーなどに分かれて活発に運動交流が行われました。

 9日の閉会総会には2,200名が参加。福山事務局長の大会のまとめに続き、「連合や核禁会議との大会共同開催の成果を生かすとともに、全国各地、世界の平和・核軍縮勢力・脱原発勢力との連帯の輪を拡大していく」を旨とした大会宣言を採択。爆心地公園まで厳しい暑さの中「非核・平和行進」を行い、原爆投下された11時02分に全員で黙とう。その後、原爆資料館見学を終えて、大会の全日程を終了しました。


「メッセージfrom ヒロシマ2005」を終えて

日時:2005年8月5日(金)12:25〜14:30
場所:グリーンアリーナ武道場

モニュメントの前に実行委勢揃い
みんなで作ったモニュメントの前に実行委勢揃い

メッセージfromヒロシマ」は今年で5回目を迎えることができました。昨年と同様、実行委員会は高校生を中心に結成され、企画・運営を行いました。

5日当日は海外、全国から広島を訪れ、資料館などで原爆の被害について見学を終えた子どもたち約500人が参加しました。

オープニングは広島朝鮮初中高級学校の皆さんによる華やかな民族舞踊で始まり、続いて「うらじゃ」という踊りを全員で踊りました。

サビの振り付けは、周りにいる友達と手をつないで輪になります。そして、次々と相手を交換していきます。始めは恥ずかしがっていた子たちも、見よう見まねで動き始めると、少しずつ笑顔が増えていきました。

つづくモニュメント作りでは、参加者全員が、広島で学んだことや平和への思いなどを、言葉やイラストにして、花の形をしたメッセージカードに描いていきました。できあがったメッセージカードは、爆弾の絵が描かれていている大きなシートの上から、それを消していくように貼り付けていきました。そして3.6m?3.6mの巨大なモニュメントを皆でつくりあげました。

そして、全国から参加している子どもたちの紹介では、北海道から沖縄まで、16人の代表者が一言メッセージを発表してくれました。海外からはフィリピン、韓国、オランダ、オーストラリアの参加者が戦争や核、そして広島への思いを発表してくれました。

最後に、平和と核廃絶への思いを込めたメッセージを、首相官邸や、アメリカやイギリスなど核保有国の代表あてにメールで送信しました。

会場いっぱいの大きな声でカウントダウンをし、一斉に送信すると、大きな拍手が起こりました。 続いて、参加者全員でつくったモニュメントも披露されました。みんなで書いたメッセージカードが集まって、大きな笑顔のニコニコマークに。その下には万国旗でつくった「PEACE」の文字が並び、素敵な作品ができあがりました。

最後は再び「うらじゃ」を踊りました。周りの友達とすっかり仲良くなった子どもたちは、思いっきり踊って、フィナーレを盛り上げました。

今日のことはきっといつまでも子どもたちの心に残り、平和を願い、ともに行動していく仲間たちが日本中、世界中にいることを思い出させてくれることでしょう。

「核廃絶の壁」が原爆中心碑を囲む

木のブロックが被爆60周年原水禁大会の最後を飾る

「核廃絶の壁」長崎爆心地公園にて(長崎原爆投下によって亡くなられた73,884人の方への鎮魂の思いを込めて)

※壁の1列目が原水禁により国内で集められたもの、壁の2〜4列目が世界各地から寄せられたもの

8月9日11時2分、長崎爆心地公園にて、原爆落下中心碑の周辺に反核・平和の想いを込めた約80,000個の木製ブロック(縦4cm、横8cm、厚さ2cm)を積み上げる「核廃絶の壁」を築きました(協力:グリーンピース・ジャパン、後援:長崎市)。今回原水禁が呼びかけて集めた約14,000個と今年5月の核不拡散防止条約(NPT)再検討会議の場で集められた約60,000個などを合わせ、総延長約360メートル(高さ約1m)と成りました。この「国際法を守る壁プロジェクト」はドイツの高校生が2003年2月イラク戦争勃発の頃にスタートしたもので、広島・長崎市長が提唱する平和市長会議とも協力し世界各地で広がっています。長崎でもTV報道などを見て木ブロックに平和のメッセージを書き込みに訪れる一般の方々が続々と現れました。