出版物原水禁ニュース
2007.5 号 

アルジェリアで初の「核実験に関する国際会議」開催
フランス核実験ヒバクシャの補償に向けた第一歩

振津かつみ(内科医師・遺伝学・放射線基礎医学) 

2月13〜14日、アルジェリア政府主催による「世界の核実験に関する国際会議:アルジェリア領サハラの場合」が、首都アルジェで開かれました。核実験に関する国際会議が、アルジェリアで開催されるのは初めてです。これまでもポリネシアなど仏核実験ヒバクシャとの連帯を進めてきた原水禁の要請を受け、広島被爆者の坪井直さん、真下俊樹さん(フランス核問題研究家・本誌2月号参照)とともに参加しました。

会議で確認されたヒバクシャの国際連帯

 会議には、アルジェリアの各地から、元兵士、実験場周辺住民、医師、研究者、政府関係者、一般市民、ジャーナリストなど2日間で500名余りが参加。核実験場周辺に住むトワレグ族の代表や、実験場の汚染物処理に携わった元アルジェリア兵士からは、放射能の危険性も知らされずに実験場で作業をしたこと、仲間の作業者や兵士の健康悪化などの証言がされました。

 国外からは、米、仏、豪の反核と核実験被害者支援に取り組む活動家や医師、ポリネシアの被害者団体代表、仏本国の被曝退役軍人なども参加し、米英仏による核実験と被害の実情、補償を求める被害者の運動、米国で勝ち取られた補償法などの報告がありました。

 被爆者の坪井さんは、「このような核の悲惨な被害を二度と繰り返してはならない。世界のヒバクシャが手を結んで、戦争や核被害のない世界を実現させましょう」と力強く訴え、参加したアルジェリアの被害者の大きな共感と支持を受けました。

 私は「日本における被爆者の被害調査、被爆者の健康状態、医療保障、後世代影響、法制度の問題」で報告しましたが、今後フランスに対して補償を求めるため、日本の被爆者の健康被害や医療などの施策の歴史と現状について、強い関心が持たれているようでした。

 全体的に、ヒバクシャの国際連帯の中でアルジェリアの核実験被害者の問題をとらえることが強調され、今後の被害調査や補償要求へのアルジェリア政府の前向きな姿勢が感じられました。

核実験場跡の深刻な汚染の実態

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インネケル地下実験場跡の放射能汚染土砂

 会議後、大きな岩山にトンネルを掘って実験が行われたインネケル地下実験場跡へ見学に行きました。フランスは1960年以降、サハラ砂漠で大気圏4回、地下13回の核実験を行いました。

「危険地区」と書かれた立ち入り禁止の金網の中で案内されたのは1962年の実験跡です。この実験では生成した放射能の1割近くが漏れ、1万トンもの放射能に汚染した土砂がトンネルから吹き出す事故を起こしました。まるで溶岩のように吹き出した爆発物が岩山に帯状に残っている場所に近づくと、自然放射線レベルの約千倍もの放射線(最高83マイクロシーベルト/時)が測定され、同行していたアルジェリアの核研究所研究員も「早く引き返そう」と、慌て出す始末でした。

 実験当時はさらに汚染が高かったと考えられ、その後の管理のずさんさに絶句してしまいました。そしてフランスの無責任さに改めて強い怒りを感じました。近くの集落のトワレグ族の元市長の話では、住民が核実験のことを知ったのは、ほんの10年前とのこと。

核実験全面禁止とヒバクシャの補償を求めよう

 世界では2,000回を越える核実験が行われ、とりわけ核保有国に抑圧されてきた植民地の人々や先住民、少数民族へ放射能汚染と被曝が押しつけられてきました。核実験ヒバクシャの多くは、軍事機密として情報が隠蔽され、汚染や健康被害を明らかにすることすら難しく、救済や補償も受けられない状況が続いています。

 アルジェリアでの核実験による放射能汚染、環境や生態系への影響、被害者の健康被害などを明らかにする作業もまだこれからです。今後も世界のヒバクシャや反核運動と連帯し、核実験の全面禁止を求め、被害を明らかにさせ補償を求める運動を前進させましょう。