出版物原水禁ニュース
2006.6 号 

上関原発建設計画の原子炉設置許可申請に必要な
「詳細調査」作業規模の拡大を阻止する18日間のたたかい

原水爆禁止山口県民会議 議長 中嶋 光雄 

去年9月号の続きを報告し、1982年に計画が表面化して以来、24年間も一貫して現地反対運動の先頭に立って、計画を6度も延期させてきた祝島の闘いに対して、カンパも含めた支援を、全国のみなさんにお願いしたいと思います。

3月23日、山口地裁岩国支部は「祝島漁協の組合員らには漁業補償契約の効力が及ばないので、原発の建設や運転により生じる迷惑に対する受忍義務や、操業をしないという受忍義務を負わない」と祝島の個人操業権を認め、「工事が、祝島の許可・自由漁業を妨げてはならない」とした判決を出しました。

今年2月、上関原発の排水口予定海域では鯛が豊漁で、一日の水揚げ量は一船で40キロ、多い人は60キロとなり祝島漁協では、一日の水揚げ量は500キロ〜600キロになりました。そして、原子炉建設予定地の田ノ浦海岸を挟んで反対側の取水口予定海域は、秋には漁船がひしめく様に並ぶ、鯛とヤズ(ハマチの若魚)の好漁場ですが、この海域に中国電力は、4月25日早朝から、既設置のものより約4倍も大きな海上ボーリング台船を設置する作業を行おうとしました。

この動きを察知した「祝島島民の会」の漁船団が現場に駆けつけ、抗議・監視行動を続け、10時頃になってやっと中電は作業をあきらめ引き揚げました。祝島の長いたたかいの1日目の始まりでした。

2日目の26日に私たちは「チェルノブイリ原発事故20年・追悼。知事意見書提出後5年・抗議。詳細調査強行開始後1年・抗議」詳細調査に反対する現地集会を田ノ浦海岸で開催。早い人は7時頃から集まりはじめ、現地に300名が集まりましたので、中電側は、全く動きを見せませんでした。

しかし、3日目の27日午前5時、今度は田ノ浦湾内でクレーン作業台船を曳航した引船が暗闇の中、手薄であった監視の船舶の間を強力なサーチライトを照射しながら強行突破し、抗議する祝島漁船が集結するまでの間に海岸に仮桟橋の土台にするコンクリートブロック3個と大型碇2個を設置して引き上げました。

現地より、この報をうけ、県庁前で緊急抗議の座り込みを実施。県に対し「中電に危険な作業を強行するな」と、申し入れるよう要請。同時に、平和フォーラム、原水禁から全国の仲間に中電と山口県には抗議電を、祝島には激励電を要請しました。結果、多数の団体・個人のみなさんに取り組んでいただきました。誌面を借りてお礼申し上げます。

28日には、態勢を整えて県庁前で座り込み。現地では船40隻と海岸に100人を祝島が動員して早朝より監視行動を強化、29日から5月7日の連休中も継続。

7日の晩からは田ノ浦の海岸に泊まり込んでの24時間阻止態勢を確立、11日夜10時から12日朝10時までの取水口海域での12時間に及ぶ最大の攻防に突入しました。

祝島のたたかい

 結果は、18日間の阻止行動により、連休前までには仮桟橋と大型ボーリング台船の設置作業を完了させたいとしていた中電のもくろみを阻止しています。

 この間、祝島は漁を休んで、燃料代も当然に自分持ちです。対する推進派は中電から1日4万円(?)ともいわれる補償金をもらっての攻防になっています。ある推進派漁協幹部が「100隻船を出して祝島を封じ込むから500万円出せ」と、中電にねだったとの風聞がながれる闘いが続いています。

 最後に、原発反対の山口県議・小中進さんに宛てられた写真家・福島菊次郎さんのメッセージの一部を引用しまとめとします。『地元住民や漁民の「たかりの構造」が55基の危険な原発を狭い国土に乱立させた今、上関原発は危険な原発建設のこれからの可否を決定する最後の砦になっています。周防灘の真中に浮かぶ人口僅か600人の孤島の祝島漁民が過去24年間、金権万能社会に埋没して人間の所在を見失ったこの国の危機的状況に、激しい警鐘を打ち鳴らしつづけてきた爽やかな音色に耳を傾け絶大な声援と、より実質的な支援の手を差し伸べようではありませんか』