出版物原水禁ニュース
2007.2 号 

2月にアルジェリアで核実験被害者国際会議
ヒバクシャの権利回復のための歴史的な一歩

真下 俊樹(フランス核問題研究家・神戸外国語大講師)

今年2月13〜14日、アルジェリアの首都アルジェで、アルジェリア政府主催による「世界の核実験に関する国際会議:アルジェリア領サハラの場合」と題する会議が開かれることになり、日本から被団協の坪井 直さんと、医師振津かつみさん(放射線医学)、真下(コーディネータ兼通訳)が出席することになりました。これまでフランス軍が否定し続けてきたフランス核実験の被害者(とくにアルジェリアの)の権利回復のための歴史的な一歩を刻むものと期待されます。

サハラ砂漠で17回の核実験

フランスは、1960年2月13日、当時植民地支配をしていたアルジェリアのサハラ砂漠で最初の大気圏核実験を行いました。サハラ砂漠では17回(大気圏4回、地下13回)の核実験を実施しました。独立したアルジェリア政府とのサハラ核実験場使用に関する合意期間が終了した1967年以降は、実験場を南太平洋にある仏領ポリネシアのモルロア環礁などに移し、1996年1月までに193回(大気圏46回、地下147回)の核実験を行いました。

これまで、核実験に参加したフランス軍・研究機関関係者や、実験場の各種作業員として現地採用された地元住民から、放射能被害の訴えや補償の要求が出されてきましたが、フランス政府はこれらの核実験による人々の被曝の事実や環境汚染を否定し、「軍事機密」を理由にデータの提出を一切拒否し続けてきました。

被害者の運動で権利回復に道

フランス核実験被害者国際会議2002

原水禁が2002年8月広島で開催した
「フランス核実験被害者国際会議」

フランス本国では「フランス核実験退役軍人の会(AVEN)」が2001年6月に結成され、国内の核実験被害者に軍人恩給を要求する裁判が相次いで提訴された結果、2003年以降、地方裁判所で被害者側の原告勝訴の判決がいくつも出ています。これらの判決では、原告である被害者の立証責任を免除し、被告の国側に過失がなかったことを立証する責任を課し、それが立証できない(この場合、軍当局が被曝がなかったことを立証する証拠を提出できない)場合には、原告である被害者への補償を認めるという、新しい立場が採用されています。かつて、日本で、イタイイタイ病や水俣病をめぐって裁判所が取ったのと同じ立場を、フランスの司法が取り始めたという点で画期的な判決です。

現在フランスで焦点になっているのは、仏領ポリネシアの核実験被害者の救済問題です。ポリネシアでも2001年7月に被害者団体「モルロア・エ・タトゥ協会」が結成されました。2004年の選挙で、戦後のほとんどの時期に行政権を独占してきた保守政権を、かつてから核実験反対・ポリネシア独立を主張してきた勢力(リーダーは来日したこともあるオスカー・テマル)が破り、ポリネシア政府として核実験被害者の調査を行い、最近疫学的に被害の事実を認める報告書が発表されました。現在、フランス本国との補償交渉が進められています。ただ、2006年末、ポリネシア議会が現大統領弾劾決議を行い、議会での再投票の結果、再び保守派が政権を握りました。仏核実験被害者運動への影響が懸念されています。

アルジェリア被害者に新たな光

問題がまったく手つかずの状態なのが、アルジェリアの仏核実験被害者です。当時核実験場で働いていた現地人をはじめ、ベドウィンと呼ばれる遊牧民、オアシスで生活している近隣住民、フランス軍が放置した汚染された実験施設や機材の管理や転売買にかかわった現地人など、相当数の被曝者がいると推定されています。しかし、詳しい調査はなく、何も分かっていないのが実状です。2002年8月に広島で開かれた「フランス核実験被害者会議」に参加したベンジェバールさんが、みずからの被曝障害と闘いながら、ひとりでかつての軍の同僚や部下を訪ね歩いて、被害の実態を掘り起こしているのが実状と言えます。

フランスとアルジェリアは、かつての独立戦争の戦後処理が公式にもまだ終わっておらず、両国の間には、日本と韓国・朝鮮、中国の戦後処理をめぐる問題よりもさらに深い溝があります。しかし、2003年3月にシラク大統領が、フランス大統領として独立戦争後初めてアルジェリアを訪問し、戦後補償の問題を話し合える下地ができ、上記のようにフランス核実験被害者への補償が、少なくとも本国では取られ始めたことから、今後のアルジェリア独立戦争戦後処理の交渉のなかで、これまでずっと埋もれていたアルジェリアの仏核実験被害者の被害が公式に認められ、正当な補償が行われるための非常に重要な時期に来ています。今回アルジェリア政府が核実験被害をめぐる会議を初めて開催するのも、こうした文脈からです。会議では、国防大臣をはじめ、ブーテフリカ大統領の歓迎スピーチも予定されるなど、アルジェリア政府の力の入れようが伺われます。

そのなかで、核爆弾の被害の実態が現実にどのようなものであったのかをアルジェリア政府が公式に知る場を設けることは、この交渉を進めていく上で不可欠の要素です。その役割を果たすことが、日本の被爆者と、放射線被害の実体を世界で最もよく知る日本の科学者に求められていることです。