出版物原水禁ニュース
2005.11号 

「第8回高校生平和大使」
国連へ核兵器廃絶の署名を提出

長崎・平野伸人

長崎の平和運動をけん引するといっても過言ではなくなった8年目を迎えた「高校生平和大使」5年目を迎えた「高校生1万人署名活動」は、被爆60年の今年、確実に国内外に広がりを見せました。全国的な認知度の高まりや高校生の大変ながんばりがあり目標を大きく上回る署名を集めることができました。その数91,178人分。そして、8月19日、第8回高校生平和大使によって国連欧州本部軍縮局のエンリケ・ロマンモレー部長に届けられました。

1998年に第1回の高校生平和大使がニューヨークの国連本部を訪れてから21人の大使が生まれたことになります。

今年の特徴をあげてみると以下の点があげられます。長崎県以外からも大使を選出したこと。特に長崎の2人以外に広島・神奈川・イギリスの高校生と自主参加した、神奈川・京都・福岡・宮崎の6人の高校生の参加は大きな意義がありました。全国募集となった結果,130人の応募があり活動の拡がりを実感しました。署名数も過去最多を記録しました。さらに、国連の対応も、年々変化してきました。国連軍縮会議では、会議の冒頭に高校生平和大使が紹介されることが恒例となりました。国連軍縮会議日本代表部の演説でも、高校生平和大使と高校生1万人署名活動などを紹介しました。5人の高校生のスピーチは、核兵器の廃絶と世界の平和の実現に努力する若者らしい意欲にあふれたものでした。

イギリスに留学中の中村みちるさんは、流暢な英語で「原爆の被害を紹介し、再び被爆者を作らない決意」を述べるとともに自身が留学した動機を「平和な世界をつくるために国連職員になりたいがための留学」であることを語りました。広島の西迫駿さんは、「ヒロシマを忘れたときヒロシマが繰り返される」と述べ、被爆体験を継承し、核兵器の廃絶を求めていく決意を述べました。長崎の平湯あゆみさんは、高校生1万人署名活動の今年の活動を紹介した上で、「被爆体験を直接聞くことのできる最後の世代のわたしたちが語り継ぎ、平和な世界を実現していきたい」と訴えました。

神奈川の小檜山なつ子さんは、唯一の被爆国といいながら、被爆地・広島、長崎と他の地域との意識が違うことに戸惑ったことを率直に述べ「広島・長崎を地球上の全ての人々が共有し、恐怖のない平和な世界を実現していくよう努力していくべきだ」と主張しました。

 最後に長崎の山田詩郎さんは、アメリカに留学したことやNPT再検討会議にあわせて訪米した経験と感想を述べた上で、国連に対する要望として「国際的な話し合いの場に若者が参加できる機会を設けてほしいこと。世界の子どもたちに核兵器の恐ろしさを伝えることに力を注いでほしい」と訴えました。ロマンモレーさんは真剣なまなざしで彼らの訴えを聞いてくれました。

平湯あゆみさんはモレーさんとの会見について以下のように感想を寄せています。「モレーさんは、わたしたちがスピーチをしている間、暖かい目で熱心に話を聞いてくださいました。彼が国連で働くことの一番の褒美は、あなた方若者が平和や軍縮について働きかけてくれることだとおっしゃってくださいました。わたしたちは、長崎・広島を背負っているばかりでなく、日本、いや世界の未来を背負っている若者なのだという新たな視点を、モレーさんからいただきました」。

 このように、高校生1万人署名活動の被爆60年の活動は一区切りをむかえました。しかし、活動は、休むことなく続けられています。第9回高校生1万人署名活動は来年に向けて活動を始めようとしています。