出版物原水禁ニュース
2007.3 号 

【インタビュー・シリーズ】
昔もいまも原点はヒバクシャ
座談会 広島・長崎原水禁事務局長と被爆二世に聞く

原水禁運動の活性化に向けて、長崎原水禁事務局長・坂本浩さん、広島原水禁事務局長・佐藤次彦さん、神奈川県教組・被爆二世の会の藤井耕一郎さん、原水禁事務局長・福山真劫さんが話し合いました。司会は原水禁専門委員の和田長久さん。

被爆県の現状と悩み

坂本浩さん──私たちは原水禁運動で、とくに東アジアの共生と非核化を模索してきました。しかし日本といろんな意味で深い関係にある朝鮮半島の国で核実験という事態が起き、より大きな課題を背負わされることになりました。一方、運動は必ずしも大きく発展しているという状況ではありません。今日は被爆地や被爆二世の方たちに現状や、いま求められている運動のあり方などをお話し頂きたいと思います。

坂本浩(長崎原水禁) 長崎でも被爆体験の風化が深刻ですが、被爆二世問題を含めてヒバクシャの問題を運動の基礎にしています。私たちは1945年8月9日以前の加害と戦争責任の問題も意識して活動しています。1万人とも2万人ともいわれる韓国・朝鮮人がなぜ被爆したのか、考えなければなりません。

私たちは平和公園での座り込み、在外被爆者の裁判支援、原爆症認定集団訴訟支援など、8月だけの運動にならないよう、講演・学習会も結構開催していますし、長崎市や市民と協力して「核兵器廃絶地球市民集会」の開催など、運動の広がりを求めてきました。

こうした取り組みを続けるなかで悩みも強まっています。1つは核問題をテーマにした学習会に参加する人が固定化しているということです。核問題は難しいと思っているのでしょうか。専門的に勉強したいという人たちだけの運動になってしまわないかと心配しています。2つには風化の問題です。被爆体験者が高齢化し、少なくなっていることと関連しますが…。

一方で、若者が元気です。高校生平和大使や1万人署名運動など、自発的な活動が広がりをみせています。学校での署名が規制されたり、「体験もしていないのに何が分かるか」と意見されたりしても、自分たちでそれを乗り越えました。ここに大きな希望があります。

佐藤次彦さん佐藤次彦(広島原水禁) 私は2006年に広島原水禁の事務局長に就任したばかりですが、原点はやはりヒバクシャです。ヒバクシャは米英の臨界前核実験や北朝鮮の核実験、またそれに関連した閣僚の「核武装の議論を始めよう」などの発言に対して激しい怒りを感じています。臨界前を含めて核実験が続く一方で、核保有の議論をやろうよと簡単にいわれていることに、被爆地・ヒロシマはこれまでなにをアピールしてきたのかという思いです。

核の恐ろしさが伝わってない。分かっていないから、核を容認する言葉が軽々しく出るのではないか。昨今の状況から被爆の実相をもっと広げなければと強く思います。広島でも運動は組織的にも財政的にも厳しく、参加する人も減ってきています。組織と運動をどう広げていくかが大きな課題です。

被爆二世の原水禁への期待

藤井耕一郎さん藤井耕一郎(被爆二世の会) 神奈川教職員の被爆二世運動に関わっています。父親が広島でヒバクし、小学校3年生まで広島で暮らしました。小さい頃から自分は被爆二世だという自覚はありました。しかし、いまは広島や長崎が故郷でない二世の会員も多くなっています。それでも「被爆二世だがどうすればいいのか」、「健康に不安がある」といった人たちに、全国の情報を発信することは、安心感を与え、大きな力になっています。現在、厚生労働省の被爆二世健康影響調査発表を見守り、援護の実現を期待しています。原水禁も力を入れて取り組んで欲しいと思います。

福山真劫(原水禁国民会議) 原水禁が発足してから間もなく42年目を迎えますが、9・11同時多発テロ以降、時代が大きく右傾化してきましたが、運動側はそれに十分対抗できずにいます。小泉から安倍と政権が替わるなかで、原水禁の課題も山積し、「多数派をどう形成するのか」は今後の大きな課題です。

