出版物原水禁ニュース
2006.6 号 

玄海プルサーマル、佐賀県知事が同意
反対運動は新たな段階を迎えます。

脱原発ネットワーク・九州 深江 守 

 九州電力は2010年度までのプルサーマル実施にむけ2004年5月、経済産業大臣に原子炉設置変更許可申請書を提出し、同日、佐賀県と玄海町に対しては事前了解を求めました。申請を受け、経産省原子力安全・保安院が一次審査を行い「妥当」答申、2005年2月には経産省から原子力安全委員会、原子力委員会それぞれに諮問され、同年8月28、29日相次いで「妥当」の答申が出され、9月7日には同省の「許可」を受けています。10月2日には国主催の公開討論会が玄海町で開催され、12月25日には県主催の公開討論会が唐津市で開催されました。そして2006年2月7日「プルサーマルについて安全性は確保される」との異例の知事見解を表明し、同意への地ならしを進めます。玄海町では2月17日、同町議会による「計画推進の決議」が全会一致で可決。それを受け2月20日には玄海町長が同意を表明。そして県議会での「慎重なる推進」という決議、二階経産大臣の来佐と安全宣言のお墨付きをもらう形で3月26日、ついに古川佐賀県知事はプルサーマル計画への同意を表明したのです。

これまでの運動の流れ

 佐賀県におけるプルサーマル反対の取り組みは、2000年5月「九州電力とのプルサーマル公開討論会を実現させる会」の結成から始まります。玄海原発設置反対佐賀県民会議、脱原発ネットワーク・九州、グリーンコープ生協さがの3団体を中心に「実現させる会」を結成し反対運動がスタートします。2004年3月、具体的な計画が急浮上してからは県平和運動センター、原水禁佐賀県協議会も加わる形で緊急20万人署名の取り組みや2種類のマンガパンフの制作(4万7千部)とパンフを使った玄海町と周辺地域への戸別訪問の実施。市民による公開討論会の計画。朝日、毎日、読売、西日本新聞の九州・山口版、佐賀新聞、南日本新聞の全県版に全面広告を掲載する新聞意見広告の取り組みなど、まさにこの2年間、全力で闘ってきました。こうした取り組みにより、少しずつではありましたが反対の声が表面化するようになりました。

 玄海町を除く唐津地区の四漁協による2回に及ぶ「海上デモ」や唐津市では町内会(550世帯)としてプルサーマルに反対するという動きも出てきました。そうした中、唐津市議会では2005年12月、全市議参加の「プルサーマルに係る特別委員会」がつくられ議論が始まりました。しかし、議論が始まったまさにその時、古川知事は「プルサーマルについて安全性は確保される」との見解を表明したのです。

県庁前、15日間のテント村の闘い

 私たちは2月15日、県庁を訪れ「知事見解に対する公開説明会開催」の申し入れ書を手渡し、2月19日には玄海町、3月19日には佐賀市で集会とデモ、県庁を包囲する人間の鎖などの抗議行動を行いました。こうした取り組みと合わせて、3月11日からは県庁前での24時間の座り込みの闘いを開始しました。県庁横の大通りに面した広い公園にテントを5つ並べ、横断幕を張り巡らし、市民へのアピール行動を展開しました。季節外れの雪が同情を呼んだのか、テント村には連日市民からの差し入れが届けられました。帰宅途中、わざわざ車を止めて挨拶に来るひと。散歩がてらにのぞきに来る人。たまたま仕事で佐賀市に来ていた玄海町の人は「ほんとはおいたちがやらんといかんとばってん」とカンパを置いていったりと大きな反響に驚きの連続でした。九州各地から座り込みに参加した仲間は、延べ180人に達しています。

プルサーマルの是非は県民投票で決定しよう

 原発から半径10キロ圏内に約2万7千人が住む唐津市民の声を聞くこともなく、県主催の公開討論会からわずか3ヵ月で「同意」しました。拙速に過ぎるとの声は各方面から上がっています。伊万里市議会は「住民側に立った公正な判断を求める意見書」を採択し、お隣の福岡県志摩町議会は「慎重審議を求める意見書」を採択しています。また、佐賀弁護士会は「導入に反対する会長声明」をだすなど、ようやくプルサーマルが全体の問題として捉えられるようになってきたばかりです。こうした声を無視する「同意」に対して、プルサーマルの問題は県民投票を実施して、県民一人一人の声で決めることにしようという県民投票条例を求める運動が始まりました。今はまだ小さな集まりですが、やがては佐賀県全体を動かす大きなうねりとなることを確信しています。