出版物原水禁ニュース
2007.5 号 

外国人研修生殺人事件

【本の紹介】
外国人研修生殺人事件
安田浩一著 七つ森書館 1600円

2006年8月18日、千葉県木更津市の養豚場で、中国人研修生による殺人事件が起きた。被害者は研修生の受け入れ機関である千葉県農業協会の常務理事、加害者は26歳の青年、崔紅義であった。青年は、中国最北端の黒竜江省チチハル市の貧しい農家に生まれ、海外への出稼ぎに活路を見いだそうと、日本で合法的に稼げる「研修生」に応募した。しかし、研修制度は国際貢献や技術習得などの美名の下に、日本人では受け入れられない劣悪な条件と人権無視がまかり通っていた。青年は次第にその矛盾に気づき抗議するが、その結果、帰国を強制させられる。日本への渡航に際し、多額の手数料や保証金を取られた身には、中途帰国は「死ね」というのに等しい。帰国を拒む小競り合いの中、ナイフが光った。

 著者は、この事件を追って、青年の故郷へ飛んだ。そこで見たものは、研修制度を食い物として、利権をむさぼる様々な人間や無責任な送り出し機関の存在だった。それは、日本国内でも同様だ。1990年から始まった研修制度は、当初の目的である知識や技術の取得から逸脱し、「研修に名を借りた低賃金労働」が常態化してくる。それを黙認する労働行政と政府関係機関、さらに労働組合OBまで関わったことも明らかになる。

 最低賃金をはるかに下回る時給、常軌を逸した長時間労働、パスポートや預金通帳も取り上げての監視と管理、さらには暴力、セクハラ…。職種も繊維や農業自動車産業下請けなど、国際競争力に追われる現場での低賃金構造を支えている。これはかつて、日本国内での出稼ぎ者が直面した構造と相似形だ。私が20年前に出会った出稼ぎ現場も、タコ部屋と呼ばれるプレハブ小屋に暖房もなく、労働災害や賃金不払いが横行していた。少しずつ改善を勝ち取ってきたが、そこからこぼれ落ちたものが、国境を越えて拡がっていたのだ。

「自らの豊かさのために誰かを犠牲にするシステム」の上に私たちも立っていることに愕然とさせられる。研修制度の抜本的改善への運動が、せめてもの償いとなろう。2月からは崔容疑者の公判が進められている。(市村忠文)


第五福竜丸

【映画紹介】
第五福竜丸(1959年 日本)

今回は、映画「第五福竜丸」を紹介します。この作品は、1959年、48年前の監督・新藤兼人、主演の久保山愛吉さん役を宇野重吉(寺尾聡の父)による作品であり、現在はビデオ化されています。

第五福竜丸事件は日本の民衆の「怒り」に火をつけ、原水禁運動の高揚と活性化の契機となりました。そしてこの作品は、原水禁運動の中で、核実験・核兵器廃絶への意思を固める上で、大きな役割を果たしてきました。今回はビデオでしたが、見るのは3回目です。1度目は、中学生のころ、2度目は、5年前の原水禁の事務局長を引き受けた時です。

アメリカ・ブッシュの核の先制攻撃を含む軍事力による世界支配路線の影響の下で、「平和と核軍縮への流れ」が停滞・後退しています。被爆国であり、平和憲法を持つ日本政府および平和団体の果たすべき役割が従来に増して強く求められています。

53年前の、1954年3月1日、太平洋ビキニ環礁で米政府は水爆実験を行いました。その結果、第五福竜丸の平均年齢25歳の若い乗組員23人や、そのほか日本のカツオ・マグロ漁船員たちの多くをヒバクさせると同時に、ビキニ、ロンゲラップ、エニウエトク、ウトリック、アイルックなど、マーシャル諸島の島民や自然を被曝させました。水爆実験の規模の大きさは15メガトンであり、広島型原子爆弾の1000倍といわれています。その大きさを想像するだけでふるえがくるほどです。いまだに世界には約3万発の核兵器が存在しています。

ヒロシマ、ナガサキのヒバク体験が日本全体で、とりわけ若い人たちの間での風化が指摘され続けています。と同時に日本の第3番目のヒバクと言われる第五福竜丸のヒバク体験の風化はさらに深刻です。第五福竜丸のこと、その船が東京で展示されていることも知らない若い人たちが増え、もう多数派です。

もう一度、ビデオ「第五福竜丸」を見る中で、私たちの知識の中に「第五福竜丸事件」の事を、刻み込みましょう。そこからもう一度平和のこと、核軍縮のことを考えてみましょう。

(福山真劫)