福山真劫さん市民団体との協力を強める一方、原水禁、連合、核禁会議の3団体で、一致する課題での共闘を深めていくことも重要だろうと思います。連合も組織率が低迷していますが、3団体プラス市民団体との連携強化をしていくことで運動を広げていきたいと考えています。

これまで原水禁を発展的に解消して、連合に結集する議論もありましたが、いまは一定の決着をして原水禁・平和フォーラムの組織拡大を基本と考えています。組織統一ではなく運動の課題で連携強化をはかることを考えています。

核廃絶とヒバクシャの権利、脱原発の柱を今後も中心として、私たちは運動の大きな一翼を担っているんだという自覚と役割を強めたいと思っています。そのために政府などに対する交渉力の強化と、政策を実現していくための運動を作っていくことが課題です。運動が年中行事型に陥っていないか、今の時代に適応した運動を考えることが求められています。知恵を出し合って、保守化する時代に対応する運動を考えていきたいと思っています。07年6月の参議院選挙は、平和フォーラム・原水禁にとっても、まさに「正念場」にふさわしい重みを持っていますし、そのような自覚をどれだけ持っているかが問われていると思います。

また、私たちの運動は、「平和と核軍縮」、「脱原発」などの課題で、日本のレベルが問われると考えています。だからこそ運動に関わる者は、厳しさと自覚がどれだけ共有されているかが問われています。

運動の活性化へ若い人に希望

──坂本さんは「核問題は難しいと思っているんだろうか」「被爆体験は風化してはいるが、一方で若い人たちが関わり始めた」といわれましたが、学校ではどうですか?

藤井 学校現場では、いまでも普通に「戦争はいけない」と思っています。しかし一人一人が運動するわけではない。また組合活動も大変です。それでも「戦争はいけない」ということが多くの人の思いですから、運動を続けること、情報を多くの人に伝えることが大事だと思います。

ただ最近、私のまわりでは、修学旅行は沖縄が多くなっています。平和資料館へ行ったり、語り部の話を聴いたりして、2日間学習で、あと2日は海などとなっています。15年前から神奈川では修学旅行で飛行機の利用ができるようになり、広島や長崎をとばして沖縄にとなっています。

佐藤 広島では近年、修学旅行生は増えていますよ。

坂本 長崎も昨年は持ち直しました。

福山 日教組ががんばってますからね。

佐藤 広島、長崎は平和の原点だと考える先生は多いのではないでしょうか。広島、長崎へ行こうというのが伝統となっているところもあります。

──活動家はだんだん年をとってきた、一方で長崎のように若い人が出てきているところもあります。でもその中間が少ないような気がしますが。

佐藤 広島も運動に参加する人たちは高齢化する一方、高校生などの参加は長崎と違い、あまり見ません。若い世代との間をつなぐことも大きな課題です。「メッセージfromヒロシマ」には広島の参加者は多くありません。この間の教育現場への攻撃の影響もあったと思います。ただ昨年の参加者は若干ですが増えています。

福山 原水禁大会には、基地や被爆地、原発立地地域など運動でがんばっているところは参加者も多いのですが、具体的な運動がないところは苦しい。労働運動の弱いところは平和運動も弱い。労働現場での合理化攻撃や学生運動の後退などで、競争社会になってしまい、活動家が少なくなってきているのもひとつですね。

──若い人に希望を持つといわれたが、卒業した長崎の高校生は、運動に還流しているのでしょうか。

坂本 先輩としての自覚はあっても、東京などに出て壁にぶつかることもあるようです。被爆地との感覚的な差が大きく、落ち込むこともあるようです。しかし途切れ途切れだけれど、長崎の運動に参加する人たちもいます。

核廃絶の署名運動をする高校生(長崎)
核廃絶の署名運動をする高校生(長崎)

高校生らは9年前から、自分たちで考えて署名運動を始めました。3年間で卒業し、人は替わりますが、途切れずにいろいろな学校の人が入ってきて驚いています。高校生の関心は、核兵器廃絶から憲法や戦争、原発などにも広がってきています。できるだけ自主性をもった運動ができるよう支援したいと思います。

