出版物原水禁ニュース
2006.8 号 

【インタビュー・シリーズ】
全国被爆二世団体連絡協議会 山崎 幸治会長に聞く

山崎 幸治さん

被爆二世を認め援護法を適用してもらいたい

【プロフィール】

1968年、広島県生まれ、38才。大学卒業後、1992年大竹市役所入職。93年同市青年部役員を振り出しに、自治労県本部専従などを経て、2002年より自治労大竹市職員労働組合委員長に就任、現在に至る。05年、被爆二世の唯一の全国組織である、全国被爆二世団体全国連絡協議会(被爆二世協)の会長に就任。被爆二世の権利向上にむけ奮闘。

被爆二世協は、全国に30万とも50万とも言われる被爆二世の抱える課題解決に向けて、1989年に職域、地域の被爆二世組織を中心に結成。厚生労働省に対して、被爆二世健康診断の法制化や被爆者健康手帳の発行、広島・長崎の放射能影響研究所の被爆二世健康影響調査で科学的なアプローチと制度的対応を求めている。また、毎年、韓国の被爆二世との交流を行っている。

──自分が被爆二世として意識したのはいつ頃からですか。

12歳上の兄から、小学校上がるくらいに「被爆二世」といわれました。父が広島で被爆しました。爆心地から海側の方で、距離があったようです。しかし、母親は小学生の時から、いまでもリンパ球のところがグリグリしているのですが、そのことをとても心配していました。

父は、原爆のことをあまり話しませんでしたが、小学校4年の時の授業で父にそのことを聴きました。そのとき父はノートに書いてきてくれました。大人になってから、もう一度、父に聴きましたが、B29を見て川に飛び込み、その後、家にかえってきたことは話してくれましたが、広島の街がどうなったのかは、あまり話したがりませんでした。父が見たものはどうだったのか、今となっては映像や写真で想像するしかありません。

──被爆二世としての平和運動にかかわり、怒りや不安などがありますか。

兄は喘息をもっていました。兄は身体が弱い方でしたが、私は、健康的な不安はあまり心配していませんでした。むしろ母が、二人の子供(私の兄)を亡くしていることもあり、心配していました。被爆二世ということと、「戦争はいかん」ということはあまり考えていませんでした。意識する前に、学校教育などで自然と身に付いたように思います。

──被爆二世のいまの課題はなんですか。

 1995年の村山内閣の時代に被爆者援護法が制定されましたが、被爆二世の問題は附帯決議でふれられるだけで、置き去りされました。「被爆二世を被爆者と認め、被爆者援護法を適用させる」ために援護法の改正を求めて運動を進めています。

これまで労働組合が中心に引っ張ってきましたが、それをどのように地域につなげていくかが課題です。より幅広い運動にしていきたいのですが、まだまだの段階です。多くの人に、被爆二世問題の理解を広げていきたい。

その他、毎年、韓国の被爆二世とシンポジウムや交流などを通して日韓の被爆二世の連帯も強めています。

──この間の厚生労働省の対応についてどのように考えますか。また、「被爆二世」の問題の前進をはかるために署名運動を展開しているそうですが。

 厚生労働省に対しては政策の充実を求めていますが、いまだ平行線をたどっています。この流れをなんとか打破したい。そのための一つとして、被爆二世協として現在の被爆者援護法の被爆二世や在外被爆者への適用を明記したものとするために、「被爆者援護法の改正を求める全国署名」を展開しています。連合などにも働きかけ、二世問題の理解を広げるとともに、厚生労働省への働きかけを強めたいと思います。全国の方々のご協力をお願いしたいと思います。

原水禁大会でも被爆二世問題を討議(長崎)

──広島、長崎の放射線影響研究所(放影研)が現在進めている被爆二世に対する健康影響調査が、来年3月に終わります。その後、調査解析が行われますが、それに対する意見はありますか。

放影研の調査によって原爆放射線の遺伝的な影響や被爆二世の健康実態が科学的に明らかにされ、今後の被爆二世の援護施策に反映されることを期待しています。調査の結果、「影響がある」となった場合には、援護施策を国がしっかりとる必要があります。また、たとえ「影響があるとはいえない」となっても、これまでマウスの実験などでは、遺伝的影響があることも確認されていますので、今後も遺伝的影響の科学的解明を引き続き求めていく必要があります。

しかし、何でもかんでも放射能のせいにすることは問題です。不安をあおることとは違います。どういうリスクが被爆二世にあるのかを明らかにすることによって、そのリスクの管理はそれぞれ個人の問題となりますが、国がフォローすることが重要です。

これまで、国が被爆二世の健康不安を放置してきた責任はあり、今後どのようにケアしていくのかが課題です。また現在行われている国の健康診断は制度といい内容といい貧弱です。これも改善を求めていきたいと思います。

──これからの原水禁運動に期待しているものはなんでしょう。

 被爆者が年々高齢化している現状の中で、被爆二世として役割があるのではないかと思います。被爆者の体験を風化させてしまうと、また同じことが起きるのではないか、という気がします。特に被爆二世が被爆の実相を継承していくことが必要だと思います。そのうえで、地域の運動や取り組みを大衆的に発展させていくことが必要だと思います。

現在、被爆二世、三世の方で、健康不安を感じている人も、いない人も、その人たちのケアをどうしていくかが課題です。その人たちを勇気づける運動と組織としていきたい。政策のうえでも、厚生労働省交渉など進め、バックアップしていきたいと思います。今後も被爆二世と運動を応援してください。

──山崎さんの職場や組合の課題はなんでしょうか。

いま、役所はどこでも財政事情が悪くなっています。今後は行財政の改革の議論をしていくことが前提となり、多少、組合員の権利の後退もやむをえないのではないかと思っています。今後は、労使関係だけでなく、議会や市民に対することも意識していかなければならないでしょう。全体的に、「公共サービス」の見直しが課題となっていています。

そのような中で、組合の先輩たちからは「しっかりせいや!」との声もありますが、時代状況が大きく変わってきています。割とその点は、若い組合員は冷静に見ており、理解しているように思います。いまは理念や方針よりも人間関係が重要で、執行部への信頼を深め、結集力を高めることが課題です。

──若い世代の山崎さんの目からみたら今の時代をどう見ていますか。その中での労働運動、平和運動の役割はなんでしょうか。

小泉発言は非常に軽すぎる。軽いけれど世の中の仕組みがそれでかわっていく。そんな時代だと思います。自民党政権は終焉を迎えているのではないかと思いますが、このしんどい状況を耐え抜かなければならないのではないかと思います。ここで負けてはならない。いま意思表示をすることすらできない状況になりつつありますが、反対する意志表示の大切さがあると思います。意志表示さえしなくなったら終わりだと思います。

〈インタビュ─を終えて〉

今年は、被爆61周年です。また8月がめぐってきました。被爆の風化が言われて久しい。今回は被爆二世協の代表。自治労広島県本部大竹市職の委員長でもある。笑顔がすばらしい。大竹市の市長選挙では、推薦候補が現職に勝利したそうだ。被爆二世であることをいつ、どのような経過で知ったのか。そのときどう感じたのか、そして今、代表としての決意は。話を聞けば、自然体である。気負いはない。〈福山真劫〉