被爆体験を風化させるな

──被爆体験の風化が叫ばれ、継承の必要がいわれますが、広島・長崎にはまだまだエネルギーがあると思います。

佐藤 風化については被爆者が一番危機感を持っています。被爆60周年を前後して被爆体験集が発行されました。また地域では被爆二世組織が生まれました。二世にとっては、被爆体験の継承が一番の使命ではないでしょうか。原水禁の前副議長だった宮崎安男さん(2月16日に逝去)は、被爆者の相談に関わっていましたが「被爆者ではないが、限りなく被爆者に近づくこと」と言って、被爆体験を聴き、実相を聴くことをやってこられました。私も宮崎さんにならって、謙虚な姿勢が大事と思ってやってきました。このことを大切にしていきたいです。

福山 私にも戦争体験はありません。何のために平和・民主主義に取り組むのか、改めて考える必要があります。「死者よ来たりて、我が退路を断て」という題名の本もありましたが、後退しないで「前へ、前へ」いきたいと思います。その際、「限りなく被爆者に近づく」という謙虚な姿勢が重要ですね。

──二世に対する行政の対応は地域によって違っていますね。

藤井 東京、神奈川、大阪府の摂津市、吹田市では、独自に被爆者と同様、一定の疾病についての医療費援助があります。これら地域では行政が被爆二世手帳を交付しています。神奈川は革新県政であったため、行政に支えられた部分もあります。(大阪府と埼玉県では希望者に二世手帳を交付。但し検診のみ)

佐藤 広島では二世への行政の被爆者手帳はありません。親の被爆状況の記録と自身の健康管理のための被爆二世健康管理手帳を独自に作成して、県内の病院などにおいています。

坂本 長崎は被爆二世の会が独自に手帳を作成しています。広島も長崎も財政基盤がないとして、被爆地でありながら法外措置ができないでいるのです。

──二世に対する相談はどうしていますか。

佐藤 毎月第2土曜日を被爆二世の相談日として、二世の人たち自身が相談を受けます。いつも1〜2件しかないのですが、本人でなくても、親が心配して相談してくるケースがあります。特に援護適用などを心配しています。

坂本 長崎も二世の会が毎週木曜日夜と、第4土曜日の午後に電話相談を受けています。二世の会の独自の手帳ですが、医療費補助などの公的措置が受けられるかと聞いてくる人が多いようです。

組織間の垣根をこえた幅広い運動を

──連合・核禁会議との3団体の取り組みをどう評価しますか。運動の拡がりや課題の拡がりはどうですか。

藤井 一緒にやって、参加する人が増えたのはいいのですが、原水禁の立場は崩さないでほしいと思います。若い人が受け入れやすい、新しいスタイルを取り入れることが必要ではないでしょうか。デモではとっつきにくいところもあります。心ではみんな戦争や核はいやだと思っているはずです。そうした人が参加しやすい工夫も必要だと思います。もちろん、政府交渉など、これからも粘り強くやることも重要です。

佐藤 ヒバクシャ支援が急がれているときに、国家補償の援護策の実現にむけ、政府を動かす強い力になるよう3団体には期待します。

福山 “闘うぞ!”と叫ぶシュプレヒコールが若い人に共感できるのだろうか?という気がします。核軍縮やヒバクシャの課題は、連合固有の課題ではないので、原水禁がどれだけ連携するのか、本気で連合と共に闘うことが必要でしょう。非核三原則の法制化、被爆者援護などを共同でやっていこうと考えています。

今後も原水禁が全力でがんばることが必要で、そのうえで、原水協などとの連携も考えられます。ただ脱原発の課題は、三者の間ではまだ一致できず、その辺をどうするかが今後の課題でもあります。

坂本 運動の輪を広げるための共闘はどんどんやってもらいたいと思いますが、これまで2年やってみて本当にそうなっているかという疑問もあります。原水禁大会は1年間の運動を共有し、次につなげる場ですが、三者開催となったため、違和感を持つ人がいます。原水禁の課題が薄まってしまうのではないかというような声があります。

──連合に吸収されるのではとのイメージを払拭する必要があるのではないですか。

福山 3団体との共同行動は、たんに連携するということではありません。バラバラの運動では政府に勝てるのかということです。

坂本 しかし、どうしてもお互いに遠慮して一歩引いてしまう傾向があります。

佐藤 広島も同じです。

福山 確かに中央もそうです。遠慮してしまうところがあります。だから、脱原発の課題では協力でききれていない。しかしそれでは信頼関係はできるのかということが残ります。

──例えば被爆体験の共有など、毎年、共通に求めることを決めて、共通の場を持つことが必要ではないでしょうか。

坂本 北朝鮮の核実験の時は別でしたけど、臨界前核実験抗議や核拡散の学習会に、連合はあまり積極的ではありません。抗議文を出すくらいとなっています。

佐藤 現在広島では、核実験抗議の座り込みを、原水禁、連合、核禁、被団協など12団体で構成する核兵器廃絶広島県連絡会議で一緒に行っています。

福山 北朝鮮の核実験への関心は高いですか?

坂本 北朝鮮問題の関心は高い一方で、米印原子力協定で長崎市長が政府への要請文を発表したのに関心が高まらない。マスコミの反応もいまいちです。

佐藤 広島でも高いですね。米印原子力協定の問題では、ジヤー・ミヤーン(米の科学者)さんを呼ぶので、市への要請行動を行う予定です。

原水禁ががんばらなくて、どこががんばるか

──3団体の取り組みには市民が参加しにくいようですが、どうしたら運動に参加してもらえるでしょうか。

坂本 労組の集会という感じをいかになくすかでしょう。原水禁運動だから古くからがんばっている人が個人として参加してきたという面があります。

学習会なども続けていますが、「核拡散」のテーマなどはシビアかな? と思うところもありますが、長崎にとって避けるべきではないと思っています。参加はけっして多くないのですが、数にこだわらずに開催しています。

福山 中央でも学習会などには関心が低いのが現状です。人が集まらないのが問題です。

──それと女性の感性に受け入れられるような工夫もして、女性の参加が増えるようにしたいですね。

熱心に語り合う座談会(1月24日)
熱心に語り合う座談会(1月24日)

坂本 組合員の意識を高めるために動員はある意味ではやむをえない部分があると思います。問題は中味をどうするかです。次は自ら参加してみようという気持ちになってもらうようにすることが大切です。

福山 市民と労働組合員では、意識の境はあまりないと思っています。そこを大切にしたいと思います。

──これからはどんな運動が必要なのでしょうか。

藤井 原水禁にはイメージもあり、信頼感があります。継続的に運動を続けていることが、私たちに大きな力を与えてくれます。原水禁の運動には内実があります。続けることがやはり大事で、運動に自信を持っていいのではないかと思っています。ただ、機関誌やホームページは表現が難しいので、なかなか理解してもらえません。もっとマンガやイラストを入れるなど、工夫して読みやすくしたらいいのではと思います。

佐藤 1年たって事務局長の重責を感じ、初心を大切にしたいと思っています。原水禁が声を大にして抗議しなければならないことが本当に多く起こっています。誰もやらなければ、言う人もいなくなります。今後も被爆地から粘り強く訴え続けていこうと思います。

坂本 多くの人が核の恐ろしさをだんだん感じなくなってきているのではないでしょうか。市民の核問題への意識が薄れてきて、核兵器使用のハードルも下がっている現実があります。だからこそ被爆地からの発信がますます必要です。黙っていることは共犯者です。原水禁運動の原点に立ち戻ってがんばりたい。

福山 「平和と民主主義を破壊しつづける自公政権に負けてたまるか」という気持ちがあります。今後も憲法理念を実現し、核廃絶の社会を実現するためにも、原水禁ががんばらなかったら、どこががんばるのかという思いで、政策を実現出来る運動を構築し、多数を形成する運動を進めたいと思います。

──ありがとうございました。改めて被爆地の運動、被爆二世がもつ使命と運動の重要性が認識されました。それはまた日本の運動の重要さでもあります。